黒石碧は眠る。

512

第1話

誰かが言った。

生きていられる、普通に生活が出来る、それが何より幸福だ、と。

これを聞いた時、ああ、そうだな。と思った。

そして今、雪山で凍えバケモノと戦いながら、普通なんてクソくらえ、そう思っている。

独断と偏見と体験により、断言しよう。

暖かい家で漫画を読み、友達と語り合い、休日に昼過ぎまで寝るより、望むものを手に入れるため、雪山でバケモノと戦い、砂漠でバケモノと戦い、森林でバケモノと戦う方が幸せだ。

だから今日も、黒石碧くろいし あおは眠るのだ。




✝︎


数メートル積もる新雪に足をとられながら、目の前にいるバケモノへ大剣で斬り掛かる。

バケモノは、剣が自らの身体に突き刺さるのをただ呆けて、他人事のように見ている。それもそうだろう。このバケモノは再生するのだから。

いくら斬っても、辺り一帯に余りある雪を吸い寄せ体の一部として取り込み、能面のような顔で精一杯、嘲笑ってくる。

ああ、燃やしたい。

魔法を使って辺り一面火の海にしてしまえばこんな奴、本来瞬殺なのだ。

しかし、今回は魔法の使用を禁じられているため、この大剣一本で身体のどこかにある“核”を壊すしか、あれを壊す方法はない。

再び大剣を構え、未だに嘲笑ってくる能面と雪山の寒さへの苛立ちを込めて、何処にあるのか分からない核へと斬りかかった。

もちろん、やけになって突っ込んでいるわけではなく、しっかりとした作戦がある。

名付けて、全部斬り刻めばいいだろう作戦。

説明がなくとも名だけで分かる、素晴らしい作戦である。

雪に足をとられるのが嫌で、持てる全ての脚力をつかい一気に間を詰める。

まず、苛立つ能面へ剣を突き刺した。そのままぐるり、と一回転させれば、後には大きな穴がぽかりと浮かぶだけ。

残る身体を、再生するよりも速く、片端から斬り刻めばおしまい、なのだが現実そう上手くはいかない。

さすがに相手も危機感を覚えたのか、攻撃を仕掛けてきた。

しかし、こちらも負けるわけにはいかないのだ。

繰り返される蹴りを上下左右へと躱しながら、相手の身体を少しずつ少しずつ斬っていく。動きながらだと再生能力が落ちるのか、相手の体積は確実に減っていっている。

「ノルマたっせい、っと」

ついに依代となる身体を失い、逃亡する核を軽く一振りで壊してそう呟いた時には、辺りは雪山ではなく何の変哲もないだだ広い部屋へと変わっていた。

見慣れた景色に今まで引き締めていた気が緩み、はあ、と溜息を漏らすと、

「お疲れ」

後ろから労いの言葉がかけられた。

振り返れば、水色の髪を高い位置でひとつに結んだ美少女が、お茶を差し出してくれていた。

「いつもありがと」

「どういたしまして」

振り返った時から、少女の表情は全く動かない。この子と出会って2ヶ月、だいぶ打ち解けたと思っていたが、彼女の無表情さは変わらないらしい。

受け取ったお茶を喉に流し込み、空になった紙コップを魔法で燃やす。

あとには塵すら残らなかった。

「やっぱり魔法って便利だなー」

先程まで使用を禁じられていたのもあって、その便利さがより身に染みる。

「ゴミを燃やすのも、燃やせるのも、君だけだけど」

「ゴミ箱に捨てろよ」と言わんばかりに、部屋の隅に置かれた巨大なゴミ箱を指さす少女から目を逸らし、

「こんなに便利な魔法をくれて感謝しなきゃなあ、あはは。あ、そうだ、今何時?」

ついでに話も逸らすのである。

少女は首から下げた大きめの時計に目をやり、7時10分前、と短く答えた。

そろそろ帰らなくてはならない時間だ。

「じゃあ、また。シャネット」

「うん、また」

いつも通りのあっさりとした別れの挨拶を終え、目を閉じる。

そして、目を覚ますのだ。


✝︎


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る