第37話 転移者は買い物に出かける


 俺は、夕食後はいつものように子供たちと勉強をしている。


成人が近い年長組はそろそろ簡単な計算に入った。


「これは簡単です。 12です」


計算を教えると言ったら、前の領主の娘のロシェが張り切り出した。


「うん。 合ってるけどね」


俺は頭を抱えた。


 ロシェは数字に強く、早い。 まるで宰相様の息子の眼鏡さんのようだ。


領主の子供だったので、以前は家庭教師が付いていてキチンと勉強していたらしい。


他の子が足したり引いたりしている間に、掛けたり割ったりをしている。


とりあえず教えることは教えるけど、いつかロシェのほうが俺より上になるな。


 元の世界でも俺はそんなに勉強が得意なほうじゃなかった。


入院が多くて、しっかり覚えてるのは基本的な小学校低学年の勉強までなんだもん。


しかもここは元の世界とはやり方も考え方も違う。


「あ、そうだ」


いきなり立ち上がった俺を子供たちが不思議そうな顔で見上げる。


「ロシェ、俺の代わりに皆の勉強を見てやってくれないか」


「ええええ?」


そうだよ。 俺は元々、教師なんて向いてないんだ。


小さな子供たちは俺が面倒を見て、計算に進んだ者にはロシェが教えればいい。


うん、これでいいのだ。




 満足して家に戻ると、ユキが足元にじゃれついてくる。


「まだ起きてたのか」


【うん。 ねす、まってた】


よしよし、かわいいな。


王子が作ってくれた新しい魔法陣帳を取り出す。


<砂狐・餌用>


ちゃんとサイモンと二人分を作ってくれた。


魔力を与えると、ユキは幸せそうに眠った。


「そういえば、この魔法紙もどこかで買って来なきゃな」


鞄に放り込んだ荷物は無限ではない。


この土地に住み続けるとなると、やはり色々と足りなくなってくる。


 俺は普通の紙を張り付けた板を出す。


黒いペンを取り出して、そっと撫でる。


これ、フェリア姫とお揃いなんだぜ。 勝手に顔が綻ぶ。


そして必要なものを書き出していく。




 夜中にその紙を持って俺は久しぶりに王都へ飛んだ。


サーヴの家の扉には「外出中」の紙を貼り、ユキは連れて来られないので、そっとアラシの側においてきた。


王都への仕事を受けようと思っていたが、俺はウザスの斡旋所では顔が知られてしまっている。


下手に王都へ短時間で移動出来ることがバレるのは不味い。


今回は諦めた。


 転移魔法で出た地点は、王都でも港の近くにある斡旋所の裏だ。


この辺りはゴテゴテと飾った繁華街が近く、夜中でも賑やかな場所。


俺はその明るい街角の建物の陰に魔法陣とともに出現する。


実はここは滅多に人が入り込まない袋小路で、「この先行き止まり」の看板がある。


「相変わらずだな」


苦笑いを浮かべながらゴミの山を見上げる。


ここは付近住民のゴミ捨て場になっているのだ。




 匂いが付かないうちにその場を離れ、斡旋所の入り口に向かう。


「こんばんは」


受付に声をかけると、


「おお、ネスじゃねえか。 久しぶりだな」


と、ひげもじゃの海の男っぽいのが答えた。


俺はいつものようにフード付きのローブに身を包み、口元を赤いバンダナで隠している。


「ちょっとね」


と言いながら、俺は建物の中を見回す。 久しぶりだ、何だか懐かしいな。


「何かやべえことでもやったのか?」


ぼうっとしていると、ひげの男が俺に顔を寄せて小声で訊いてきた。


俺は苦笑いで「いやいや」と手を振り、仕事が貼りだされた壁に向かう。


すると、受付の男性は静かに俺の後に付いて来た。


何でもない風を装って隣に立ち、壁を見たままこっそりと話しかけてくる。




 俺の姿が見えなくなったころ、「ネスという名前の若い男を探している」という者が来たそうだ。


「へえ、それで?」


動揺を隠し、その先を促す。


「ネスなんて名前はいくらでもいるからな」


特に身元が怪しい者が使う偽名に多いらしく、この斡旋所にもそんな奴らがかなり出入りしていた。


しかし彼らが捜しているのは金色の髪に緑の瞳のイケメン王子だ。


俺は黒い瞳でじっと壁を見ている。


「諦めて帰って行ったさ」


ひげ男はグフグフと笑った。


俺は買い出しに行きたい町への文書を何件か受け取り、斡旋所を出た。




 夜中でも賑やかな港町の怪しい商店街を歩く。


王宮に居た頃はこんなところは知らなかった。


まあ、子供はこんなところに出入りさせてはもらえないだろうけど。


一番古そうで、それなりに規模もある雑貨店に入り、棚を見ながら在庫を訊いていく。


夜中でもやっている店は店員もするどい目をした者が多い。


ここは他国からの者も多く出入りしている店なのだ。


「そんなに大量にですかい?」


俺はこの店で揃えられるだけの紙やインク、香辛料や薬を手に入れようとしていた。


「これだけの店なのに、揃えられないの?」


俺はちょっと店員を煽ってみる。


「……少々お待ちを」


店員は胡散臭そうに俺を見て、奥へ消えた。




「お客さん、どっから来なすったね」


奥から出て来た老人を見て、俺はさすがに動揺を隠せなかった。


王宮の庭師のお爺ちゃんだった。


「あ、あなたは確か庭師だったのでは?」


「ほお?、それを知っているということはお客さんも王宮の関係者かの」


この店は、お爺ちゃんの奥さんの親の店だった。


親が亡くなり、奥さんが跡を継いだ。


お爺ちゃんはさすがに高齢で庭師を引退した後、今はこの店を手伝っているそうだ。




「はて、お前さんとはどこで会ったかの?」


王宮の庭の、あの小屋での日々が鮮やかに俺の胸に蘇る。


俺は何も言えずにただ潤んでいる瞳を見せないように顔を伏せた。


 欲しいものを書いた紙を見せて渡す。


「しばらくお待ちください。 その間にお茶でもどうですかの」


するどい目の店員に紙を渡して揃えるように指示し、お爺ちゃんは俺を奥へと誘った。


俺は首を横に振る。


そして「ウザス領の隣、サーヴの町、地主ミランの使い」だと名乗り、そこへ荷物を送ってくれるように頼んだ。


ミランは数年前まで王都にいたから、王都から荷物が届いても不思議ではない。


同じ港のある町だから、船を使えば五日前後でウザスに着く。


俺は軽く会釈をして店を出た。


これ以上ここにいるのは危険だと思ったのだ。 色んな意味で。



 

 思いがけない再会に、俺は大声で泣き叫びたかった。


元気そうだったが、やはり庭師ではない爺ちゃんは老け込んでいた気がする。


そうだよな。 俺が王都を出てからすでに六年が経っているんだ。


ノースターにも色々美味しいものや珍しい酒を送ってくれたお爺ちゃん。


そうか、奥さんがこんな立派なお店をやってたからだったんだな。


 でも今はそんなことより、バレたかも知れない。 そっちのほうが心配だ。


「まさかね」とは思うが、以前からあのお爺ちゃんは得体の知れないところがあった。


斡旋所の裏に戻り、ゴミの山に隠れるように路地に入る。


ふう、と大きく息を吐いて整え、次の町へと転移した。 




 近隣の町は農地が多いので野菜などを王都の早朝の市に間に合わせようとすでに動いている。


そろそろ夜明けも近く、そんな農家を訪ねて直接買い込んだりした。


 今回の収穫は小豆だ。 煮豆用だが、小さくて食い出が無いのであまり人気がないらしい。


「こ、これ、全部ください」


変な奴だと思われただろうが、そんな事はどうでもいい。


餡子!、作れるかも知れないんだぜ。 ヒャッホー。




 そして、最後にノースターの西にある港町に飛ぶ。


今は春の漁の最盛期で早朝まだ暗いうちから船が出る。


斡旋所に寄り、文書を届けて給金を受け取った。


「ネス。 お前、面白いところまで行ってるな」


受付に座る西領の斡旋所所長は、俺のカードにある遠い南の地ウザスの名前に驚いていた。


今はローブを深くかぶって目の色は見えないようにしているので、以前と同じネスだと思われても仕方がない。


やっぱりもう配達の仕事でここに来るのは無理かも知れないな。


 ただ最後に一つだけ、所長に依頼しておきたかった。


「毎年、リンゴの収穫が終わったころに、十箱をサーヴの町の地主ミランへ届けて欲しい」


旅先で頼まれたからと言って何十年か分相当の金額を先払いする。




 依頼先は、あの少女がいた教会を指定した。


西領の斡旋所からノースターの教会に依頼してもらうのである。


ダメなら自警団事務所かな。


だけど他の者はどこかの町へ移動していても、俺は彼女だけはきっとあの教会にいると思うんだ。


こちらの買い取り金額を高めにし、彼女が仕入れてこちらに送る場合に手元に残る金額を寄付にしてもらう。


「確かに承りましたよ」


手続きを終えて斡旋所を出る俺の背中を、誰かがじっと見ていた気がした。


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