1-9
声帯模写。
他人の声をそっくり写し取る、怪盗が持っていればかなり役立つスキルだ。
いくらなんでも、と僕は思った。だって今思い出したばかりなのだ。上手くできる保証は無い。でも父のことだから、できないと帰してくれないような気がした。
「誰の声を模写すればいいんだ?」
「そうだな、私の声……だと駄目か。自分の声を録音しても、違って聞こえるから判断しにくい。そうだ、真紅郎の声はどうだ」
「今日会ったばかりじゃないか」
「それだからこそ、お前の真の力を見いだせるんじゃないか」
あっさりと父は言う。
「……わかったよ。真紅郎さんだな。父さんのことは『崇人さん』って呼んでたっけ?」
「そうだな。あと、私に対しては常に敬語だ」
僕は一つ、二つ咳払いして、真紅郎さんの声と仕草を思い出す。
「ええと、いらっしゃいませ。崇人さんじゃないですか。いつものコーヒーにしますか?」
なんとか、真紅郎さんに似せられたと思う。ふーっと、安堵の溜め息をついた。
ぱんぱん、と父が拍手した。
「合格合格。ちゃんと真紅郎だったよ、これで安心して仕事を頼める」
「仕事って……いつからなんだ?」
「そうだな……快人が少し学校に慣れてからだな。夏にはできれば始めてほしいが」
夏か。少しは準備期間を用意してくれるってわけか。
「他に質問が無いなら帰って良いぞ。私もそろそろ仕事に戻らなければ。そうだ、快人。怪盗の名前を考えおいて欲しい」
「怪盗の名前?」
「何でも好きなように考えて良い。髪型や服装も考えておいてくれ。それと……」
父は机の引き出しから何か取り出した。片眼鏡だった。僕は片眼鏡を受け取り、まじまじと観察した。特におかしな所はない。だが、父は言った。
「見ての通り、モノクルだ。天都君の作品だからもちろん普通のモノクルじゃないぞ。フレームの横のボタンを押すと、赤外線ゴーグルになる。警報装置を潜るのに便利だろう。あとパソコンと一度接続すると、モノクルで見ているリアルタイムの映像がパソコンでも見られる」
「ふうん。ありがとう」
僕はそれだけ言って、モノクルをポケットにねじ込んだ。
「おい、大切に扱えよ。一応精密機器なんだから」
父が少し慌てる。
「わかってる……じゃ、忙しいんだろ。帰るよ」
「ああ……また何かあったら連絡する」
「あ、一つ聞きたいことが」
僕は父に振り返り聞いた。
「何だ?」
「ファントム・シーフ=ブルー……蒼の怪盗って何だ?どこかで聞いたことがある気がするんだ」
「……それなら真紅郎に聞いてみろ」
意味ありげな笑いを浮かべ、父が言った。僕は嫌な笑いだと思いながら、社長室を後にした。
「お帰りなさいませ、坊ちゃま。車はすぐ外にお出しておりますので、どうぞこちらへ」
社長室からエレベーターで一階のエントランスまで降りてきた僕に、待っていた黒スーツの一人が、恭しく一礼した。
「早く戻らないと真紅郎さんに心配されるので、すぐ帰してください」
僕はエントランスの壁に掛けられた時計をちらりと横目で見て言う。もう午後二時を回っていた。
「かしこまりました」
また黒スーツは一礼した。
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