第38話 転移者は亜人に頼まれる


 サーヴに戻り、俺は斡旋所とロイドさんに、王都から荷物が届いたら知らせてくれるように頼んだ。


色々と寄り道をして来たが朝食には間に合った。


【どこいってたの!】


責めるようにユキが俺の服をガジガジ噛んでいる。 やめてー。




 最近、朝食には卵が届く。


俺は生でもいけるが、やっぱり変な目で見られるので隠れて呑む。


この町の人たちは卵といえば塩を入れただけの炒り卵だ。


スクランブルエッグ?、だっけ。


そうなるとケチャップが欲しいけど無い。


でも塩が一番手に入りやすいから、ゆで卵がいいかな。


ゆで卵なら小学生だった俺でも簡単に作れたんだから、ここの子供たちにだって出来る。


「リタリ、茹でよう」


「は?」


一緒に大量に茹でた。 それを子供たちや他の皆にも配る。


「おやつに食べればいいよ」


元々魔鳥の卵はそれだけでも美味しいが、茹でるときに塩を多めにしたので塩味は付いている。


子供たちは大いに喜んでくれた。


これもきっと商売になる、とリタリが目を輝かせている。


う、うん。 まあ、がんばれ。




 ロシェとも相談したらしいが、結局リタリは卵より雛を飼育して肉を売る方針にしたらしい。


「卵は商売にはならないかな?」


安定して肉を売るのもいいが、他にも商売になりそうなものは増やしたい。


「そうだ!」


俺はとりあえずパン屋に売り込んでみることにした。


「ああ、卵か。 パン生地に入れたりもするが、そんな高価なパンは売れないぞ」


ウザスから仕入れる卵は普通の鳥なのに高すぎるのだ。


「卵が安かったらどうです?」


リタリが面倒みている魔鳥の卵だと説明する。


 それにこっちにはヤギもいる。


「ミルクも手に入るとなれば上等なパンが作れますよね?」


俺の言葉にパン屋の親父が頷く。


「あ、ああ。 まあそうだが」


煮え切らないパン屋の親父の後ろから娘が出て来た。


「お父さん。 作ってみればいいんだよ。 ネスさんの小麦粉でさ!」


お、ちゃっかりしてるな。 でも嫌いじゃないぞ。


今では俺の小麦を使わなくても普通に手に入るようになっているはずだけどね。


「ええ、もちろん試作に使ってください。 でも、必ず試食させてくださいよ」


俺とパン屋の娘がお互いにニヤリと笑い合う。


リタリたちに毎朝、卵とヤギのミルクを届けさせることにした。


試作品の出来が良ければ売れる。 そうなったら定期的に買い取りしてくれるそうだ。




 その日はそれ以上動くのは無理だった。


「寝るー」


と子供たちに宣言して、家に閉じこもる。


いつの間にかユキが毛布に潜り込んで来て、一緒に寝ていた。


あれ?、もしかして魔力で開ける扉を開けられるようになってないか?。


『今頃気づいたのか?。 前から勝手に出入りしているぞ』


砂狐恐るべし。


 どうやら王子がこっそり教えこんでいるらしかった。


部屋で粗相されるのがよっぽど嫌だったんだろう。


【ねすも けんじも すきー】


プスプスと寝息をたて、寝言を言うユキもかわいいな。




 俺が起き出したのは午後遅くなってからだった。


軽く食事をとり、俺は木工屋の店主のところに顔を出した。


「風呂だって?」


「ええ。 木で浴槽が作れないかと思いまして」


何なら表面のコーティングは魔法を使っても良いと思っている。


とりあえず、住民用の公衆浴場を作りたいので大きめのものが欲しいのだ。


旧地区の地下からお湯が沸くとは知らなかったらしく、店主も驚いていた。


 この世界では、お風呂でお湯に浸かるのは湯治の病人か金持ちと決まっている。


俺が普通の人たちにも入れるようにしたいと言うと、二つ返事で引き受けてくれた。


「分かった。 考えてみる」


「よろしくお願いします」


ニコリと笑って酒瓶を出す。


王都から仕入れたばかりなので、まだまだ余裕がある。


 酒に釣られるようにいつもの若い大工も顔を見せに来た。


「ネスさん。 俺にもまた仕事ないですかね」


「それなら、教会の横にある手洗いや竈のある場所に屋根が欲しいですね」


小屋とまではいかなくても、簡単な砂除けがあればいいなと思っていた。


「分かりました。また明日にでも伺います」




 若者が離れると、木工屋の店主が迷いながら話始めた。


「ネスさん。 あんたに折り入って頼みたいことがある」


俺が浮浪児の子供たちや亜人と蔑まれる獣人まで雇っているのを見て、店主は相談することにしたそうだ。


「実は煉瓦工房に一人、腕の立つ職人がいてね」


あまりにも腕が良すぎて、他の者たちから除け者にされているのだという。


「そいつにも仕事をやらせてくれないか。


どうも今の店じゃあ仕事をさせてもらえないようで、もったいない気がしてな」


煉瓦か。 良いかもしれない。


 この辺りの家は石造りというか、基礎は煉瓦だ。


煉瓦の上に仕上げとして石材が使われている。


砂はもちろん、ウザスの山では粘土や石灰といった材料が採れるそうで煉瓦が盛んなのだ。


「昔はサーヴの山でも採れたはずなんだがなあ」


いつの頃からか採れなくなったそうで、木工屋の店主は首を傾げていた。


 俺はふと魔力溜まりのある洞穴を思い出した。


もしかしたら、あの穴は昔の採掘場だったのかも知れない。


『やはり調査が必要だな』


王子が少しうれしそうだった。


「分かりました。 いつでもいいのでその職人を寄越してください」


「ああ、頼む」


店主に見送られて店を出た。




 すぐ隣のピティースの店に寄ることにしていたのだが、先客がいた。


山狩りで一緒だったトカゲ亜人だった。


「あれ?、あなたはー」


「ソグだ」


言葉少なに挨拶を交わす。


「ネス、ちょうど良かった。 このトカゲ族の旦那がうるさくってさ」


「え、どうしたの?」


ピティースの工房で働きたいと言って来たそうだ。


「なんでまた?」


ソグと名乗ったトカゲ族の男性は少し目を逸らした。


表情が乏しいのでよくわからないが、どうやら少し恥ずかしいらしい。


「山狩りで使った槍が、思いの外、使い易かったので売ってもらいたいのだ」


だが、今は金がない。


「だから働きたいってことか」


コクリと小さく頷く。 何だか、かわいいな。


だけど、実はあの槍は俺がまだ持っていたりするんだよな。


「それじゃあ、ネスんとこで働いて、ネスから買えばいいよ」


うえっ、ピティースまで俺に振るのか。


「よろしく頼む」


誰よりも背の高いトカゲ亜人に見下ろされながら頼まれる。


まあいいか。 狩りの腕も確かだったし、こうなったらまとめて面倒みるよ。




 そろそろ夕飯の時間なので、ここにいると迷惑になる。


「あ、ピティース。 この間の鞄の件だけど」


「うん、取ってくる。 待ってて」


魔術を付加するためにピティース個人分の鞄を預かる。


魔法収納にするための魔法陣は繊細なので、出来れば静かな場所でやりたい。


持ち帰って自宅でやりたいのだ。


「出来上がったら届けるよ」


「ああ、待ってるよ」


ドワーフ特有の背の低い女性は明るい顔で手を振った。




 俺はソグを連れて一度旧地区の教会まで戻る。


地主の家に挨拶に行き、家を借りる話をする。


「野宿でいい。 その辺で寝る」


とソグは言ったが、それはこの町では止めて欲しい。


「この町に役立つ者であると認められれば家賃は無料なんだ」


そう説明するとソグは驚いていたが、狼獣人のエランも借りているというと納得していた。


「いや、亜人に家を貸す者がいるとは思っていなかったのだ」


「そうなんだ」


ミランは自分より身体の大きなソグを見上げ、顔が引きつっていた。


「ネスが雇うなら、まあいいか」


ありがたいけど、いいのか。


俺は王都で買って来たばかりの酒瓶をミランに差し出した。




 今夜はエランに事情を話し、彼の家に泊めてもらえるようにお願いした。


エランとカシンの親子は山狩りで一緒だったソグを嬉しそうに受け入れてくれた。


俺が家に戻ると辺りはすでに暗くなっていて、子供たちは夕食も終え、教会の中で勉強会をやっていた。


俺は教会から漏れてくるロシェの声を聴きながら自分の食事を作る。


 窓の外に見える旧地区の家の明かりも増えた。


子供たちの声、ほのかな潮の香。


俺がこの町に来て、もう半年になる。


しんみりと食後のお茶を飲んでいると、王都で偶然顔を見ることが出来た庭師の爺ちゃんの顔を思い出した。


 王宮の庭師を、俺のせいで辞めさせられたんじゃないだろうか。


きっと爺ちゃんは庭師の仕事が好きだったはずなのに。


庭師の爺ちゃんだけじゃない。


俺が王都から逃げ、ノースターから逃げたせいで迷惑をかけた人は他にもいるはずだ。


そう思うとベッドに入ってもなかなか眠れなかった。


『いや、眠れないのは昼寝のせいだろう?』


うるさいよ、王子。


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