第19話 転移者は噴水を直す


「短剣は実用的なものしか持っていないので、私も同じ木剣でいいですか?」


俺の物言いが変わったことにミランたちが驚いた。


王子が出てきたのだ。 俺も驚いた。


どちらにしても、俺が勝ったら子供たちにはまだ剣は持たせない、という事で話がまとまる。


『私にもたまには腕試しさせて欲しい』


王子はいたずらっぽい笑みを浮かべているけど、逆に俺は怖い。


 王子も二十歳。 りっぱな大人だ。


俺はこの世界の常識というものが多少足りない自覚はあるし、騎士の精神なんてもっと理解出来ない。


 それに、剣術の腕はたぶん王子のほうが上だ。


基礎が出来ている上に考えなくても自然に身体が動くので、あの脳筋国王の血なのだろうと思う。


俺は短剣でちょこまか動く方が得意だ。


ガストスさんにもみっちりしごかれたしな。


それに王子の優雅な剣術を見れば、子供たちには無理だって分かってくれるかも知れない。


俺は、それはそれでいいのかなと思った。


王子に任せて俺は様子を見ることにする。




「ロイド、審判は任せる」


「はい、若様」


主人の声に応え、お爺さん執事が間に立つ。


「始め!」


 南の町の冬は、夜は冷え込むが、昼間は砂漠からの乾いた風が暖かさを運ぶ。


雪に閉ざされるノースターとは大違いだ。


俺はガストス爺さんや私兵たちと訓練に明け暮れていた日々を懐かしく思い出す。


「ここから先、私は声が出せません。 それをお忘れなく」


そう言うと王子は念話鳥をバンダナに戻して片付ける。


「ああ、分かった。 いつでも来い」


ミランは口元を歪めて笑う。




 王子は剣を片手に持ったまま下ろした状態で、風に髪を任せてゆったりと立っている。

 

ミランは王子に対して正面ではなく、身体を斜めにして剣を構えていた。


 しばらくはどちらも動かない。


王子はじっとミランを見ている。


子供たちが少し飽きて来て、欠伸をしたり、ウロウロと動き出す。


「おい、やる気あんのか?」


ミランもじれてきたようだ。


王子はクスッと笑うと、ミランに向かってスタスタと歩き出した。


「え?」と皆が驚いた顔をしているうちに、王子はミランの目の前まで来た。


何の覇気もなく、自然体のまま歩いていたので、ミランもどうしていいのか分からなかったのだろう。


王子はミランに向かって剣を振り上げた。


「うわっ」


やっとミランが動き、王子の剣を弾く。


しかし王子の弾かれた剣はすぐにミランの横腹を狙って水平に動いていた。


「くそっ」


ミランはそれをまたもや剣で受け止める。




 王子が素早い身のこなしで剣を振るい、ミランは防戦一方になる。


「何あれ……。 ネスさんの動きって何だか」


「うん。 まるで踊ってるみたいだ」


カンカンと木剣がぶつかり合う音がまるでリズムのように聞こえる。


王子が着ているローブが、右へ左へとヒラヒラと舞う。


周りの子供たちはポカンと口を開けて見ていた。


「く、くっそお」


焦ったミランが王子の剣を弾かずに逸らし、そのまま体当たりして来た。


服を掴まれ、一緒に地面に転がる。


「そこまで!」


ロイドさんがお年寄りとは思えないほどのしっかりとした声を出し、


「引き分けです」


と告げた。




 王子はバンダナを鳥に変形させ、服の砂を払いながら立ち上がる。


「お疲れ様でした」


息を切らせて転がったままのミランに、笑顔で手を差し出す。


王子の身体は元々持久力というか、耐久力がある。


平然と涼しい顔をしていた。


「何が引き分けだ。 どう見ても俺の負けじゃねえか」


ミランも笑いながら王子の手を取って立ち上がる。


「いえいえ、なかなか手強かったですよ。 最近、あなたは不摂生ばかりしていたのではないですか?」


王子がそう言うとミランは目を逸らした。




「お前ら、見ただろう。


剣っていうのはただ振り回せばいいってもんじゃねえ。


ちゃんとした基礎がありゃ、ネスみたいに成れるってもんだ」


うお、ミランさん。 そこで俺を出しますか。


王子が引っ込んだので、俺は苦笑いを浮かべてミランを見ている。


「俺も鍛え直すかな」とブツブツ言いながら、ミランは自宅である地主の屋敷に入って行った。


ロイドさんは俺に深く礼を取り、ミランに続き屋敷に帰って行く。


それを追いかけるようにロシェとフフの姉妹が、見かけは兄妹だけど、が走って行った。


 子供たちはしばらくの間ザワザワしていたが、仕事の時間なのか、解散していった。


「お、おれ、生意気言ってすみません」


何故かリーダーの少年が俺に謝って来る。


「良く分からないけど、気にしないで」


俺はただ微笑んで、いつものように森の調査に向かう。




 翌朝から子供たちの体力作りは気合が入っていたように思う。

 

俺が何も言わなくてもお互いに分からないところを訊いたり、小さな子に指導したりしている。


手が空いた俺は、ロイドさんを呼んで来て噴水の具合を見ている。


「ロイドさん、どこかに魔道具か魔法陣があるのではないですか?」


肩の上の小さな鳥は、首を傾げながら歌うように話す。


俺は噴水を構成している石を一つずつ探っているが、魔力が切れているのか見つけられない。


「そうですなあ。 昔は煌々と水が溢れておりましたから」


どこかに魔術が施されているのは間違いがなさそうだ。


 旧地区の正規の教会前広場にある大きな噴水は、円形の受け皿を高く掲げ、下にある池も大きな円形をした石で造られた設備だ。


俺は芸術的なその噴水をこのまま放置しておくのは勿体ないと思った。


底に詰まっていた砂を魔法陣を使って取り除く。




「ギャーーー」


突然子供の泣き声が聞こえた。


広場の片隅で少年たちの体力作りを見様見真似で練習していた小さな男の子が転んでいた。


「大丈夫?」


立たせて砂を払ってやる。 広場は石畳なので転ぶと痛いのだ。


俺は血を流す小さな足に<洗浄><治療>をかける。


「この石が邪魔みたい」


一緒にいたサイモンが石畳の一か所を指差す。


確かにその辺りの石だけが他より浮き上がっている感じがする。


「えいっえいっ」


サイモンが飛び出している石に拳を当てている。


子供の力では引っ込めることは無理だろう。


まあ大人でも無理だけど。


「おそらく、この石の下に砂が入り込んでいるんだろうね。


サイモン、ちょっと離れててくれ」


子供たちが離れたのを確認して、俺は魔法陣を取り出す。


<砂除去>


この町に来て王子が最初に作った魔法陣だ。




 黄色い魔法陣が浮かび、ある程度の範囲にある砂を取り除く。


「おや?」


石畳の下はきちんとした地面があるはずなので、余計な砂が入り込んでいればそこは凹むはずだ。


きれいになった石畳は、そこだけがまだ他より盛り上がっている。


「この下、何かあるのかな」


俺は気になった部分をコンコンと叩いてみる。


『微弱だが魔力の気配がある』


え、そうなの?。


しかし問題は石畳の下だということだ。


このままここでやってしまったら、子供たちが危ない気がした。


『そうだな。 子供たちがいない時にこっそりやったほうがいいかも知れない』


危ないものが出て来たら困るしねえ。




 そうこうしているうちに上の子供たちは仕事に出ていき、残ったチビさんたちを教会の中で昼寝させる。


「リタリ。 少しガタガタするかも知れないけど、危ないから外に出ないようにね」


「はい」


俺が魔術を使う時は、近寄らないようにといつも言い付けている。


旧地区の住民はほぼ昼間は姿を見せない。


人の姿が見えるのはパン屋と、海に面している網元の屋敷ぐらいである。


「今のうちにやってしまおう」


夜にやって、思いがけず大きな音が出たりしたら困る。


 王子は鞄から大きめの魔法紙を取り出す。


コンパスの二重円に魔法指示の図案をササッと描く。 さすが王子だ。


『石畳を一部めくればいいのか?』


「うん、この浮いてる辺りだけでいい」


王子は自分の周りに結界を張り、その上で<剥離><物体移動>を描いた魔法陣を作動させた。


ゴゴゴゴ……


お、動いた。




 石畳の下から出て来たのは水路だった。


そしてそこにも井戸を埋めていたのと同じような石がゴロゴロと入っていた。


どうやってこんなところに、とは思ったが、魔術なら何とでもなるのかな。


調べるとその辺りには水路がぐるりと噴水を中心に巡っている。


「なるほど。 井戸の石が流れて来たのかも知れない」


この石畳の下の水路は上流の井戸の水脈から噴水へと流れ、そして循環するようになっているんじゃないかな。


王子は石を全て取り除くと、<井戸・復活>を使う。


水の音がし始め、水路に水が戻って来る。


そして、移動しておいた石畳を水路の上に蓋のようにそっと乗せた。


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