日常の小さな物語
みあかし
第1話 「朧月夜」
ふと、足を止める。
雪の降る険しい道にしては足下が明るすぎたのだ。
傷ついたメガネのレンズに乱反射する光の粒子を追って、私は山の方を見た。
月だ。それも、靄に覆われた、ぼやけた月。
指でそっと擦るだけで今にも散り散りになって消えてしまいそうな月の輪郭は、それでも確かに存在している、と私に光を強く放ち続けている。
他の星は、靄の影か、それとも、月の光の中にだろうか、全く影を潜めていた。
とても綺麗だった。月の光に溶かされた山々の幻想に、心がどうにかしそうなほど高ぶっていた。
しかし、ふと怒りがわくのだった。なぜかはわからない。冬にまで逃げてきた半裸のオリオンを可哀想に思ってだろうか、はたまた、美しく罰を受け続けているカシオペア妃を憐れんでだろうか。とにかく、彼らの煌めきさえも甘く穏やかな光に隠してしまう朧月に、無性に腹が立った。
綺麗すぎて腹が立つ、なかなかにない経験をしたものだ、と視線を下に戻し、積もってきた雪道を注意して帰った。
足元が月に照らされて見やすいのだけは感謝してやろうと思う。
日常の小さな物語 みあかし @uwashiro_miakashi
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