第10話 転移者は木を切る


 教会横の井戸は何とか使えるようになった。


ああ、まだ釣瓶がないな。


井戸の水をくみ出すのは釣瓶と呼ばれる桶に紐を付けたものだ。


ここはまともに砂漠からの風が当たる場所だから、井戸が枯れている間に壊れたのだろう。


「この近くに大工さんか建具屋はあるかな?」


「わかんない」


そうか、子供に訊いてもだめか。


 俺は地主の屋敷の老人に訊くことにした。


「こんにちは」


「おや、ネスさん。 どうかしましたか?」


ロイドさんという地主屋敷の執事のような老人だ。


「井戸の釣瓶を作ってくれる職人を探しているんです」


そう言って教会横の井戸へ連れて行った。


直った井戸を見て目を細くして喜んでくれた。


現在、使用出来る井戸は、旧地区と新地区の境にある緩やかな坂道の途中にある。


少しでも近いほうが子供たちも楽だろう。




「釣瓶は私どものほうでご用意いたしましょうか?」


「いえいえ、これは私の仕事ですから。


助けていただいては地主様の試験に合格しないかも知れませんしね」


俺の肩の鳥がしゃべる。


「ですが、この町のことは良く知らないので、下手な者を連れて来るわけにはいきません。


信頼出来る職人にお願いしたいのですが」


「分かりました」


そう言ってロイドさんは一旦屋敷に戻り、一枚の紹介状のような紙を持って来てくれた。


「これを持って新地区の木工屋を訪ねてください。 場所はその女の子が知っているはずです」


リタリが頷く。


俺たちは礼を言って、その店へ向かった。




 ロイドさんの紙を見せると、木工屋の主人は頷いてくれた。


俺の肩の鳥にも目を細めただけで、気味悪がったりしない人だった。


「釣瓶かあ。 まあ作ってやってもいいが。 ただ材料がな」


 ここでもパン屋と同じ材料不足に悩まされていた。


なんでも最近は樵たちが森に入るのを嫌がるそうだ。


「猟師も兵士も仕事をしやがらねえ。


あの小生意気な小鬼が森に蔓延ってるっていうのに」


小鬼というのはこの辺りに多くいる人型の魔獣だ。


住民を襲うことは滅多にないそうだが、作物を持っていたり家畜を連れていたりすると人にも手を出す厄介な魔獣だ。


たいして強くないのに普通の獣と違って肉や売り物になる素材が取れない。


旨味のない仕事なので、誰も好んで討伐しようとしないそうだ。


「なるほどね」


「助けてやりたいのは山々だが」


今ある材料で作ることは可能でも、新しい材料の入荷が不明な間は迂闊に作れないということらしい。




 俺は一緒に来た子供たちを先に返し、店の主人と二人だけで話をする。


「お願いがあります。 この仕事を斡旋所へ依頼していただけませんか?」


「どういうこった?」


「まず、樵さんたちに木を切る依頼をしてください。


もし、知り合いで腕の良い樵がいたらその方を指名していただいても結構です。


私はその方のところへ行って、仕事を手伝ってきます」


俺は余所者だ。 木を切ってもおそらくこの店に売ることは出来ない。


 王都は魔道具で溢れていて、井戸なんて貧民層のいる場所にしかなかった。


俺も王子もあまり見たことがないので、釣瓶など知らない物は作れない。


一から作り方を調べて作るなんて時間もない。


水甕の魔道具を作ろうと思えば出来なくもないが、一軒一軒に配るわけにもいかない。


「お金ならあります」


こっそり小声で話す。


「分かった」と木工屋の主人は頷いた。




 俺が認められるにはあと九日。


斡旋所のある食堂へ、木工屋の主人と連れ立って入る。


そこで手続きをしてもらい、そのまま樵の家まで同行をお願いする。


樵といえば脳筋だ、と俺は勝手に思っていた。 まあ、ノースターの連中がそんな奴らばっかりだったからね。


「わしに用か?」


樵の家から出てきたのはやせ細った老人だった。


俺が首を傾げていると、この老人の樵は木を切り倒すのではなく、枝を掃う剪定の仕事を中心にやっているそうだ。


「若いもんは皆、隣の町へ行ってしもうたでな」


樵の老人がそう言うと、案内してくれた木工屋の主人は頭を掻く。


「しかし、他に規制にかかってない樵はいねえし」


どうやら樵一人につき年に何本という規制があるらしい。


その量を切り終えると樵たちは隣町に出稼ぎに行く。


「わしの請け負い分はまだ使っておらんから、必要ならそれを使えばええがなあ」


「それなら、お願い出来ますか?。 木なら私が切り倒します」


俺の肩の鳥がしゃべる。


二人とも驚いているが俺が魔術師だと言うと納得してくれた。


「面白れえ鳥だなあ」


樵のお爺さんは気に入ってくれたようで、さっそく一緒に森に入ることになった。


木工屋の主人には手に入ったらすぐに連絡すると伝え、店に戻ってもらう。




 森は、山手の貴族の館の側にまでかなり近づいている。


本当ならもっと森を切り開き、空き地にしたほうが魔法柵にも余裕が出来て良いのだが。


「何故こんなに森が近づくまで放っておいたんですかね」


俺がそう聞くと、樵のお爺さんは少し難しい顔をした。


 少しづつ森を開墾する手続きは進めていたそうだ。


「前の領主は旧地区の地主と仲が良くてうまくいってたんだが」


しかし、隣のウザスの領主という障害があった。


「内緒じゃが、隣町の領主はこの町も自分のものにしたいらしい」


と、眉を寄せた枯れ枝のようなお爺さんが話してくれた。


今のサーヴの新地区の領主はウザスの領主の言いなりになっていて、森の開墾の仕事を斡旋所へ出しても、その依頼が領主の承諾を得られずに止まってしまうのだという。


小麦の配送の遅れもその一つだったのだろうか。


俺は住民のことを一切考えないそのやり方にため息を吐く。




 二人で魔法柵を越えて山の中へ入る。


「この辺りがわしの請け負っている場所じゃ」


そこは砂漠に近い場所だった。


「では、お爺さんは安全な場所にいてくださいね」


頷いたお爺さんはスルスルと近くの木に登っていった。


 とりあえず、俺はお爺さんの指導通りに木を切り倒していく。


枝を切り払ってもらい、薪に出来るというので、木も枝も鞄にしまっていく。


黙々と仕事をしていたら、かなり広い範囲の木を間引いていた。


これなら奥まで見通せるし、魔獣が出ても感知し易いだろう。


「はあ、魔術師っちゅうのは凄いのお」


俺の魔術に感心してくれるが、俺はこのお爺さんの体力に驚いていた。


やせ細ったと思っていた身体は、どうやら引き締まっていて、無駄な肉が無いようだ。


ヒョイヒョイと大きな木の上を渡り歩き、枝を払っていく。




 いつの間にか空が暗くなり始めた。


「いかんな。 そろそろ引き上げよう。 暗くなると小鬼の他に獣も寄って来るでな」


「はい」


今までは様子を見ているような気配はあったが、近寄っては来なかった。


二人で歩き出すと、ふいに森の奥から気配が追いかけて来る。


「どうやらおいでなすったようじゃな」


俺は頷くと、お爺さんに鞄を預けて短剣を抜く。


「木の上に上がっていてもらえますか?」


「おう」


お爺さんはスルスルと危なげなく木を登り、上から俺を見下ろして手を振っていた。


 ずっと王子に魔力を使わせていたので、俺は体力で手伝う。


小鬼は浅黒い肌をしており、本当に小さな子供のような背丈をしているが、顔が醜悪だった。


ギャッギャッと声を上げ、襲い掛かって来る。


俺は身体を翻して避け、後ろから短剣で突き刺す。


ガストスさんに叩き込まれた短剣術は実戦的だ。 旅の間も獣や盗賊相手に重宝していた。


「人はあんまり襲わないとか聞いてたけど?」


「どうやら木を切るのが気に入らんらしくてのお。 樵はよく襲われるんじゃ」


樵に護衛が必要なのは、そういうことか。


 数体の小鬼を倒すと、まだ気配はするが、それ以上は寄って来なくなった。


どうせ小鬼は何の利益にもならないというので、延焼に注意しながらまとめて焼く。


こんなのを鞄に入れて持ち帰りたくない。




 お爺さんと木工屋へ行き、資材置き場に木を並べていく。


「ふええ、こりゃすげえ」


喜んだ店主が井戸の釣瓶の仕事は無料で請け負ってくれると言ったが、それはさて置き、お願いをする。


「申し訳ありませんが、実は旧地区の井戸全ての釣瓶をお願いしたいのです」


俺はいずれ全部直すつもりなのだ。


「そうか。 だが、それも含めて無料にしてやる。


これだけの木を仕入れさせてもらったんだ。 木の値段だけじゃ割が合わねえよ」


斡旋所での仕事の給金は、やはり物々交換ということで木材をもらうことになっていた。


店の主人が、それでは給金としては不足だというので、全ての井戸の釣瓶の作成も報酬ということになった。

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