第31話 転移者は山狩りを手伝う


 俺は、急いで亜人たちを連れて森へと向かった。


しかし、その前にどうしても寄りたい所がある。


「ピティースさん、いますか?」


ドワーフの革細工屋が店の奥から出てくる。


「あー、ネスか。 約束の物は出来てるよ」


「ありがとう、それは助かります。


それと、もし武器で使っていない物があったら買わせて欲しいのですが」


実は亜人たちの装備がかなり貧弱だったのである。




「うむ。 我は本来槍を使うが、今はこれしかないのでな」


トカゲの亜人の彼の装備は短剣だった。


他の亜人たちも似たようなものだ。 しかも、どうみても手入れが行き届いていない。


訊けば、自分たちの武器は没収され、ウザス領主からそれを渡されたという。


 トカゲの亜人は表情があまり変わらないので読みずらい。


だが、かなり嫌なことがあったのだろう。 彼の気配には怒気が含まれている。


俺は山狩りの前に彼らをピティースの店に連れて来た。




「いいよ、待ってな」


ピティースは作業場の奥から雑多な武器が入った箱を持って来た。


「そんな立派なもんじゃないが、好きなものを持って行きな」


またしても「自分が勝手に作ったヤツだから金はいらねえ」と言う。


 亜人たちが武器を選んでいる間に、俺はピティースが作った鞄の状態を見る。


「良い出来です。 しかもこんなにたくさん出来たんですね」


小ぶりだが、革の魔力鞄が五つもある。


「へへ、ちゃんと一番の出来のやつはもらったぜ」


ニヤリと笑うピティースに俺も同じように笑みを返し、後日魔術の付与を約束する。


 


 奥の作業場を借りて、すぐに今回使う分の鞄だけに魔術の付与をする。


大きめのものを二つ選び、それに魔法陣を書き込んで魔法収納にするのだ。


なるべく口を大きく開いて、革鞄の底に魔力を持つインクで魔法陣を直接書き込んだ。


たくさん入れるための<容量拡張・十倍>、たくさん入れても重くならない<重量固定>。


時間停止はかなり難しいのでここでは出来ない。 また後日にする。


適当に表面を汚した後、<破壊防止>と<防水>をかける。


これで見た目は何の変哲もない肩掛け鞄だ。


 俺は武器を選び終わった亜人たちの中からリーダーを決めてもらう。


トカゲの亜人は嫌がったので、黒い狼獣人が仕方なく頷いた。


こっそりとその狼獣人とリーダーの少年に鞄を渡し、魔力の多いものに持たせるようにと伝える。


収納量が持ち主の魔力量で変わるからだ。


「小鬼以外の獲物はすぐにここに入れてください。


なるべく他の人たちには見られないようにね」


灰色狼などは毛皮が冬の必需品なので高く売れると教える。


「分かった」


「う、うん」


俺は訝しげな二人の顔を見て微笑み、「さあ、行きましょうか」と促した。




 森に向かうと魔法柵の側にウザス領主の私兵の代表が待っていた。


「遅いぞ」


俺を見て怒っているという顔をするが、彼らは俺が書いた開始時間を無視して始めたのだ。


そこを追及する気はない。


「そうですか?。


何やら彼らの武器が余りにも役に立ちそうもなかったので、私のをお貸ししていたのです。


もちろん、あとで返してもらいますけどね」


ピティースの武器は性能は良いが、見た目は普通だ。 私兵の男性はあまり興味を持たなかった。


「ふんっ。 せいぜい持ち逃げされんようにな」


と亜人たちをぐるりと見まわし、さっさと歩きだした。




 すでに森に入っている猟師や私兵たちは三組。


ウザスから新地区のほうに向かって移動しているそうだ。


いや、なんで森の奥へ移動しないんだ。


俺が不満気にそう言うと、


「小鬼程度なら町に入らないようにすればいいだけだろう」


と相手にしない。


「ですが、夜になると森の奥から灰色狼が大量に出て来ています。


あれを何とかしないと、いつか町に被害が出ます。


まさか、狼が怖いからとは言いませんよね?」


俺が威圧を込めて睨むと、私兵の代表の男性は顔を背けた。


「わ、分かった。 とりあえず、魔法柵の周辺から始めて徐々に森の奥へ向かおう」


 俺は私兵の顔ぶれがかなり若いことを不安に思っていた。


おそらく新兵なのだろう。


ちょうど良い訓練くらいに思って来たのだろうが、俺が灰色狼がいると言うと顔色が変わっていた。


小鬼だけでも知恵が回る厄介な相手なのに、群れやすい灰色狼はもっと危険なのだ。


森の浅い場所で小鬼を狩る私兵たちに俺は背を向けた。




 亜人六人にトニーとリーダーの少年を加え、組を二つに分ける。


見るからに戦闘慣れしているトカゲ亜人と狼獣人とを別の組に分け、あとの者は好きなほうについてもらう。


ちょうど三名ずつに分れたので、皮膚に鱗がある亜人二人を連れたトカゲ亜人の組にトニーとリーダーを入れてもらう。


「これを使え」


俺はリーダーの少年に狼煙用の煙玉と魔力察知の魔法陣帳を渡す。


サイモンほど魔力が無い彼では何度も使えないが、使い方は教えている。


必要な時だけ使うようにすればいいだろう。


しっかり頷く少年二人の背中を叩いて送り出す。




 俺は狼獣人の組に入り、四人で行動する。


「私は山狩りは初めてなので指導をお願いします」


リーダーである狼獣人にニコッと笑うと「はあ」と苦笑いしながら歩き出した。


 俺たちの組は成人男性の黒い狼の獣人とまだ若い小柄な犬っぽい獣人、それに山猫っぽい獣人の四人だ。


「どっちに向かう?」


狼獣人の男性はこの辺りに詳しくないようで迷っている。


「では、ついて来てください」


と俺が先導する。




 気配察知で小鬼や小さな獣たちを避け、俺はどんどん森の奥へと移動する。


すでに魔法柵を越えているので、どこから何が出るか分からない。


「おいおい、どこまで行くんだ」


俺があまりにも奥深くに移動するので亜人たちが少し焦り始める。


しかし、俺は気になっている場所があった。


曖昧な笑顔を浮かべただけで、黙ったままそこを目指して歩いて行く。


「やはり……」


森を過ぎるとむき出しの崖が立ち塞がっている。


その一角にぽっかりと穴が見えた。


 俺は以前森に入った時、ずっと奥のほうから多くの魔力の流れを感じていた。


「あれは、小鬼の巣か」


俺たちは草むらに身を隠した。 狼獣人の抑えた声に頷く。


洞穴の周りに出入りしている数匹の小鬼の姿が見える。


「この辺りに棲みついているとは思っていましたが」


穴の入り口の大きさは小鬼の倍以上ある。


中には何匹いるか分からないが、気配が濃いのでかなりの数がいるようだ。


おそらくそれは元は大型の獣の巣穴だったのだろう。


いくら知恵があっても身体の小さな小鬼ではあんなに大きな穴を使うことはほぼありえない。


俺は先日襲って来た熊の魔獣を思い出し、ギリッと唇を噛む。




 狼煙玉と呼ばれる魔道具を作動させ、連絡用の狼煙を上げる。


匂いは無いので小鬼たちに気づかれることはないだろう。


赤い煙は細く森の上にたなびく。


森の入り口からはかなり距離があるので、他の組がここまで来るのには時間がかかりそうだ。


「こちらの仲間が来る前に少し数を減らしましょう」


小声で話しかけると獣人たちは頷いた。


 洞窟の外にいるのはおそらく見張りではないかということで、わざとカサリと音をさせ、こちらに誘い込む。


犬獣人の若者が単身になった小鬼を誘き寄せ、狼獣人が後ろから声を出させないように倒す。


猫の獣人は木の上に上がり、下を通る小鬼に静かに襲い掛かる。


音も無く、手慣れた様子で獣人たちが小鬼を間引いていく。




「トニー、こっちだ」


近くで気配がしたので小さく声をかける。


カサカサと下草を分けながら、見慣れた姿が現れた。


「師匠、ご無事で良かった」


赤い狼煙は魔獣が出たという合図だ。


トニーもリーダーも俺の顔を見てホッとしている。


 彼らの後ろからついて来たトカゲ亜人が小鬼のいる洞穴を見る。


「あれをやるのか」


俺は「ええ」と答える。


「おそらく他の奴らはこっちには来ない。 我らだけでやろう」


トカゲ亜人の言葉に、俺と一緒にいた獣人たちも頷く。


隣領の私兵たちが亜人たちと協力するとは思えないからだ。


「では行きます」


俺は魔法陣帳を取り出し、全員に援護の魔法をかける。


<防御・盾><速度・倍>


「怪我をしたら無理せず、ここに戻って来てください」


俺がそう言うと彼らは頷いてソロリと動き出す。


亜人六名と少年二人で洞穴を囲み、外にいる小鬼を倒しながら入り口へと向かう。


そして、外が終わると俺が焚火を起こし、残りを煙で燻り出した。


優秀な亜人たちのお蔭で小鬼の巣は短時間で撲滅することが出来たのである。


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