《聖伝の章⑤ 古の地図を求めて……》後編


 闇の底から呻き声のような風音が吹くなか、勇者一行は松明を手に階段を一段ずつゆっくりと降りていく。

 階段はらせん状になっている上、苔でぬるぬるしていて気を抜けば足を滑らせてしまう恐れがあるため、慎重に降りていくしかない。


 「しっかし、どこまで続くんだ? この階段」

 「たぶん崖の底までじゃないか?」


 タオの問いに勇者が答える。


 「あれ?」


 魔女のライラが声を上げたので、みな彼女のほうを見る。


 「ライラさん、どうかしましたか?」セシルが尋ねる。

 「魔法が使えなくなっとる……魔力はまだ十分あるはずやのに……」とライラが掌を見る。


 その疑問を解決したのはドワーフのアントンだった。彼はごつい手で岩壁に触れる。


 「こらぁ、魔消石ましょうせきが使われてるな。魔力をかき消すっつー特異な石じゃが、まだ残っていたとはのぅ」

 「えぇ!? 魔法が使えへんくなったら、ウチただの可憐な女の子やん!」

 「可憐な、は余計だと思うが」

 「うっさい! 一言多いわ!」


 暗いらせん階段でタオとライラの丁々発止が響く。

 勇者がふたりの喧嘩を止めて先へ進むと、次第にだが底が見え始めてきた。

 階段から降りて松明で周りを照らすが、何もない。いや、壁のひとつにぽっかりと穴が空いていた。

 そこから風音が聞こえ、潮の香りを運んで勇者一行の鼻腔を刺激する。


 「潮臭いな。ま、海が近いから当然なんだろうが」タオが鼻を擦る。

 「ともかく入ってみよう」


 注意して穴の中へと入ると、そこは意外と広い部屋だった。

 上の教会の礼拝堂と同じくらいだろうか。勇者が先に進むと、おぼろげな松明の明かりで目の前にあるものがうっすらと見えてきた。

 石造りの台座、その上にあるのはさかしまになった剣……。


 「聖剣……!?」


 勇者の後ろにいたセシルの声が思わず上ずる。


 「いや違う……これは石造りの剣だ。たぶん聖剣を象ったものだ」


 一行が台座のそばまで来る。ライラが台座の下に何かが書かれていることに気付く。


 『勇者の意志を継ぎし者へ。失われし地図を求めし者よ。聖剣の手がかりを求めし者よ。

 四方より地図をのぞきて、聖剣を探し求めよ』


 「ちうことは、これが勇者の墓……!?」


 ライラの言葉にタオも「だな。今度こそこれで間違いなさそうだ」と同意する。


 「待ってください。まだなにか書かれています……」


 セシルが続きを読む。


 『しかして、ゆめゆめ忘れるな。地図は風とともに消える』


 「あの羊皮紙にもあった文言だな。けど、それがどういう意味なのか、俺ぁにゃさっぱりわからねぇ」アントンがぽりぽりと頭を掻く。


 勇者は松明を手にあたりを見回す。すると台座を中心にして、四隅のところに円形の石で出来た足場が見えた。

 同時に四隅を囲んだ内側の床がそこだけ別の石材で造られていることもわかった。


 「こらぁ黒曜石だな。しかもぶ厚いやつだ」


 鉱石に詳しいドワーフのアントンがこんこんと床を叩く。


 「こりゃ、この下は空洞らしいぞ。下になにかあるみてぇだ」

 「四方より地図をのぞきて、聖剣を探し求めよ……」


 勇者が台座に書かれた文言を呟く。


 「みんな、聞いてくれ」


 皆が勇者のほうを見る。


 「これは俺の考えだが、この台座、つまり先代勇者の墓は聖剣の位置を指しているんだと思う」


 そして、四隅の足場のひとつを指さす。


 「四人があの足場に乗ると、地図が現れるようになっているのかもしれない」


 なるほど、とセシルが頷く。


 「でも、そうすると『地図は風とともに消える』とはどういう意味なのでしょう?」

 「それはわからない。でも言えるのはあの足場に乗らないと地図は出てこないってことだ」


 足場に乗ってみようと勇者が四隅のひとつに乗る。続いてセシル、ライラ、タオが残りの足場に向かう。

 アントンは万が一の事態に備えて四隅の外で待機している。

 四人が同時に足場に乗る。だが、なにも起こらない。

 タオが首をかしげる。


 「なにも起こら」


 ねぇぞ? が口から出る前に足場ががたがたと振動しはじめ、どこからか歯車と歯車が噛み合う音がしたかと思えば、きりきりと機械仕掛けが作動するような音があたりに響く。


 「なにが起こるんだぁ?」アントンが左右を見る。


 「見ろ!」勇者が黒曜石の床を指さす。床全体が機械仕掛けで横にスライドし、ぽっかりと穴が空く。

 台座を中心にして穴からゆっくりと、何かがせり上がっていき、四人の目の前にそれは現れた。


 「な、なんやこれ……?」


 ライラが松明で照らす。だがそれでもその正体がわからない。

 穴から現れたのは土か砂で出来た、いびつな形をしたもので、ところどころに青や緑で着色されている箇所がある。


 「アンさん! これがなんだかわかるか!?」


 タオの問いにアントンが首を捻る。


 「洞窟でもこんなのは見たことねぇよ」

 「ちょっと待った! これは地図だ! 立体地図だ!」


 地図と言われて、ぴんと閃いたのがセシルだ。


 「言われてみれば……これは確かに地図のようです! 青いのは川とか湖で、緑色は森を表しているんだと思います!」


 セシルの言葉に全員が納得する。


 「ちうことはその真ん中の台座が聖剣があるところやね!」

 「そうは言っても、これはどこなんだ? どこの地図なんだ?」とタオ。

 「俺ぁもこれは知らねぇ」


 一行は地図をよく見ようと松明で照らすが、地図が大きいため、明かりが奥まで届かないのでよく見えない。かと言って足場から離れようものなら仕掛けが戻ってしまうだろう。


 「どうすればえぇのん!? ここでも魔法全然使えへんし!」


 魔法が使えないライラがいきり立つ。


 「地図は風とともに消える……か」勇者が台座に書かれた最後の文言を呟く。

 確かにこの立体地図は土や砂で出来ている。触れただけでも壊れてしまいそうだ。


 「アントン」

 「なんだぁ?」

 「どこからすきま風が吹いているか、わかるか?」

 「おお、わかるぞ。でもそれがどうしたんだ?」


 勇者がすぅっと息を吸う。


 「すきま風が吹いている壁を壊せるか?」


 勇者の言葉に全員が驚愕する。


 「ちょ、ちょっと待て! この壁の向こうは潮風が吹いているんだぞ! 穴なんか開けたらこの地図はたちまち吹き飛ばされてしまうぞ!」

 「せやで! 手がかりがのうなってしまうで!」


 タオとライラが抗議する。


 「この松明じゃ地図全体を見ることは出来ない。だから壁に穴を開けて、太陽の光を入れるんだ。ちょうど今の時間ならもうすぐ海から太陽が顔を覗かせる頃だ」


 「ま、待ってください……! 確かにそれなら地図全体が見えると思います。ですが、あまりにもこの地図は大きすぎます!」とセシルも勇者の考えに異を唱える。


 「地図全体じゃなくて、四分割ならどうだ? 四人いるんだからな」

 「あ……」


 確かに台座を中心に地図を四分割して足場から地図をそれぞれ分担して記憶すれば可能だろう。だが、それはあくまで理論だ。


 「で、ですが……!」


 さらに抗議しようとするセシルに勇者が首を振る。


 「でも、とかだけど、じゃない。これは試練なんだ。この試練を乗り越えられなければ、俺たちは魔王を倒せない」


 ごくりと誰かが唾を飲む。


 「わかった……」


 最初に口を開いたのはタオだ。


 「アンさん、頼む。壁に穴を開けて、光を入れてくれ」

 「ほんとにいいのか?」アントンがためらう。

 「しゃーないわ! ウチも覚悟決めたる。アンタらもその目かっぴらいてよぉく見るんやで!」


 勇者がこくりと頷く。そしてセシルのほうを見る。


 「わかりました……アントンさん、お願いします!」


 アントンががりがりと頭を掻く。


 「俺ぁは記憶力にゃ自信ねぇからなぁ。地図はおめぇらに任せるぜ。壁の穴開けはドワーフに任せな!」


 ずしずしとすきま風が漏れている壁の前に立つと斧を構える。刃がミスリルの斧だ。ぶ厚い岩壁も難なく壊せるだろう。


 「んじゃあ、行くぜぇ! 絶対に聖剣の手がかりをつかんでこいよ!」


 アントンが振るう斧の刃が岩壁に叩きつけられると、岩壁に亀裂が走り、みしりと音を立てたかと思うと亀裂から光が漏れ始める。

 びしびしと亀裂がさらに壁全体に広がり、やがてがらがらと崩れた。

 開けられた穴から太陽の光が差し込み、地図全体を照らすが、それと同時に潮風も容赦なく吹き込んでくる。


 「みんな! しっかり目に焼き付けるんだ!」


 聖剣の手がかりの地図は眩い光とともに風で消え去った。




 ふわぁ……とモリブソンはひとり礼拝堂で欠伸をする。結局、勇者一行は太陽が昇っても戻ってこなかった。

 言われたとおり城にこのことを伝えに行こうとすっくと立った時だ。


 「先生!」


 階段から勇者が顔を出す。


 「驚かすんじゃない! 城へ行こうかと思っとったぞ!」


 勇者はそれを無視してモリブソンのところへ駆けよる。あとから一行が続く。


 「紙とペンはありますか!?」

 「あ、ああ……」


 肩にかけた革袋から取り出すと勇者はそれをひったくり、仲間たちに渡して一斉に何かを描き始める。


 「何をしとるんじゃ! 聖剣の地図を探してたのではないのか!?」

 「黙っとき! 今からその地図を描くんや!」ライラがペンを動かしながらぴしゃりと言う。

 「なんじゃと!?」


 程なくして記憶を頼りにして描かれた地図が出来上がり、事態が飲み込めないモリブソンとともに一行は王城の図書室へと戻った。



 「つまり、こういうことじゃな? 地図は砂で出来ていて、記憶を頼りにして描くしかなかったと」

 「そうです。四人で手分けして描いた地図をこうして合わせれば……」勇者が四枚の手描きの地図を合わせる。

 手分けして描いたため、線が繋がらなかったり太さがまちまちなところはあったが、それを無視すればいびつではあるが、一枚の地図が出来上がった。


 「とすると、この中心に聖剣があるのじゃな?」


 モリブソンが節くれ立った指で指す。


 「はい! 世界地図でこの地図と同じところを探せば聖剣がどこにあるのかもわかります」


 勇者が棚から世界地図を取り出すと机に広げる。


 「青く着色された箇所が川や湖で、緑が森だとして……」


 モリブソン含め、一行も地図を見る。手描きの地図を何度も見比べ、逆さまにしたりしながら当てはまる場所を探す。だが……


 「ない! ないぞ! どこにも当てはまる場所がない!」


 勇者が地図の上で狼狽する。


 「んなアホな! ちゃんと探したん!?」

 「記憶が間違ってたのか……!?」

 「そんな……地図はもうないのに……」

 「だから俺ぁは言ったんだ!」


 手描きの地図の位置が違うんじゃないか? と議論するなか、モリブソンは冷静だった。


 「これじゃから若いもんは……歴史というものをわかっとらん」


 議論がぴたりと止む。


 「よいか? 勇者が没したのは今から数百年も前じゃ。長い時が経てば、地形もある程度は変わるじゃろ?」


 それに、と付け加える。


 「この世界地図は最新版のものじゃ。古い地図と比べても見つからんよ」


 歴史学者の言葉に一行は「あっ!」と得心する。


 「この地図を使いなさい」


 モリブソンが棚から引っ張り出したのは色褪せてくしゃくしゃになった世界地図だ。

 最新版の地図を押しのけて数百年前の地図を広げると再び手描きの地図と比べながら探す。


 「あった!」


 勇者が地図のある場所を指さす。そこは確かに地形も川や湖の位置も合致しているように見える。


 「それで、現在はどこなんだ!?」


 タオが最新版の地図を並べる。場所はすぐに見つかった。


 「この場所って……」セシルが錫杖をしっかりと握りしめ、先端の飾り環がしゃんと揺れる。


 「これって、砂漠やん……」


 道理で川や湖や森がある場所を探してもみつからなかったはずだ。長年の時が経ち、今では干上がり、枯れてしまったのだから。


 「ルアーブ砂漠。聖剣は間違いなくそこに眠っている……!」


 歴史学者の言葉が重く響いた。



 聖剣の地図を手に入れた勇者一行は旅仕度を整えると、若き国王スノーデンとモリブソンに別れを告げる。


 「スノーデン王、先生、お世話になりました!」

 「御武運をお祈りしていますよ」

 「うむ。気を付けて行くのじゃぞ」


 では、と一行が踵を返そうとした時、スノーデン王がライラとタオを呼び止めた。


 「ライラさんとタオさん、もし魔王を討伐したらぜひノルデン王国へおいでください。あなたがたの能力をノルデン王国の国防に役立てて欲しいのです。ご承知のように我が国は小国なので……」

 「考えておこう」

 「考えとくわ」


 同時に答えた二人が互いを見やると、「ふん!」とそっぽを向く。

 そんな二人を見てセシルが思わずふふふと笑う。


 「あのおふたり、仲が良いですね」

 「そうか? 俺には悪いように見えるけど」


 一行は手を振ってノルデン王国を後にする。

 目指すはノルデン王国からさらに東の方、ルアーブ砂漠である。



 「行ってしまったか……」


 スノーデンが名残惜しそうに勇者一行の背中をいつまでも見送る。


 「あいつらなら、絶対に聖剣を手に入れて、魔王を倒してくれるじゃろう」


 モリブソンが王の隣で自信満々に言う。


 「先生」

 「なんじゃ?」

 「その、虫の良い話だというのは重々承知していますが、私にこの国の歴史を教えていただけませんでしょうか……? 前に先生は歴史を学ぶことで良い国づくりが出来るとおっしゃいました」


 ですから、と間を置く。


 「私も勇者様のように、自分もなにか国に役立てることをしたいのです。そのためには歴史を学ばねば……」


 モリブソンがふん、と鼻であしらう。


 「これじゃから若いもんは……本当に虫の良い話じゃ」


 踵を返して、そのまますたすたと城内に戻る。歴史学者の冷淡な態度に若き国王はしゅんとなる。


 「なにをしておる? 勉強の時間じゃぞ!」とモリブソンがにかりと笑う。

 スノーデン王はたちまち破顔した。


 「はい! よろしくお願いします!」

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