《第二十二章 夫婦戦線異常あり》④


 「シンシア、いいかげん機嫌を直したらどう?」

 「別に機嫌なんか悪くないわよ」と紅茶を口に運ぶ。


 言葉とは裏腹にむすっと顔をしかめる。

 娘の態度にシンシアの母はふぅ、と溜息をつく。


 「たしかに、ああいうお店で遊んだのは悪いことだったかもしれないけどあの子、勇者様だって人の子だし、間違いくらいは犯すわよ」

 「それでもあたしは許さないわよ! あんなやつ!」


 バンッとテーブルを叩く。やれやれと母が首を振る。昨日、娘が久しぶりに実家に帰ってきたかと思えば、始終この態度なのだ。

 こういう時は決まって夫婦ゲンカが原因だが、今回は深刻なほうだ。


 「ごめん。イライラしてて……買い物行ってくるね」


 買い物籠を手に玄関から出る。



 彼女が家から出るのを木の陰から見ている者があった。


 「シンシアが家を出た。頼むぞ、ライラ」

 『まかしとき』


 ライラから手渡された指輪、――思念の指輪で勇者が指示を念で送る。離れていても互いに連絡が取れる魔法の道具アイテムだ。


 「レヴィさん、頼みます」と傍らに立つエルフに声をかける。

 「はい。精一杯頑張りますわ」


 勇者とレヴィがシンシアの実家のドアをノックする。

 「はい」と母親が応対に出ると、目の前に勇者とエルフがいることに驚く。


 「おばさん、お久しぶりです。お願いがあるのですが……」




 「ん、と……玉ねぎとごろごろ芋、それから……」


 シンシアが村の八百屋で指を顎にあてながら食材を選ぶ。

 と、そこへ「シンシアちゃーん! 元気しとったー!?」と元気の良い聞き慣れない方言での挨拶。

 声のする方を見ると勇者一行のひとり、ライラが手を振りながらこっちへ向かってくる。


 「え、ライラさん!? どうしたんですか?」


 驚くシンシアの下へライラが駆けよる。


 「うん、お仕事が休みやからね。せっかくやし、シンシアちゃんと遊びに行こかな、なんて」あらかじめ考えておいた台詞を口にした。


 「で、でも買い物が」

 「固いこと言わんでぇな。シンシアちゃんはウチと遊ぶのイヤなん? せや! 街に遊び行かへん?」

 「そういうわけでは……でもここから街まではかなり歩きますよ?」

 「だーいじょーぶ! この大魔導師ライラ様に任せとき!」


 そう言うやいなや、ライラがシンシアを抱きかかえるようにする。


 「え? ちょ、ライラさ、きゃああああっ!」


 ライラの瞬間移動呪文によってふたりは街へとひとっ飛びする。


 『うまく行ったで』

 「でかした! 次の段階だ!」ライラの思念に勇者が応えると家へと戻る。

 家の中ではセシルが居間で飾り付けを、タオは台所で調理に取りかかっている。

 「準備はどうだ?」勇者がふたりに聞く。

 「順調ですよ」とセシル。

 「セシル、飾り付けが終わったら手伝ってくれるか?」タオが小麦粉を水で混ぜて作った生地をめん棒で薄く延ばしながら言う。

 進捗状況に納得した勇者は頷くと家の裏庭へと回る。

 そこではアントンが木材を削っているところだ。


 「そっちはどうだ? 夕方までに出来そうか?」

 「誰に言っとるんだ? ドワーフをなめてもらっちゃあ困るでな。ちぃと手伝ってくれるかの?」

 「おう」勇者がアントンを手伝う。



 一行が着々と準備を進めている頃、アントンの妻、レヴィはシンシアの実家で彼女の母とともにケーキ作りに取りかかっている。


 「まさか、生きている間にエルフを目の当たりにするなんてねぇ」


 シンシアの母がエルフ特有の金髪碧眼と美貌にうっとりしながら言う。


 「シンシアから聞いたんだけど、あなたの旦那さんはドワーフなのね?」

 「はい。強くてとても頼りになるひとですわ」


 音色を思わせる声でレヴィが答える。彼女はすり鉢に木の実や胡桃をめん棒で細かくすり潰している。


 「ところでこれはなにを作ってるのかしら?」シンシアの母がすり鉢の中を覗き込む。

 「これはエルフの里でお祝いのときに作るケーキなんです」

 「あら! エルフの作ったケーキを食べられるなんて、うちの娘は幸せ者ね」ボウルに入れた薄力粉、ミルク、砂糖、卵をかき混ぜながら微笑む。

 それにつられてレヴィも微笑む。


 「はい! 私も幸せです。勇者様と素敵な仲間も一緒ですから」

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