ブラッディ・ベレッタ〔take1〕※更新凍結

岩井喬

第1話【プロローグ】

 ゴオン、という雷鳴に鼓膜を打たれ、僕ははっと正気に戻った。


「優翔! 塚島優翔!」


 誰かが僕を呼んでいる。そちらに目を遣ると、若い男がずぶ濡れになりながら叫んでいた。豪雨の中であることにも、一切頓着せずに。


「優翔、銃を取れ! 早く!」


 腕を振り回し、僕に命令する男。いや、命令ではない。命令というのは、もっと冷静である人物が行うものだ。かといって、男が僕に対して行っているのは、脅迫でも請願でもない。指示とも違う。

 一つ言えるとすれば、その男は必死だった。必死に僕の『参戦』を望んでいた。 しかし。


「ッ……」


 いくら男に喚き立てたてられても、僕は動かなかった。否、動けなかった。銃を取るだなんて、そんなことができるのは、僕ではない。妹の塚島優海の領分である。

 それに当然ながら、ここにある拳銃はゲームのアイテムではない。実物の、人を傷つけたり殺したりできる道具だ。僕は躊躇うどころか、恐怖心に駆られて、そばのテーブルに置かれていた拳銃から身を引いた。


 僕が恐怖した理由。それは、自分が人を殺傷してしまうのではないか、ということだけではない。拳銃が有する暴力性が、自分に乗り移ってくるように思われたからだ。


 すると、散発的な銃声が聞こえ始めた。


「来やがった! 優翔、このままじゃ優海も危ないぞ!」

「優海が!?」


 そう叫ぶ僕を無視して、男は自分の自動小銃を握り、銃声のする方へと駆けていく。

 僕は二、三歩あとずさりして、その場に尻餅をついた。すると、肘がぶつかったのか、テーブルが倒れて拳銃が滑り落ちてきた。


「ひっ!」


 思わず僕は、手先に落ちた拳銃を蹴飛ばした。じっとその拳銃を凝視する。

 銀色の、オートマチック拳銃。銃口は九ミリで装弾数は十五発。その名を、ベレッタ92といった。優海とお揃いだ。もっとも、二、三回触れたことがあるだけの僕と違い、優海は随分使い込んでいたが。


『このままじゃ優海も危ないぞ』――。その言葉が、ようやく僕の脳内に染み入ってきた。


「優海……」


 僕は立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。


「どわっ!」


 やむを得ず、僕は四つん這いで、立てこもっていたプレハブ小屋から顔を出した。僕もあっという間に上半身がずぶ濡れになる。

 今の僕に何ができる? 何をしようとしている? そうだ、優海。優海を助けなければ。

 そう思った時、冷たい感触が僕を捉えた。右手の指先から伝わってくる、鈍い感覚。

 恐る恐るそちらを見遣ると、僕の手はいつの間にか、拳銃のグリップを握りしめていた。優海のことを思えばこそ、だろうか。


「優海!」


 それだけを声にして、僕は弾数の確認すらせずに、雷鳴轟く夜の雨の元へと駆け出した。


 事は約二ヶ月前、七月下旬に遡る。

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