第32話 転移者は亜人を誘う
まだ夕暮れまでには時間があるので、この近辺の獣も間引いてもらうことにした。
トカゲ亜人たちが頷き、トニーとリーダーを連れて行ってくれた。
俺は地面に窪みを作り、残った者たちで小鬼の死体をまとめてその中に入れて火を付けた。
匂いと煙は王子の<風・操作>で空高く飛ばす。
かなりの数なので終わるまでには相当な時間がかかりそうだ。
狼獣人が俺の側に寄って来る。
「これから何をするんだ?」
そう訊かれ、俺は洞窟を見る。
「少し調べたいことがあるんです」
燃やしている間に洞窟の中を調べると言うと、狼獣人は俺の護衛をすると言ってついて来た。
猫の獣人と若い犬獣人には火の番を頼む。
カンテラを下げ、奥へと入る。
一度<換気>の魔法陣を発動したので匂いはそこまで篭っていない。
思ったより深い穴ではなかった。
入り口も広かったが、奥にも開けた場所があった。 獣の骨や、無残な死骸があちこちに転がっている。
「あいつらは人間と同じだ。 殺すことを楽しむ傾向がある」
顔を顰めた狼獣人が吐き捨てるように言った。
特に小鬼たちより小さな獣の死骸が多い。
俺は、軽いそれらを風を使って一ヶ所に集めていく。
それを一旦置いておき、俺は一番魔力が滞っている場所に向かう。
「なんだこれは」
「さあ、何でしょうね」
狼獣人と俺が見たのは小さな祠のようなものだ。
洞窟の奥の広場から、さらに奥に続く通路の突き当り。
何かの目印に置いたのだろうか。
しかし、この辺りには魔力が渦巻いていて、側には近寄れないようになっている。
『これは予想でしかないが、おそらく昔は何か結界のようなものがあったのではないかな』
王子に言わせると、何かに使われていた魔力が暴走している状態らしかった。
魔獣というのは魔力に敏感だ。
魔法柵から嫌いな魔力を感じて避けるし、自然の中にある魔力に引き寄せられることもある。
昔、この辺りに何があったのか。 後でミランに訊いてみるか。
王子がこの祠に結界を張り直し、俺たちは洞窟から外に出た。
獣たちの死骸は小鬼たちとは別の穴を掘って燃やす。
しばらくしてトカゲ亜人たちも戻って来た。
「夜は冷え込みます。 早めに戻りましょうか」
「ああ、そうだな」
俺はトニーたちから狩りの成果を聞きながら森の出口へ向かって歩き出す。
大型の獣を一頭仕留めたらしい。 鞄を叩いてニヤリと笑っている。
途中で何度も灰色狼の襲撃を受けたが、亜人たちは全く気にも留めずに蹴散らしていた。
毛皮は売れるので掻き集めて鞄に入れる。
本当に頼りになるなあ。
森を出て魔法柵まで戻って来ると、そこには誰もいなかった。
「んー、まだ集合まで時間があるからかな」
俺が作った予定表では日暮れまで灰色狼を狩ることになっている。
小鬼の気配は全く無いので、彼らも自分たちの仕事はしたのだろう。
休憩がてら魔法柵を調べているとロイドさんがやって来た。
「おや、まだ続けていらしたんですか。 隣領の方々はもうお帰りになりましたよ」
俺たちは顔を見合わせる。
もしかしたらと、ロイドさんと一緒に斡旋所の出張所へ行き、私兵の代表の姿を探すがやはり誰もいない。
「何か伝言はありませんか?」
と、食堂の親父さんに聞くと手紙を一通渡された。
俺が眉を寄せて読んでいると、文字を読めない亜人たちが答えを待っている。
「えーっと、自分たちの仕事は終わったから帰る。 それだけですね」
俺はそれだけを言って、その紙を依頼主の代理であるロイドさんに渡す。
「狼の毛皮があるのですが、どうしますか?」
斡旋所では引き取りはしていないし、今回は狩りが目的ではない。
だが、確かウザス領の斡旋所からは全部提出しろと言われていた。
「我は以前、ウザスの山狩りに参加したことがある。
その時はすべて解体してから斡旋所に持って行った」
トカゲ亜人の言葉に俺は頷く。
獣の死骸はナマモノだ。
魔法収納鞄を持っていない場合は、出来るだけ早く解体して持ち運びし易くする。
「では、解体して明日の朝にでもウザスに持って行きます」
「分かった。 ウザスにはそう伝えておく」
食堂の親父はウザスの斡旋所にいる弟に伝言を頼んでくれるようだ。
俺は亜人たちを連れて旧地区まで戻って来た。
あー、風呂に入りたいな。
だけどここにはそんなものはない。
昨夜と同じように貸家の外で焚火を起こし、暗くなり始める前に解体作業をする。
トカゲ亜人たちは苦手のようだったが、獣人たちは慣れた手つきで手際よく終わらせた。
井戸の側で水を使って汗や血を洗い流していると、リタリたちが食事を運んで来てくれた。
「お疲れ様です」
少し慣れて来た子供たちの姿に亜人たちも微笑んで食事を受け取る。
辺りがすっかり暗くなり、トニーたちを教会へ返すと、酒瓶を持ったミランがやって来た。
「お疲れ。 助かったよ」
そう言葉をかけながら亜人たちにも酒を注いでいく。
俺は荷物からこの土地の魚を出して串に刺し、つまみ代わりに焼いていた。
それを一人一人に渡しながら労をねぎらう。
ついでに、どうやって生活をしているのかを訊いてみた。
「我らは主に港で船の荷運びをしているな」
トカゲ亜人はかなり背が高く、ほっそりとして見えるが胸や腕の筋肉が盛り上がっている。
狼獣人は身体はそこまで大きくはないが、動きは俊敏で鼻が良いので狩りでは活躍していた。
「だけど給金は安いし、俺、もう働くのも嫌になったよ」
山猫の獣人は細い肩を落とした。
人間たちよりだいぶ安いらしい。
「それでも身体が頑丈だから、人間たちよりいっぱい仕事をしてお金を稼いでいるよ」
犬の獣人の若者はそう言って胸を張った。
いや、それはどうなんだろう。
それだけ働かないと人間と同じ生活が出来ないということじゃないか?。
「ミラン様」
俺は他の亜人を酔いつぶして喜んでいる地主に声をかける。
「この人たちを雇う気はないですか?」
俺の言葉に全員が静かになった。
「どういう意味だ?」
ミランが声を低くする。
「旧地区の住民を増やすんですよ。 この辺りに畑も作りたいし、家畜も殖やしたいですからね」
子供たちだけでは足りない。
だけど、この町のことは地主であるミランが決めることなのだ。
今日の狩りで彼らがこの町で猟師として十分役に立つことは証明済みである。
「確かに人間じゃないとダメだとは思ってはいないが」
黒髪に褐色の肌の若い地主は、んーと考え込んだ。
しばらくして目を開け、ニヤリといやらしい笑顔を俺に向ける。
「ネス。 お前が雇うなら別に構わんぞ」
やっぱそうくるかー。
子供たちで手一杯なんだがなあ。
「いいでしょう。 仕事の面倒は私が見ます」
俺はそう言うと、今度は亜人たちを見る。
「もしよろしければ、この町に来ませんか?。
この通り空き家もありますし、仕事さえきちんとしてくれれば給金ははずみますよ」
亜人たちは顔を見合わせる。
「すぐにとは言いません。 ゆっくり考えてください」
鞄と武器を回収すると彼らの顔がとても残念そうだった。 ごめんね。
あとはミランに任せ、俺は家に戻った。
寝床にはすでに白いモフモフが毛布を温めていてくれた。
ユキが血の匂いを嗅ぎ、嫌そうな顔をしたので、俺は念入りに<洗浄>をかけて自分自身や脱いだ服を洗った。
「これで勘弁してくれ」
そうしてベッドに倒れこむ。
はあ、疲れた。
解体した毛皮は普通のほうの鞄三つに詰め込んである。
明日はウザスの斡旋所へ行って山狩りの精算をしなきゃいけない。
翌朝、ミランとロイドさんに同行してもらい、亜人たちと一緒に船でウザスへ行く。
大方の予想通り、毛皮は二束三文で買い叩かれた。
ミランが提示した金額の多くは私兵たちの取り分となり、亜人たちには半分以下の金額しか払われなかった。
俺たちはため息を吐く。 この町では仕方のないことなのだ。
「私はあんたの世話になることにするよ」
斡旋所を出たところで黒狼の獣人が俺の側に来て呟くように言った。
他の亜人たちはサーヴの町に来るつもりはなさそうだ。
少なくともこの大きなウザスの町なら仕事はある。
サーヴの町はあまりにも小さいのだ。
犬の獣人だと思っていた若者は、なんと、黒狼獣人の息子だった。
「私はエラン。 息子はカシンだ。 よろしく頼む」
荷物も無いというので、俺は彼ら二人を連れて、ロイドさんの船ですぐにサーヴに戻った。
ミランの許可をもらい、山狩りで借りた家をそのまま貸し出す。
「ようこそ、砂漠の町サーヴへ」
ミランが祝いだと言って酒瓶を持って来たが、ロイドさんが素早く取り上げていた。
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