遥か

小原大和

第1話

「どうすりゃ売れるんだろ。」

僕、福田 達貴はもうすっかり口癖になってしまった言葉を吐きながら、窓の外を眺める。


金曜日の夜は沢山の人で街を賑わせている。

眩しいほどに輝くイルミネーションの隙間から、雪が降っているのが見えた。


雪はユラユラと僕の前を通り過ぎ、積もることなくコンクリートに吸い込まれていく。


これ位の雪を見ると、なんだか自分を見ているようで、妙に悲しい気持ちになる。


僕もこの雪と同じように、この世にただただ生まれ落ち、何も残す事のないまま死んでいくんだろうな、なんて思いながら深いため息を吐く。


メジャーデビューしようと意気込み、高校から始めたバンド活動も8年が経ち、もう気づけば25歳の年になっていた。


初めは男子3人、女子2人の計5名で活動していたが、それも気づけば男女1名ずつになっていた。


「いつからこんな感じだったっけ。」

目立った活動と言えば、毎週金曜日に駅前で行なっている路上ライブくらいだ。

いつまで経っても光の見えない現状に、ここ最近はずっとため息をついている。


そして僕が落ち込んでいる時には必ずと言っていいほど…。

ほらやっぱり。


僕の部屋のドアを勢いよく開け、バンドメンバーの原口 桃が入って来た。


バンドでは彼女がベース、僕がギター・ボーカル、作詞・作曲を担当している。


彼女は部屋に入って来るや否や、

「たっちゃん、めちゃくちゃいい話聞いたんだけど、聞く?」

と言ってきた。


いつものお決まりの笑顔とお決まりのフレーズだ。

お決まりと言えるほど何回もあったシチュエーションではあるが、僕の記憶では、めちゃくちゃいい話を聞いた覚えがない。


「今日は何?」

無愛想に答える。


「なになに、またネガティブなこと考えてたの?」


「なんでもないよ。」


「たっちゃんは本当にネガティブ思考だからね。」


「お前がポジティブ過ぎるだけだろ。」


「まあ、とりあえず聞いてよ。」


僕が落ち込んでる事なんて御構い無しに、こいつはいつも持ち前の明るさで突っ込んで来る。

彼女の底なしの元気はどこから湧いてくるのか、僕には見当もつかない。


「あぁ。」

拒否権が無いことを知っている僕がそう答えると、彼女はいつも嬉しそうに話し始める。


「小説家の宮沢賢治と画家のゴッホいるでしょ?その2人って今でこそ有名だけど、生きてる時は全然有名じゃなくて、亡くなってから有名になったんだって。」


彼女は随分嬉しそうに話していたが、僕が

「知ってるよ。」

と答えたので、少し拍子抜けしたようだった。


「なんだ知ってるんだ。」


「普通に有名な話だろ。」


「まあ知ってるんだったら話は早いね。」


「何?」


「私達だって、いつまでも有名になれる可能性があるんだなと思ってね。」


まあそんな事だろうと覚悟はしていたが、その言葉がいざ耳に入ってくるとなると、驚いてしまうものだ。


「お前はどこまでポジティブなんだよ。第一、俺はまだ死ぬ気なんてないぞ。」


「そうじゃなくてさ。」

彼女が少し真剣な表情になる。


「たっちゃん高校の時に、音楽で1人でも多くの人を救いたいって言ってたの覚えてる?」


「やめろよ、恥ずかしいだろ。」


「恥ずかしくなんかないよ。私はその言葉で一緒にバンドやりたいと思ったし、たっちゃんの歌なら絶対できるって思ってるよ。」


「でも実際売れてないんだから、ただの戯言に過ぎないよ。」


「そんなことないよ。私は、どんな有名な歌とか流行りの歌よりもたっちゃんの作る歌が一番好きなの。だからもっと沢山の人にたっちゃんの歌を聞いてほしいの。」

気づけば彼女はいつもの笑顔に戻っていた。


「でね。今日はその為の方法を考えてきたの。」


「どうせまたロクでもないことだろ?」


「ロクでもないって何よ。」


「ニュースのお天気コーナーの後ろで歌おうとか、空からCDばら撒こうとか、お前が言うことはいつもぶっ飛び過ぎなんだよ。」


「そうだっけ?まあそんな事言わないでさ。私の話に付き合ってくれるのたっちゃんぐらいなんだからさ。聞くだけいいでしょ?」


「まったく…。聞くだけな。」


投げやりに聞いた僕に対して、彼女は

「未来に向かって歌うの。」

と言った。


彼女の言っていることの意味はあまり分からないが、おそらく今までで一番まともで、尚且つ一番ぶっ飛んだことを言ってるということだけは分かった。


「未来?」

僕は恐る恐る聞き返してみる。


「そう未来!」

彼女は依然嬉しそうである。


「私達は日本でも世界でもなくて、未来に向かって歌うの。ずっとずっと遥か遠い未来に向かって歌を歌って、ずっとずっと誰かを救い続ける。それって素敵じゃない?」


「確かにそんな事出来たらいいかもしれないけど、今売れてない僕らがどうやって未来の人に聞いてもらうって言うんだよ。」


「さっき言ったでしょ、有名になるチャンスはいつまでもあるって。確かに今は有名じゃないかもしれないけど、1年後、10年後、100年後にどうなってるかなんて誰も分からない。今だって数は少ないかもしれないけど、私達のことを応援してくれる人だっているし。私達の知らない未来に、たっちゃんの歌を知ってくれてる人がいて、その歌で元気になる人が1人でもいたら、それだけで私は嬉しいな。」

そう言った彼女の顔は、今まで見た中で一番の笑顔だった。


思い返せばいつもそうだった。

僕の悩みは彼女によって、いつの間にか何処かへ消えていく。

僕の周りには常に彼女の笑顔があって、彼女はいつも僕を笑わせてくれた。


おこがましくも誰かを救いたいなんて言ってバンドを始めたはずなのに、いつしか彼女の為に歌うようになっていたのかもしれない。


「そんなの売れる訳ないよな。」

そう思うと可笑しくなって、笑ってしまった。


「何笑ってんの?」

彼女は不思議そうに僕を見ている。


「なんでもないよ。」


「あっそ。じゃあ早く準備して、駅行こ。」


「わかった。」

そう言っていつもの服に着替え、いつもようにギターを担ぐ。


1年後、5年後、10年後の僕らはどうなっているだろうか。

100年後、1,000年後の世界に僕たちの歌はあるのだろうか。

遥か遠い未来の世界に想いを馳せながら、窓の外を眺める。


外は依然として人で賑わっている。

その人々の隙間を埋めるように、雪は確実に積もり始めていた。

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遥か 小原大和 @YKohara

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