ファントム・シーフ=ブルー

傘ユキ

序章:しまわれていたきおく

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 僕とキミが出会った日を、覚えているだろうか。


 随分、幼いときに出会ったのだ。確か、小学校にようやく上がったくらいだった。

 夕方……いや、黄昏時と言っていい時間だった。

 僕は、親の友人のホームパーティーに父に手を引かれて行ったんだ。はっきり言って、ホームパーティーは大人ばかりでつまらなかった。だから僕はこっそりと、パーティーを抜け出したんだ。

 日がだいぶ落ちてきていて、空は群青が茜色を飲み込んでいくところだった。僕の目的地はとうに決まっていた。パーティー会場へ行く途中に、公園があることを知っていたんだ。程なくして公園は見つかった。滑り台やブランコなんかがある、普通の公園だ。もう暗くなりかけていたからか、こどもの姿はまばらだった。


 そこに、キミがいたんだ。


 余所行きのワンピースに身を包みブランコに腰掛けていたキミは、手にした小箱の鍵穴に何度も小さな鍵を入れては回してを繰り返していた。

 僕はじっと、キミが何をしているのか見ていた。でも、キミは僕に全く気付いていないようだった。俯いて手を動かしているうちに、ひと房髪が肩から落ちる。キミの黒い髪は、絹みたいに細くて滑らかで、薄暗い中でもぼんやりと浮き上がって見えるようだった。もう少し近くに寄ってキミの表情を見て、遊んでいるわけではないと気づいた。

 今にも泣き出しそうに瞳が揺れていたから。

「……どうしたの?」

 思い切って僕は聞いてみた。キミは驚いて顔を上げて、僕の存在を目に捉えて言った。

「たからばこのかぎ、あかなくなっちゃった」

 小箱と鍵を僕のほうへ見せる。

「ちょっとみせて」

 僕は小箱を受け取ってポケットからいつも持ち歩いている「おもちゃ」を二本取り出し、鍵穴に差し込んで中のピンを慎重に押さえ、回した。かちゃり、と小気味いい音がして錠が外れた。「開いたよ」と僕が小箱を渡すと、キミは「ほんとに?」とまだ泣きそうな顔のまま、箱をそっと開けた。中にはきらきらしたものがたくさん詰まっていた。キミは僕に向き直って、ぐずぐずの顔ではにかみながら「ありがとう」と言った。

「あなたのなまえは?」

 そんな風にキミは聞いた。僕は、自分の名を名乗った。

「わぁ、かっこいいなまえね!かいとくんていうんだね」

 そう、キミは言った。

「わたしのなまえは……あまと、さんり」

 とても綺麗な響きの名前だと思った。

 天都賛里。

 それがキミの名前。

 事情を聞くと、キミも僕と同じく親の友人のパーティーに連れてこられたんだと知った。一緒に会場に戻ったら、二人して叱られたっけ。

 キミと出会ったのは、群青に染まった黄昏時で。キミの泣き笑いの顔が目に焼き付いていた。また、その笑顔が……いや、本当の笑顔が見たいと、僕は初めて思ったんだ。

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