第65話 転移者は認識を改める


「ああ、そうだ」


ミランに会わせる前に、俺は夫婦にお願いをする。


「実はこの町に住むには町の役に立つことをしないといけないんですよ」


ロイドさんはウンウンと頷く。


「それでお二人、もしくはどちらかに砂族の魔法とやらと見せていただけませんか?」


王子が彼らを必要とする大前提だ。


それが出来なければ王子がガッカリするだろう。


「は、はい。 では外で」


夫婦は少しこわばった顔で頷いた。




 俺たちは連れ立って教会裏へ向かう。 


途中、広場で子供の声がすると、妻のほうはすぐに足を止めて見ている。


気持ちは分かるが、この夫婦が本当にこの町で暮らせるかはまだ微妙だ。


「やあ、デザさん。 調子はどうですか?」


教会裏の石塀の上に煉瓦を積み上げている煉瓦職人に声をかける。


「ネスさんか。 見ての通り、子供たちのいい修行になってるよ」


半笑いで顔を向ける方向には子供たちが疲れて寝転がっていた。


 俺は砂族の夫婦に事情を説明する。


「この町ではまだ砂漠が広がっているようでしてね。


私は砂が町に入り込まないようにこうして塀を作っているんです」


子供たちが虐待されていると思ったのだろう。


夫婦はまるで睨むように俺とデザを見た。




 俺は子供たちの側に向かいながら夫婦に話す。


「私が一年ほど前、この町に来た時は浮浪児であふれていました。


浮浪児狩りに遭ったり、子供たち同士で派閥争いをしたり。


今でもこの町には小さくても働かなければならない子供たちが大勢います」


だからこうやって仕事を斡旋しているのだ。


 座り込んでいた子供たちが俺の顔を見て笑顔を浮かべる。


「ネスー、これ面白いね。 もうこんなに積んだよ」


明るい子供たちの笑顔に夫婦は少し戸惑っていた。


「でも、あなたたちのお子さんがこんな風に笑っているとは限りません」


俺は子供たちに笑顔を返しながら言葉を続ける。


事情があったにせよ、子供を手放したのは彼ら自身なのだ。


田舎の小さな町だから許されるのだろうか。 小さな女の子に大人が自分の子供を任せるなど、俺は信じられない。


「託されたほうの女の子はどうなったんでしょうね」


子供が訳アリの幼い子の面倒を見る。 それがいかに大変なことか。


「くっ」


父親は唇を噛み、母親は目に涙を浮かべた。


俺はわざと夫婦に背中を向ける。




 その時、ぶわっと風が吹き、砂が舞い上がった。


「こら、サイモン!。 やり過ぎだああ」


石塀作りを手伝っていた子供たちが、ペッペッと砂を払いながら文句を言う。


「えへへっ」


砂煙が収まると砂狐二匹を連れたサイモンが姿を見せた。


「だってー、これが僕の仕事だからー」


サイモンは砂族の魔法を使ってデザの仕事の補助をしている。


「サ、サイモン?」


砂族の夫婦はその姿を見て一瞬驚き、そしてその名を呼んだ。


「サイモン!」


駆け出した妻に負けじと夫も駆け出す。


わあわあと泣き出す大人二人に抱き締められ、少年は目を白黒させている。


「お父さん?、お母さん?」


【さいもん、てき?。 なかせてる、てき?】


アラシがサイモンから二人を引き離そうと服を引っ張った。


「いいんだよ、アラシ。 そっとしといてやって」


三年ぶりの再会だ。


『ちょっと意地悪だったけどな』


「いいんだよ。 これくらい」


俺たちはそっとその場を離れた。




 その夜に正式にミランに紹介し、家族三人で住める家を支給した。


「ネスの近くがいい!」


サイモンがそう主張したので、砂族の一家とアラシは俺の家の裏手にある一軒家に住むことになった。


まあ、俺も近いほうが呼び出しが楽だからいいけどね。


「あ」


お茶を運んできた砂族の母娘が立ち止まってサイモン一家を見ている。


「あ、あの、もしや」


母親がサイモンの両親をじっと見て「失礼ですが」とミランに発言の許可を求めた。


もちろんミランが頷くと、彼女はサイモンの父親の前に跪いた。


「ガーファン様ではないでしょうか。 私はトシャ村のサーラでございます」


え?、何この挨拶。


俺もミランも戸惑っている。


「ああ、そうでしたか。 でも今はもう様付けなどいりません。


ただの不甲斐ない父親ですから」


少し寂しげな笑顔でサイモンの父親が答える。




「どういうこった?」


ミランが眉を寄せて困っていると、サーラと名乗った砂族の女性が「申し訳ありません」と謝った。


「この方は砂族の中では高貴な血筋のお方なのです」


そう言ってミランに紹介した。


 ガーファンとは砂族の中では有名な代々続く名前らしい。


砂族の家には一家に一つ必ず彼らの先祖の姿絵が残っていて、砂漠を離れた今でも、その名前は言い伝えられているそうだ。


「高貴とは、王様とかそういったものですか?」


俺の疑問にはガーファンという名前らしいサイモンの父親が答える。


「王国ではありませんでしたから、王ではありませんね。


先祖が領主とか代表とか、そういった立場だったのは確かですが」


おおう、サイモンってお偉いさんの子だったんかい。


「でも今は本当に生活にも困っているただの人間です」


夫婦で顔を伏せてしまっている。




「ぼ、僕ね!。 ネスと一緒に砂漠ですごいものを発見したんだよ」


暗い雰囲気を何とかしようとして、突然、サイモンは両親にオアシスの遺跡の話をした。


「なんだって?!」


父親のガーファンの顔色が変わる。


やはりあれは砂族の遺跡なのだろう。


「その話は長くなりそうですから、また後日にしましょう」


そう言いながら俺はサイモンを「約束を破ったな」と軽く睨みつけていた。


するとサイモンは母親の陰に隠れてしまう。


「とにかく、家のほうはまだ掃除が済んでいないので、今日はサイモンと一緒に教会裏の子供たちの部屋をお使いください」


俺はサイモンに頼み、両親を男の子たち用の部屋へ連れて行かせる。


男の子たちにはすでに事情は話してあるので、彼らはリタリたち女の子の部屋へ移動しているはずだ。


そいつらは床に雑魚寝らしいけどね。


 俺はミランにサーラさんから詳しい話を聞いておいて欲しいと頼んだ。


「お、おう」


話すきっかけを得られたので、ミランは単純にうれしそうに照れている。


とりあえず真面目にやって欲しい。


王都のお菓子の袋を一つ渡して、俺は家に帰った。




 翌朝、いつも通りに起床し、家の前の掃除を始める。


「おはようございます」


サイモンの父親が俺の側に来て挨拶をする。


「息子からあなたのお話をたくさん伺いました。


本当にお世話になり、いえ、助けていただいて、ありがとうございます」


アブシース国の礼を取るのは王都で働いていたせいだろうか。


 俺は念話鳥を出して肩に乗せた。


「いえ、サイモンが砂族だったので研究の手伝いをしてもらっていただけです」


俺は笑っていない笑顔を向けている。


「朝食は子供たちと一緒にどうぞ」


教会の横にある簡易炊事場を指さす。


俺は最近忙しいので、一人で自分の家で食事を取るようになっていた。


ユキが足元で俺を見上げている。


「ここには砂狐もいるのですね。 本当に素晴らしい」


うれしそうにユキの側に座り込んでワシャワシャと撫でた。


俺が不機嫌なのが分かるのだろう。


ユキは複雑そうな顔で撫でられていた。




 家に戻って食事を取りながら俺は窓の外を見る。


サイモンたちが起きだして教会の掃除を始め、夫婦はそれを手伝っていた。


リタリたちはその姿をうらやましそうに見ている。


『ケンジ、どうしたんだ?』


王子は俺があまり快く思っていないのが不思議らしい。


サイモンがあんなにうれしそうにはしゃいでいるのに。


「別に。 ただ俺は子供を捨てる親が気に入らないだけだ」


いろんな複雑な事情があるのは分かっている。


この世界がそういう状態なのだということも知っている。


それでも。


「親がいるなら、どうして側にいてやらないのかなって」


同じ王宮の中にいながら、王子を死にかけるまで放置していた国王とか。


『ケンジ……』


死んでしまったうえに、異世界に来てしまった俺にはもう手が届かない。


「俺なら絶対に手放さない。 何があっても」


一緒に死ぬことになっても俺はそのほうがいい。


「ごめん」


思いがけず流れた涙を拭う。


「王子は気にしないでくれ。


あの高貴な砂族がいれば、きっと研究は捗るに違いないからな」




 いつもの体力作りのあと、俺たちはガーファンさんに砂族の魔法を見せてもらった。


「すげえ」


王子の魔法陣で動かす十倍、いやそれ以上の砂がサーっと動く。


俺たちが毎朝掃除している教会前広場が一瞬できれいになった。


しかもガーファンさんは全く疲れた様子もない。


「俺、やっぱりこの人は気に入らないかも」


だって、これは脱力しちゃうよ、なあ。


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