タンポポがきっかけでした。
雨中紫陽花
第1話 花園の管理者
様々な花が咲く丘、そこは望みの花園と呼ばれている。春夏秋冬でその丘は表情を変える。春なら多くの花が咲き乱れ、夏なら緑の生い茂げ、そこからちらちらと小さな花が顔をのぞかせる。秋になれば風に揺れる淡い色の花や少し変わった花が咲き、冬は辺り一面白銀の絨毯が敷かれ、そこにひときわ目立つ花が地に落ち、やがて春の訪れを知らせる様に、雪を割って花は顔を出す。
望みの花園がそう呼ばれる理由として、他の花園とは違う点があるからである。なにせ、その花園は訪れた者の目の前で、その者の望んだ花が咲くのだから。
現実味がないかもしれないが、そうなるのには理由がある。
「あぁ、噂通り。咲いたわ、貴方が好きだった向日葵が、咲いたわ!」
花園に訪れた一人の女性が、目の前で咲いた1輪の向日葵に涙を流していた。蒼穹の下にただ真っ直ぐと太陽に向かって花開く。この女性にとって、向日葵は亡くなった旦那さんとの思い出の花らしい。人間じゃ他人の好きな花とかわからないだろうけど、ワタシには分かる。
「いかがですか?太陽を見つめる向日葵は」
女性に話しかけると、少し驚いたように目元の涙をバックから取り出したハンカチで拭った。
「きれいです、とても。夫との、思い出の花でしたので……つい涙が…」
再び流れた涙を何度も拭う女性。
「よろしければ向日葵の種、お持ち帰りになりますか?こちらに咲いている向日葵とご一緒に」
女性は少し戸惑ったが、やがて「頂けますか?」と口を開いた。
「えぇ、きっとこの向日葵も喜ぶでしょう。少々お待ちください、ラッピングいたしますので」
向日葵の茎を切り、女性に見えないようにおまじないをかけてから、すぐ近くに建てた小屋に持っていく。そこで向日葵をラッピングし、昨年採っておいた向日葵の種を小袋に数個いれてからリボンで口を縛る。そうして出来たものを小屋の近くに来た女性に渡した。
「どうぞ、ここで咲く花はとても長く保つんですよ。あぁ、そうそう。向日葵の花言葉をご存知ですか?」
「いいえ、存じません」
大事に向日葵を抱える女性。ワタシは目を細めて言った。
「『貴方だけを見つめる』だそうですよ。太陽に向かって咲くからでしょうかね?きっと、貴方の旦那さんも貴方を自分を暖かく照らしてくれる太陽だと思っていたのでしょうね」
女性はその言葉を聞いて、声を漏らした。
「あぁ、もし本当にそうならば、私はこれほどまで嬉しい事は無いわ。ありがとうございます、ありがとうございます」
そうして女性は、ワタシに感謝を述べてから来た道を戻るために足を踏み出した。しかし、歩む足を止めてワタシに向いて言った。
「そうでした。一つお伺いしてもよろしいですか?」
「構いませんよ」
「この花園には人がいると言う噂は耳にしませんでしたので、その、お名前をお聞かせいただけますか?」
この花園に来た者たちによく問われる質問だ。なにせ、ここに訪れた者はここに来たという記憶はあってもワタシに会ったという記憶はなくなるのだから。そのため、噂でもここには人がいないということになっている。
「ワタシはこの花園の管理者です。名前は
「管理者の方でしたか。これは失礼しました」
「いえいえ、それでは帰り道お気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
女性はお辞儀してからこの花園を去っていった。
花園に再び静けさが訪れた。穏やかな風が肌を撫で、葉同士が擦れ合う音が聴こえる。今は学校で桜が入学生を祝福する4月だ。けれど、花を望むものが訪れれば、季節に関係なく花を咲かせる。だから、向日葵も春なのに花を咲かせた。
ふと足元に目をやると、そこには黄色い花を咲かせたタンポポが生えていた。
「春を告げているのですか。貴方は変わりませんね」
そっとタンポポに触れる。すると、あの子の笑い声が聞こえたような気がした。ワタシに名を与えてくれた、ワタシ以上に花を愛するあの子。最初に咲かせた花もタンポポだった。
タンポポのそばで腰を下ろし、あたたかな日差しを受けながら横になった。小鳥の囀りを子守歌に目を閉じれば、人間でもないワタシは夢に落ちる。
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