第19話 天の光はすべて友

 全てが終わって島に帰った後、その日は夜通しでお祭り状態だった。僕達は島の亜人達に終始揉みくちゃにされて感謝の言葉を投げかけられる。それらがようやく落ち着いたのは、もう次の日の朝が明けてしまっていた。


 その日の昼過ぎに、僕達は最初に流れ着いた島の海岸にいた。島の住人は全員集まっていて、僕達を見送りに来てくれている。


「皆様方、此度の件は本当にありがとうございましたス。一族を代表して、儂がお礼を申し上げるス」


 そう言ってルーア婆が深々と頭を下げた。それを見たチヅさんは照れくさそうに両手を横に振る。


「いいのよ、お礼なんて。この世界が助かって本当に良かったわ」


「こんな事言ってるけどな、本心ではきっと全力で暴れ回れて楽しかった、とか思ってるんだぜきっと。ああそうだ、せっかくだしここで一つチヅルの昔話でも……」


「やめろこの馬鹿!」


 得意げに右手の人差指を立てて語ろうとするジェフさんの顔面に、チヅさんの鉄拳が見事にめり込んだ。メキリと何かがひしゃげるような音が聞こえ、ジェフさんが文字通りすっ飛んでいく。

 少しの間チヅさんはすごい顔をして肩で息をしていたけど、僕達の目線に気付いて拳をササッと後ろ手に隠し、可愛らしくごまかし笑いを浮かべている。一体、チヅさんの過去に何があったんだろう……。知りたいような、知りたくないような。


 ふう、とチヅさんは気を取り直したように一息吐くと、師匠と僕の前に歩いてきて右手を差し出した。師匠は自分も右手を出して握り返す。


「二人とも、本当にありがとう。私達だけじゃ、きっとどうしようもなかったわ」


「いやいや、お互いがいたからこその最良の結果だよ」


「本当に? もしかしたら、あなた一人でもどうにかできたんじゃなくて?」


「ははは、それは買いかぶり過ぎだ」


 チヅさんの含みのある視線を師匠は柔らかにかわす。


 師匠から手を離したチヅさんの視線が僕に移る。僕も師匠みたいにチヅさんと握手しようと右手を出した。けど、チヅさんの手は僕の右手を素通りする。気がついた時には、僕はチヅさんに座り込んで胸の中に抱きしめられる状態になっていた。チヅさんからふわりと甘い香りが漂う。

 完全に予想外のことで僕は何が起こったか分からず、頭の中が軽いパニックになっていた。


「え……な……!」


「あなたもありがとう、フレッド君。本当に立派だったわよ。大丈夫、あなたは誇っていい。とても、とても強い子」


 そう言ってチヅさんは僕を優しく抱きしめた。

 最初は驚いた僕だったけど、チヅさんの腕の中で何とも言えない安らぎのようなものを感じていた。僕には家族なんていないけど、もし母さんがいたらこんな感じなのかもしれない……。


 しばらくしてチヅさんが僕を離して立ち上がる。


「行くのかい?」


 師匠が尋ねる。


「ええ。でもまた来るわ。私達はここに新しい世界があることを知った。それを私達の世界に伝えて、交流を図っていこうと思うの。ねえルーアお婆さん、いいかしら?」


「ああ。儂達はあなた方を歓迎するス。ぜひ、また来てほしいス」


「ありがとう! ギルさん達はどうするの?」


「ワシ達も時々は遊びに来よう。他の島も興味があるしね」


「そう。それじゃまたいつか会う時が来るかもしれないわね」


「ああ、そうだね」


 その時、空船からイヴさんが顔を出してチヅさん達に呼びかける。


「チヅ! 僕の研究所の信号を捉えたよ。これで帰れる方向が分かった!」


「そう、そろそろ行きましょうか。じゃあ二人とも。いつか、また」


「ああ、いつか」


「皆さんもお元気で」


 言葉を交わした後、皆は順々に空船に乗り込んでいく。チヅさんの鉄拳で伸びていたジェフさんはチヅさんに雑に首根っこを掴まれて運ばれ、空船の中に乱暴に押し込まれた。


 空船の入り口から、皆がこちらに向かって手を振っていた。


「いつか必ずまた会おう!」


「いつか俺達の世界にも来てくれよな!」


「さようなら! 今度会う時は空船をもっと良い船にしてくるからね!」


「二人とも元気でね! 今度は鬼ごっこして遊ぼう!」


 空船がゆっくりと海面を滑り出し、皆は慌てた様子で空船の中に消える。空船は徐々に速度を上げ、ゆっくりと角度を変えて空に向かって飛んでいった。銀色に光る軌跡を残して。空船が空に溶けて見えなくなるまで、僕達はずっと見送っていた。


 残ったのは僕と師匠、そしてグルタだ。僕はグルタに向き直ると、グルタの喉を撫でる。


「グルタ、ありがとう。お前のおかげで僕は戦えたんだ」


「全く、突然連れてこられて何事かと思ったぞ。だが……そうだな。悪くない戦いではあった。まあ、また何かあったら呼んでみろ。内容次第では協力してやらんでもない」


 僕は返答に詰まってしまう。グルタを呼び出せたのは師匠の魔力があってこそで、僕一人では絶対にできないからだ。

 その時、師匠が助け舟を出してくれた。


「それはありがたい。お前さんの力が借りたい時はぜひとも呼ばせてもらおう。なあ?」


「え? えっと……は、はい!」


 その答えに、グルタは満足そうに頷いた。


「では主殿、そろそろ俺を元の世界に戻してくれ」


「うむ」


 師匠がグルタのすぐそばまで近づくと、右手を地面に付いて転移魔法を発動させる。紫の光がグルタの全身を包み込み、光が消えるとそこにあったグルタの姿は消えていた。

 師匠は立ち上がり僕に振り向く。


「さて、ワシらも一度帰るとするか」


「はい。あ、ノイ!」


「なんスか、フレッド君?」


「今度またこっちに来たらもっと色んなこと話したり一緒にどこかへ出かけよう。僕達の世界にもきっと連れて行く! 約束だ!」


「分かった、約束ス!」


 ノイと再会の約束を済ませて僕はノイ達に向かって大きく手を振る。そして僕達は師匠の転移魔法で元の世界に帰るのだった。



 その日、世界は大混乱に陥った。星の光が突然一斉に消えてしまったからだ。吉兆だ凶兆だと大騒ぎになったらしいけど、次の日にはまた星の光は元に戻り、次第に世界は落ち着きを取り戻していった。その日は常闇の日と呼ばれ、天体史上最大の怪奇現象として、いつまでも語り継がれることになる。


 その常闇の日にたった一つだけ光る星を巡り、世界を股にかけた大きな戦いが行われていたことを、誰も知らない。

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