第53話 転移者は祭りを企画する


 サーヴの気候はノースターから見れば本当に羨ましい限りだ。


作物がガンガン成長し、次から次へと収穫、作付けが出来る。


「何でこんなに採れるのにほっといたんですかね」


そう疑問に思うくらい旧地区の土地でも砂さえ避けてしまえば、十分な収穫が得られた。


「だから隣のウザスは発展してるだろうが」


ミランと二人で畑を見て回っていると、そんな愚痴が漏れた。


全てはウザス領主が嫌がらせで住民を減らし、町が荒廃するよう仕向けていたわけか。


サーヴの森の奥にある鉱山を手にするために。




 今は二つの鉱山は採掘調査が行われている。


呪詛の影響が出ないようにとしっかりと神を祀り、慎重に試し掘りしているそうだ。


「結局は採掘権はどうなったのですか?」


土地自体はサーヴの物で、採掘する権利は元鉱山主の一族である老婦人の物になっていた。


「俺と新地区の領主とで婆さんから適正な価格で一つずつ買い取った。


婆さんもこれから生活の心配はいらんし、俺たちにも利益があって何よりだ」


お婆さんはそのお金で今の小さな家を改装して、エルフさんの部屋も増やすらしい。




 俺は常々不思議に思っていた。


「そういえば、ミラン様の収入というか、資金はどこからくるのですか?」


ミランは地主として以外に働いている様子もないし、旧地区の住民もごく僅かである。


面倒臭い説明はいつもロイドさんに任せているミランは仕方なさそうに話す。


「このサーヴの土地は元々うちの先祖の所有だっていう話はしたな」


「ええ、聞きました」


「後から来た貴族どもが買い取ったのは自分たちが住む山手の館の土地だけだ。


あとの新地区の土地や住民の施設はほとんどが俺のものだな」


ミランは新地区のほうからは遠慮なく土地代や設備料、港の使用料等を徴収していた。


「なるほど。 旧地区の家賃が無料でも一向に構わないわけですねえ」


「まあな」


広い土地を持っているからちゃんとした収入はあるわけだ。


「そのための手続きやら、陳情やら、邪魔臭い仕事は色々回って来るがな」


「では、新地区のあの山手の貴族様たちの収入は何だったんですか?」


「 宿や食堂を経営したり、船で交易なんかはやってたはずだ。


儲かっていたかどうかは知らないがな」


まあ、ある程度は予想は出来る。 だから庭を石垣で囲って畑にしてたんだろう。


新地区の前の領主がミランや鉱山主の一族に圧力をかけていたのは、そういう事情もあったのか。


「ロシェたちの両親は地主である俺の親とうまくやろうとしてたんだが。 残念なこった」


幼い姉妹の姿を思い浮かべて、俺たちはため息を吐いた。




 今、新地区の若い領主にはコセルートというちょっと小狡い使用人が付いている。


彼は領主に進言し、鉱山への設備投資をさせていた。


新領主の祖父母であるウザス領の貴族から金を出させ、空き家になっていた山手の館を何軒か改装中だ。


鉱山で働く者たちのための宿舎にする予定なのである。


館の部屋をいくつか小さな部屋に仕切って収容人数を増やす。


大きな広間や食堂もあるので、鉱山工事関係者からはすでに貸し切りたいという申し出さえあるそうだ。


 俺はミランが新しい領主に同情的なのがうれしかった。


きっとうまくいく。 そんな予感がした。


「だから公衆浴場を造らせてください」


「お前はいっつも急に話が変わるな」


えー、そんなことないでしょう。


「何というか。 こう、ガラッと人柄が変わるときがあるだろ」


ああ、俺と王子が入れ替わるっていうことか。


そこは仕方ないので諦めて欲しい。


俺は曖昧な笑顔で乗り切った。




 秋が深くなると国をあげての建国祭りがある、はずだった。


「ここでは単なる収穫祭だな」


国の中央から遠いこの町では、建国といってもあまり実感がないのだろう。


まあいいや。


俺は大量に集まった作物や、届けられた肉や魚でお祝いの祭りをやることにした。



 誰でも参加は自由。


 低価格で飲み食い可能。


 住民だろうが、他の国からの者だろうが関係ない。


 それこそ亜人だろうが構わない。



そんな宣伝を仕事斡旋所を通じて行った。


「これ、本当なんですか?」


「はい。 誰でも何人でも大丈夫ですよ」


俺は準備のための期間限定の雇い入れに、ウザス領の斡旋所を訪れていた。


たった一日だが、どれだけの人が訪れるかは分からない。


だけど飲み食いや会場の準備には人手が必要になる。


教会の子供たちや旧地区の住民が総出でもきっと足りないだろう。


 俺は受付のお兄さんに頼んで募集の紙を壁に貼ってもらっていた。


「でも、亜人じゃあ……」


俺は斡旋所を訪れた獣人の女性にニッコリと微笑んだ。


「そんなことを嫌がって文句を言う客なら追い出してもいいんです」


募集にははっきりと「誰でも」と書いてある。


王子の天使の微笑みには負けるけど、一応イケメンスマイルをがんばってみた。




『ケンジ。 相変わらず無茶苦茶だな』


王子は呆れているが、俺にとってはこれは賭けなんだよ。


 この南端の町に来て、もうすぐ一年になる。


今まではこの町のために、住民のために頑張って来たけれど、そろそろ俺自身のためにやりたいことがある。


「ソグさん。 どうだった?」


今日、俺はウザス領へはトカゲ族のソグを連れて来ている。


彼にはこの町にいる亜人の友人たちへの宣伝をお願いしていた。


「ああ、ちゃんと話をしておいた」


「ありがとう」


彼の友人は港で働く海トカゲ族が多い。


海は隣のデリークト公国にも繋がっているんだ。


「祭りの噂が隣の国にも届くといいな」


いつか俺の気持ちは砂漠を超えて、彼女の元にも届くだろうか。




 デリークト公国のフェリア姫。


俺はあの黒髪の姫が顔の痣など気にせずに笑う姿が見たかった。


この目で見ることは叶わなくても、その姿を想像することくらいは許してもらえるだろう。


皆に楽しんでもらえる祭りをやる。


それが今、俺が彼女に贈ることが出来る唯一のこと。


『そんなものなのか?』


「いいじゃないか、自己満足でも」


大切なのはこの町を知ってもらうことなのだ。




 その日、俺は祭りの開催を告げる狼煙を上げる。


多くの人が港から船でやって来るため、港は混雑を極めていた。


「はいはい。 並んでください。 慌てると転びますよー」


見張り台の兵士たちが人混みを整理している。


チラリと様子を見に行ったら、かなり忙しそうなハシイスに睨まれた。


俺はさっと目を逸らし、人混みに紛れて旧地区の教会前に戻る。




 俺は朝から魔術を使って竈や水瓶をあちこちに設置している。


人が増え始める前に石畳には<常時清掃><常時微風>といった魔法陣も設置済み。


ミランは顔を引きつらせていたが、新領主の少年は目を輝かせて王子の魔術を見ていた。


「ねえねえ、コセルート。 あなたはアレは出来ないの?」


「ご領主様、無茶言わないで」


いつもは小狡く立ち回っている新領主の使用人は少々困っていた。




 広場周辺の民家には影響が出ないように、幕のような布を張って広場を囲っている。


真ん中にある噴水を中心にして、海側と山側に道を二列作った。


そして港から教会へと人が流れるように誘導するための矢印の札を立てておく。


海側から入って教会で祈り、そこから折り返して山側の道を戻って来るというコースが作られているのだ。


 二列の道の間には屋台を並べ、臨時で雇った者たちに屋台で販売をさせる。


農作物だけでなく、皮のサンダルやヤシから採れる素材で作った人形など、この町の土産になりそうなものも皆で作った。


肉や魚、野菜だけでなく、ヤシの実のジュースや、色々な果物のドライフルーツも売り出してみることにした。


もちろん、サーヴの商人たちもいくつか出店を出している。


 噴水の周りや道の途中には休憩所を作り、そこで買ったものを飲み食い出来るようにした。


そして、そういう場所にはトニオ元隊長やソグといった強面の警備を立たせている。


多少の酔っぱらいは仕方ないが、迷惑をかけそうな者はなるべく排除の方向だ。




 昼間は買い物客でにぎわった広場も陽が傾き始めると少し様子が変わり始める。


俺は子供たちの店を閉めさせ、好きなだけ屋台の料理を持たせて教会裏の部屋へと戻す。


親子連れが減り、大人の時間になる。


強い酒の匂いが辺りに漂う。


「これが大人の祭りってもんだ」


ミランが酒瓶を抱えて、あちこちで飲んでいる者を捕まえて酔い潰し始めた。


あー、あの酒瓶、王子用の特製蜂蜜酒じゃない?。


飲みやすいのに酒精が半端ないやつですもん、そりゃ潰れますわ。


そうして俺は、そんな客たちの中に怪しい三人組を発見する。


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