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 真紅郎さんのコーヒーを飲み終えた直後、今日初めて(だと思われる)の客が店に来た。真紅郎さんは爽やかに「いらっしゃいませ」と、客を席に案内する。そして小声で、

「快人君。お客さんが来たから、悪いけど二階の住居で荷ほどきをしててくれないかな。そこの従業員専用のドアを入って階段を上がってね。君の部屋は右側三つ目の部屋だから。部屋の中に届いた荷物が置いてあるからね。じゃ」

 と、申し訳なさそうに言って、真紅郎さんは僕の飲み終えたコーヒーカップを手早く片付けて、客の方へオーダーをとりに行った。僕は説明された通り「staff only」とプレートの取り付けられたドアを開けた。


 これから僕が毎日寝起きする部屋は、六畳程の広さで、窓もあってなかなかの日当たりだった。ただ、今はダンボールが乱雑に置かれ、少し狭く感じる。

 とりあえず換気をしようと窓に手を掛けたとき、ポケットに入れていたスマホが突然鳴った。着信を見ると、「会長」とある。あの父、崇人は「会長」のときの携帯と「父」のときの携帯と、わざわざ二つも携帯を持ち歩いているらしい。さらに「仕事用」の携帯もあるらしい。そんなに携帯が必要なのだろうか。

「ああもう……何だよ」

 悪態をつきながら僕は渋々、通話ボタンを押して耳元に近づけた。

「はい?もしもしっ」

『何を怒っているんだ?快人』

 受話口の向こうから、父の楽しそうな声が聞こえた。

「何か、御用でございましょうか?『会長』」

 苛ついていたために、自然と「会長」の二文字に力が入る。着信が「会長」からきた場合、もしくは善意会のことで話す場合、僕は「父さん」でなく「会長」と呼ばなければいけなかった。「父さん」と言う度にそれを訂正されるので、ちゃんと言わざるを得なかった。

『実はだな……今、車をそちらに向かわせている』

 僕は耳を疑った。

「今、なんて言った?」

『だから、快人が今いる「もみじ」に、私の車を向かわせている』

 至極あっさりと父は言う。

「え?ちょっと待ってよ。父さんの車をこっちに向かわせて、どうするっていうんだ」

 動揺を隠せないまま、僕は父に尋ねる。

『そりゃあ、快人に私の会社へ来てもらって、話をするためだ。決まってるじゃないか。何か問題があるか?あと、何度も言うが、ちゃんと「会長」と呼びなさい』

「あーはいはい。問題ありありだ。僕にはまだ用事が……うわあっ」

 不意に三人の黒いスーツ姿の男たちがドアから入って来て、そのうちの二人が僕の両腕をいきなりがっちりと締め上げた。電話に気を取られて、ドアが開くのに気付けなかった。

『そんなことだと思って、無理やりでも連れてくるように言っておいたから。抵抗するなよ』

 そして、携帯は一方的に切られてしまった。

「すみません、快人坊っちゃま。崇人様に言われておりますので」

 黒スーツの、僕を締め上げていない一人が、事務的にそう言って頭を下げた。そして僕は半ば引きずられながら、裏口から黒塗りの車に乗せられたのだった。

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