第52話 転移者は花を贈られる
夏の間は砂漠に入ることも出来ずに、俺は子供たちと作物や家畜の世話に明け暮れていた。
革で作られた普通の靴は暑いと蒸れる。
砂も熱くなってきたので、俺は雑貨屋で作ってもらったサンダルを履いている。
「お、それ、いいな」
ミランが気に入ってくれて、雑貨屋の屋台でもそのサンダルを売り出すことになった。
子供用も作ってもらい、教会の子供たちはそれを履いて走り回っている。
「おおーい、それは皮球を蹴るのには向かないからな」
「えー」
子供たちには気を付けるように言っておく。
何度もポーンポーンとサンダルが広場を飛び交っていたからだ。
子供たちは笑っているが誰かがケガをしてからでは遅い。
俺は元の世界のように運動靴を作れないかと考えた。
底が浅めの、布で作った靴を頼むと雑貨屋では断られた。
「それなら新地区にちゃんとした履物を作る工房があるよ」
と雑貨屋の夫婦に、元の世界でいう靴屋を教えてもらった。
依頼して作ってもらうのはゴムのような素材で底とつま先を補強した、丈夫な布で作った靴。
甲の部分にはいくつか穴を開けて紐を通すようにしてもらう。
ぎゅっと紐を結ぶと抜けないようになっているのは普通の靴と同じだが、紐を通す穴が多く、軽い素材でも足にぴったりになる。
「これなら皮球を蹴るのにちょうどいい」
俺が満足すると、履物工房では「見本に」と教会の子供たち用をいくつか無料で作ってくれた。
「これはこの町を元気にしてくれたあんたへのお礼だ」
履物工房の職人さんはそんなことを言ってくれた。
「ありがとう!」
子供たちと一緒にお礼を言いに行った。
今では新地区の普通の子供たちにも浸透している遊びなので、その靴は皮球用として売れ始めている。
ウザス領にも徐々に広がっているそうで、この靴を買うためにまた人が来るようになるだろう。
そんなある日、峠の見張り台の新任の兵士が挨拶にやって来た。
「ネス様」
「げっ」
俺は彼を家に入れるとすぐに<遮音>の結界を発動した。
今では簡単な魔法なら念話鳥で発動出来るようになっている。
俺は、新兵が北のほうから来るとは聞いていたが、ハシイスだとは思わなかった。
あー、いや、嫌な予感はしていた。
「お前はノースターのために育成した兵士のはずなんだが」
母一人子一人の家庭だから、こんな遠くへ来るとは思っていなかったというのが大きい。
ハシイスはニヤリと口の端を歪めて笑う。
「俺を育てた領主様がいなくなりましたし、領主の私兵も解散になりました」
そのせいで彼らは宙に浮くことになった。
「ガストスさんたちが何とかしただろう?」
「ええ、ちゃんと町の自警団組織を作ってくれましたよ」
ガストス爺さんはノースターの領主が代わったとしてもちゃんと町が守られる組織を作っていた。
「それに母は再婚いたしました」
王都から来た傭兵だった魔術師兵の一人と結婚したそうだ。
あの決闘の時にお母さんを守った魔術師兵か。
おおう、それは予想外だったわ。
とにかく、ここでは俺の身分は口外しないでくれ、と念を押す。
「分かってます、ネスティ様」
いや、こいつ絶対分かってない。
口止めに酒を渡す。
峠の見張り台の兵舎では不便も多いだろうし、何か必要なものがあれば届けると言うと、
「アップルパイが食べたいです」
と言われた。
俺は首を傾げる。
「ノースターでは普通に食べられただろ?」
名産になっているはずだ。 何で今ここで食べたいのか分からない。
「その、ご領主様が作ってくれたものが一番美味しかったので」
少し顔を背けて恥ずかしそうに答える。
「俺たち、ノースターの子供は皆、ご領主様が作ってくれたお菓子が一番美味しかったって」
「そ、そうか」
うれしいような、恥ずかしいような気持ちで俺は頭を掻いた。
そしてハシイスは窓の外を走り回る教会の子供たちの姿を目で追う。
「ここでも同じようなことをしてるんですね」
微笑みを浮かべているが、どことなく寂しそうだった。
「俺たち、ご領主様がいなくなって、すごく衝撃を受けて。
皆、いっぱい泣いたんですよ」
それは申し訳ないと思うが、文句は王宮の貴族連中に言ってくれ。
「ええ、分かってます。 ご領主様が悪いわけじゃないって」
それでも、彼らは納得出来なかった。
「せめてお別れを言いたかった」
俺は「すまなかった」としか言えない。
「俺は絶対ご領主様を探し出して、一生恩返しするんだって決めてました」
ハシイスはクシュトさんの弟子になるときに色々と王子の事情も教えられたそうだ。
クシュトさんに言われるままに軍に入ったのも、王宮からの情報を仕入れやすいからだった。
「いつか王国の軍がご領主様に剣を向けたら、俺はその剣の先に立って盾になるつもりです」
熱い、熱いよ、ハシイス。
「俺にはそんな価値はないと思うけど」
命をかけて守ってもらえるような男じゃない。
「いいえ。 そうじゃなかったら何故、貴族たちがネスティ様のお命を狙うのですか?」
そんなこと俺が知るはずないだろう。
まあ、お前が俺に何か期待してるんだってことは分かったよ。
「とにかく、お前は兵士の仕事をがんばれ」
「はい!」
ハシイスは俺に向かって正式な王国軍の礼を取る。
「お、やってますね」
家から出たハシイスは、子供たちが皮ボールを蹴っているのを見て眼を細める。
「おっと」
飛んで来たボールをハシイスが胸で受け止めた。 見事なストッピングだ。
ノースターでだいぶやりこんだのかな。
蹴り方も様になっている。
「俺も混ぜてくれー」
良い青年になったと思ったが、そのはしゃぐ様子はまだまだ子供だった。
俺はため息を吐く。
しかしまあ、よくこれだけサッカーというか、この世界では皮球遊びと呼んでいるが、流行ったもんだなあ。
最近では子供たちだけでなく、大人でも蹴ったり、リフティングの真似事をしているのを見かけるようになった。
ドワーフのピティースの革細工屋でも皮球の注文が殺到しているそうだ。
これだけ人数が増えたら三人対三人くらいでフットサルみたいのが出来るかも知れないな。
今度、ルールを簡単に子供たちに教えてみようかな。
ゲームが出来るようになったらもっと楽しいかも知れないと俺は思った。
『また大人の賭け事の対象になるんじゃないか?』
あー、その心配もあるのか。
全くこの異世界は、何というか、難しいね。
子狐たちも日々成長している。
俺はピティースに頼んでユキたちが咥えることが出来る小さな球も作ってもらった。
「投げるからな。 取って来いよ?」
ユキとアラシにそのボールを投げて「持って来い」をさせてみたが、
【わあい、たまー、たのしー】
持って戻って来てくれない。
子供たちが皮ボールで遊んでいる間、それで一緒に遊んでいる気になっている。
「まいっか。 こいつらにはちゃんと意思の疎通が出来るんだし」
無理に芸を仕込む必要もないな。 ちょっと悔しいけどね。
秋に入ると、王子の誕生日が来る。
王都から荷物が届き、俺は唖然とした。
「ネス。 お前、何やったんだ?」
「いえ、何もー」
ミランの声に俺は考えるが、絶対に何も頼んでいないはずだ。
元庭師のお爺ちゃんの店からの定期便に加え、両手で抱えるほどの大きさの、厳重に包装された箱が届いたのだ。
『魔力を感じる』
ああ、それは俺でも分かる。
恐る恐る箱を開ける。
「わあ、きれー」
覗き込んだフフがそれに手を伸ばして取り出した。
大輪の白い花。
俺の元居た世界で近いのは百合だろうか。
箱に掛けられた魔法は、この花が輸送の間に枯れないための処置だったようだ。
「男の誕生日に花束かよ」
ミランは笑ったが、俺はそれを抱えて一人で家に戻った。
王宮の花園で見た、エルフである母親が好きだった花。
俺の頬を一粒の涙がつたう。
王宮を出てから、あの花には出会えていなかった。
きっと特別な花だったんだろうと諦めていた。
俺の肩の鳥は震えながらポツリと言葉を零す。
「ありがとう」
忘れないでいてくれて。
俺は雑貨屋で適当な花瓶を買って、その花束を寝室に飾った。
王子が永遠に咲き続けるように魔法陣を描こうとしたが、俺は反対した。
「花は枯れるものだよ」
この世界の摂理に反している俺が言うことじゃないが、これは花なのだ。
お爺ちゃんだって、命日で誕生日だから送って来た。
「この日を忘れないための花なんだよ」
『うん。 そうだね』
俺たちが出来ることは、きっと来年もこの花を見るために生きることだと思う。
その夜は俺と王子だけで酒を飲む。
何故か、飾った白い花に見守られているような、そんな気がした。
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