第18話 転移者は仕事を依頼する


「ほお、これはこれは、かなり古いですな」


ロイドさんが懐かしそうに見つめている。


俺の元の世界の記憶にあるもの中で一番近いのは電子レンジかな。 そのような形の横開きの扉がある。


それをそっと開くと、中には何もなかった。


「かなり昔に使われていた通信用魔法陣です」


ロイドさんが指差す、その内部の底に当たる部分にかなり複雑な模様が描かれている。


消えかかってはいるが、確かに魔法陣だ。


「通信用?」


「ええ、ここは王都から遠いので、大切な文書など送るのに時間がかかります。


昔、王都から遠距離の教会では、転移魔法を応用した通信魔法陣が使われたのです」


国の各地の教会にあったが、誤通信も多かったため、今はもうほとんど使われなくなったそうだ。


「王都の教会では高位の魔術師を雇うようになって、緊急時は魔術で連絡を取るようになりましたからね」


つまり、教会では転移魔法や念話が使える高位魔術師を連絡用にこき使っているというわけか。


『すごいな、これはまだ生きている』


密閉されていたせいか、長期に渡って放置されていたにも関わらず、当時のままの魔力が残っているそうだ。


王子が目を輝かせているのが分かる。


(夜にまたじっくり、な)


『分かってる』


今日のところは外に出した備品の修理と仕分けに力を入れておこう。




 軽く昼食を取った後に木工屋へ行き、店主と話をする。


教会の補修というか、色々と作って欲しいものがあった。


この木工屋は井戸の釣瓶を作ってくれた時のように、かなり大工仕事にも力を入れている。


サーヴの町ではまともな職人は、ここぐらいにしかいないそうだ。


「隣町へ行きゃそれなりの職人はいるだろうが、この町の仕事はいつも後回しにされちまうからな」


このサーヴの町の若者は、成人するとほとんど隣のウザスの町へ行ってしまう。 


それは働く場所がない、というのが大きい。


「俺んとこはなるべくこの土地の若いもんを雇うようにしてる」


未熟な彼らのために、この店主はとにかく依頼があれば何でも引き受けてくれるらしい。


仕事によっては斡旋所にも依頼を出す。


個人の下請けをたくさん抱えた建築会社のようなものだ。


 俺は、昨夜、王子と共に教会の部屋を調べながら描いた紙を取り出す。


「なになに?。


教会裏の部屋に子供用の寝台と、壁に棚。 真ん中に仕切り壁と通用口。


あそこは窓もないのか。 そりゃあ、大改装だな」


「時間はかかってもかまいません。 子供たち用なので小さめでいいし、見た目が悪くてもいいんです」


大工修行中の若者たちの練習用でも良い。


「そんなことを言っても子供用は丈夫じゃねえとなあ。


まあ、お前さんのお陰で材料はまだたんとある。 金さえもらえれば、俺は別に構わねえぞ」


材料は預けている木材があるので、安くしてもらえる。


「ではよろしくお願いします」


俺は手付けを払って店を出ると、隣のドワーフ娘のところにも顔を出した。




 俺は、今日は一人で来ている。


「お、今日は何だ?」


ドワーフ娘の店は他に人気がない。 


そこで俺は鞄の中から蛇皮を獲り出した。


「お願いしたいのは鞄です。 出来れば、その」


俺は自分の鞄をチラリと見せる。


「へえ、良い物持ってるね。 ふんっ、私に出来るかって言いたいのかい?」


人間の職人なら俺は言い出さなかっただろう。


だけど、ドワーフである彼女なら魔力を込めることが出来る。


魔力の篭った鞄ならば、うまくいけば魔法収納に出来るのだ。


「小さくてもいいんです。 見かけも気にしません。 丈夫なものをお願いしたい」


「そりゃあ、出来なくはないけど。


だけどあんた、魔力鞄がどれくらいするか知ってるのかい?」


見かけは小さくても魔力を帯びた鞄はそれだけで高価になる。


しかも、容量の拡大に成功すれば国宝級の物になる恐れがあるのだ。


「成功したら、一つあなたに差し上げます。 それが手間賃だと言ったら?」


「なんだって!」


声を潜めていたはずなのに、彼女は思いがけない条件に大声を出してしまった。


「本気かい?」


慌てて俺に顔を寄せたドワーフのピティースは顔が青くなっている。


「追加で容量拡大の魔法陣も書き込みしますよ」


俺はニコリと微笑む。




「私はドワーフの皆さんとは親しくしたいと思っています」


ドワーフであることを隠して生きているこの女性は、きっと今まで色々と不都合もあっただろう。


王子は、母親がエルフだというだけで声を失った。


「これからも無理難題をお願いすると思いますが、協力していただきたいのです」


そのためにはこれくらい安いものだ。


 しばらく黙っていたピティースは、マジマジと俺と肩の鳥を見た。


「あんた、普通の人間じゃないだろ」


俺はふふっと笑う。


「ご想像にお任せします」


そう言って立ち上がり、その店を出る。


ピティースは俺が預けた大蛇の皮を大切そうに裏の倉庫へ運び込んでいた。




『良かったのか?、私たちの事情に彼女を巻き込む事になるぞ』


王子は優しい。


特に女性には甘い。例え性格が悪くても、例え敵だろうと。


ガストスさんから騎士としての教育を受けているから、俺が彼女を女性として扱わないことに不機嫌そうだ。


同じ教えを受けていても、俺は相手が女性でも王子の敵なら容赦はしない。


「あのドワーフ娘は仕事に関してはきっと妥協しない。


片手間に作ったというあの短剣を見て、俺はすごいと思った。


だから女性としてじゃなく、腕の良い職人として扱うよ」


そのほうが彼女にも良いはずだ。


『そんなものなのか』


そうだよ、王子。 女性ってのは守られるだけの生き物じゃない。


女性のほうが本当は強いことは、俺は元の世界で身に染みて知ってる。


まあ、女性だってことを武器にする奴らもいるけどな。


ノースターの偽女性神官を思い出して、俺はブルッと身体を震わせた。




 毎朝の日課の体力作りに、トニーとリーダーには短剣術を組み入れ始めた。


「なんだ、まだるっこしいことやってるな」


珍しくミランが様子を見に来た。


「毎日毎日、朝っぱらからうるさくて二度寝も出来ねえよ」


と苦笑いしている。


しかし、トニーたちが木で作った短剣を振り回しているのを見てミランは顔を顰める。


「なんで剣術を教えてやらねえんだ」


男の子というのはやはり長剣にあこがれるものだ。


リーダーの少年もトニーも背丈だけなら成人男性とほぼ変わらない。


早く剣を腰に下げて歩きたいお年頃なのである。


二人の少年は短剣の素振りをしながら、チラチラとこちらを見ている。


「俺が苦手だからです」


肩の鳥が邪魔臭そうに返事をした。




「へえ」


俺の弱点を見つけたとばかりにミランがニタリと笑う。


 実は俺の剣術は、兵士向きじゃないらしい。


王宮内で稽古を付けてもらっていたため、ガストスさんが俺に教えたのは正規の騎士の型だった。


短剣のほうは実戦で使えるが、俺の剣術は剣舞のように美しさが重視されている。


そんなものを子供たちに教えられるわけがない。


「俺が教えてやろうか?」


ミランが腕を組んだままこちらを見る。 よほど剣術の腕に自信があるのだろう。


しかし、俺はまだ子供たちに剣を持たせるつもりはない。


「こんな子供が剣を持っていたら、どこかのゴロツキに絡まれるので止めておきます」


「怖いのか?」


「ええ、怖いです」


ミランと俺の鳥が会話をするのを、子供たちが黙って聞いていた。




 ミランは子供たちに直接訊くことにしたようだ。


「おーい、お前らは短剣と長剣、どっちがやりたい?」


男の子たちは十四歳のリーダーを筆頭に、新入りの五歳の子供たちも含めて八人いる。


素振りも、体術の型も止めてお互いの顔を見合わせた。


「正直、短剣は女子供の持つ武器かなって」


リーダーが小さな声で呟いた。


「俺たちはまだ子供だ。 剣術を習うにはまだ早い」


トニーは俺がいつも言ってることを覚えていたようだ。


新地区のリーダーと、旧地区のトニーの意見が分かれたことで、子供たちも二分してしまう。


不穏な空気を感じ取り、ミランの側にいたロイドさんが口を挟んだ。


「それでは、ミラン様の長剣とネスさんの短剣で模擬戦闘をしてもらってはいかがでしょう」


それを見て子供たちが決めれば良いということになった。


 俺はあまり人前でやりたくないのだが、仕方がない。


大きなため息を吐いて、木剣を二本、鞄から取り出した。


「用意がいいじゃねえか」


ミランはその木剣を受け取ると、ニヤニヤと笑いながら広場の中ほどへ歩いて行った。


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