第66話 転移者は新年を迎える


 また一つ新年を越えた。


誕生日を知らない子供たちが一つ年齢を重ねる日だ。


俺は教会で子供たちと祈る。


終わった後に誕生祝いとしてご馳走を用意しているので、皆おとなしく目を閉じていた。


 何故か今年は旧地区の大人たちまでたくさん礼拝に来ている。


地主のミランをはじめ、使用人のロイドさんとハンナさん夫婦。


秘書見習のロシェとフフの姉妹と、砂漠で拾った砂族の母娘。


砂族のサイモン一家。


足の悪い老婦人と付き添いのエルフさん。


狼獣人のエランと息子で狼犬獣人のカシンと、トカゲ族のソグ。


旧地区の治安維持に雇われている元兵士のトニオとトニー親子。


煉瓦職人のデザの隣にはドワーフのピティースまで来ている。


 元からいる旧地区の住人は網元一家に雑貨屋の夫婦。


そして居酒屋の老夫婦にパン屋の親子だ。




 そこまではいいのだが。


「何でお前までいるんだ」


領主の使用人のコセルートに俺が小声で訊く。


「だって、アレですもん」


俺たちがチラリと視線を向けたのは新地区の領主になった少年だ。


今は護衛の私兵は教会の外で待機している。


彼の目的はどうやら金髪の美少女ロシェだ。 もうバレバレだけどね。




 そこへ樵のお爺さんまで、猟師の少年を連れてやって来た。


「ここでうまいもんが食えると聞いてな」


元浮浪児たちのリーダーだった少年が「えへへ」と頭を掻く。


まあ、彼も今日の誕生祝いに呼んでいたから構わないが。


「俺たちはお手伝いに来ました」


ハシイスが峠の兵士たちを連れてやって来ていた。


「あ、俺たちも手伝いますー」


手を挙げたのは食堂の看板娘を嫁にもらった若い大工の職人だ。


俺が仲人ということになっている。


「くそう。 てめぇら、やるぞ!」


俺は祈りも適当に終わらせて教会の中の椅子や机を片付け始める。


宴会場はこの教会の中なのだ。




 この町では新しい年の日の出を見ながら祝うそうだ。 


早朝なので食事は軽い物を用意しているが、そもそもここの子供たちは浮浪児上がりなのでまともな食事を取れなかった。


年に一度、この日だけは美味しいものをと用意していたのだ。


ところが最近は彼らも舌が肥え始めている。


パン屋の娘には大きなケーキを頼まれ、ミランにはこっそりドラゴンの肉を要求された。


「なんて贅沢なんだ!」


俺はプリプリ怒りながら仕方なく出しているけどね。


そしてハシイスに頼んで外にいる領主の私兵たちも中に入れて一緒に祝ってもらい、食事をさせた。




 これもすべて子供たちのお祝いだからだ。


去年はトニーやサイモンが親と同居することになった。


フフもロシェという姉が見つかって二人で地主屋敷に住み込みで働いている。


 俺は、新年休暇の三日間だけは親のいない子供たちを精一杯甘やかせてやるつもりだ。


「ほら、いっぱい食え。 遠慮するな」


「うん」


リタリが頷く。


その足元にはリタリを挟んで、かなり身体が大きくなったユキとクロが座り込んでいた。


元の世界でいうところの大型犬くらいかな。


「うふふ、モフモフっていうんでしょ。 これ、あったかい」


砂狐たちの冬毛に埋もれて楽しそうに笑っている。


良かった。


「あ、あのね」


俺が気を使っているのを察したのだろう。


リタリがこっそり俺の耳元で囁いた。


「成人したら私をお嫁さんにしてくれるって、トニーが」


衝撃の告白いただきました。


「そか、良かったな」


寂しがってると思ったけど余計なお世話だったかも知れない。




 昼頃からは皮球蹴りが始まった。


ハシイスが指導しているのか、峠の若い兵士たちは動きがいい。


俺は石畳に適当に色を付けてゴールを作り、ルールを簡単に説明する。


手を使わないことと、ゴール前は無茶しないっていう程度だけどね。


キーパー無しの三対三をやらせてみた。


 初めは少し戸惑っていたが、すぐに慣れてゴールし始める。


俺が審判をして、時間を決めて何回か試合をさせてみた。


 そして始まる大人たちのお約束。


「どっちが勝つと思う?」


「そうですね。 私はあちらのほうが強いと思いますけど」


ミランとガーファン、トニオたちも混じって賭け事が始まっている。


俺はそんなのは無視して、ただ子供たちと駆け回った。


楽しかった。


やっぱり身体が自由に動くのは最高だ。




「はあはあ、ねえ、ミラン様。 やっぱ早く風呂作りましょうよ」


試合後に俺はミランに絡んでいた。


汗をかくと風呂に入りたくなる。


俺はどうしようもなく日本人だなと思う。


「あー、そうだな。 お前がそこまで言うなら」


費用も設計もすべて俺が負担するならという条件で許可が出た。


「デザ!、聞いたか。 やったぞ」


俺はまだチビチビと酒を飲んでいたデザの背中を叩く。


「ていうか、まだ許可出てなかったんですかい?」


すでに図案は出来上がっている。


「うん、そうなんだ。 でも許可が出たんだからもう始められるぞ」


俺は場所の選定を始めた。




 お湯の湧いている地主屋敷の近くがいいと思う。


「おそらくそこが一番地表に近い場所なんだと思うしね」


井戸を修理した時も思ったけど、この町の下には水脈がある。


おそらくその一部がどこかでお湯になっているのだ。


 俺は新年休暇の残りの二日間を温泉風呂のために費やした。


俺の休暇だ。 楽し気な俺に王子も文句は言わなかった。


王子も休暇だ。 新年くらい魔法陣のことは忘れて楽しんでくれ。


大工の青年と共に設計の素案を決め、ミランに渡す。


疲れた俺が引っ込むと、王子の雰囲気を読み取ったのか、エルフさんが近寄ってきた。


 前の祭りでフェリア姫と一緒にいるのを見られてから、彼女は故意に俺たちから距離を置いていた。


「あのー、ソグさんから聞きました」


「え?、何を」


肩の鳥と一緒に首を傾げる。




「デリークトのお姫様なんでしょう?。 この間の女性」


うわ、ソグったらそんな話をしたのか。


「まあ、どうせ私には手の届かない女性だけどね」


側にいられるわけでもない。


ただ彼女の呪いを解いてあげたいという気持ちだけが暴走している状態だ。


「いいえ、ご立派だと思います」


叶わない想いでも、そうやって好きな人のために努力している姿に感動したらしい。


いや、そんな立派なもんじゃないと思うけど。


「それにネスさんはエルフとしてもカッコイイですし、その女性ともお似合いかも知れませんよ」


エルフさんが俺を慰めてくれる。


「あはは、そんなことはないでしょうね。


見ての通り、大人の男性の中では華奢ですし」


王子の背丈は子供のころの栄養不足もあってか、ミランたちより頭一つ低い。


最近はトニーにさえ負けそうなのだ。




「あー、それはー」


話を聞くと、このエルフの女性はすでに成人らしい。


驚いてしげしげと見つめていると、彼女は恥ずかしそうに赤くなった。


どう見ても外見は十三、四歳の少女に見える。


「個人差はありますけど」


エルフは見た目の年齢が若い。


それでエルフの血が流れている王子も見た目が若いらしい。


「私は今年で二十一歳になりましたが」


王子がそう言うとエルフさんはちょっと首を傾げた。


「ではやはり、身体の成長が人より遅いのですね」


「どういうこと?」


つまりーと彼女が解説するところによると、エルフだと王子はまだ成人前の身体なのだという。


「エルフは人より寿命が長いです。


二十一というのはエルフではまだ子供なのです。


ですから、ネスさんは今はまだ成長期で、これから背丈も伸びるかも知れません」


俺はポカンとしていた。


王子は「そうですか」と少しうれしそうに答えている。




「ちょっと待って。 それって俺たち、まだこれから背が伸びるってこと?」


夕食を適当に済ませて早々に寝室に戻った。


俺はエルフの年齢の話をやっと理解して王子に確認する。


『そういうことだと思うけど』


おお、やった。


元の世界の二十歳だった俺はもっと背が高かったからね。


この王子の身体が小さいのは子供の頃の色々な事情のせいだと思っていたけど、そうじゃない可能性が出てきた。


『そんなにうれしいものかな』


「うーん、気にしない人はしないだろうけど。


ミランとか周りがとにかく大きいからさ」


小さいと子供みたいでバカにされるし。


「よく斡旋所で子供扱いされたよな」と言うと王子も『そうだったな』と頷く。


それに、


「姫と並んだときに少し高いほうが、こう寄り添ったときに様になるというか」


俺も言ってて少し顔が熱くなる。


とにかく、俺は頼れる男になりたいんだよ。 見かけだけでもさ。


『そうか。 見かけだけ、ね』


「いえ、すみません。 中身もがんばります」


俺は王子の体型に不満があるわけじゃないと謝り倒した。


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