《第二十二章 夫婦戦線異常あり》①

 

 「いい!? 今日はお仕事3件くらい終わるまで帰っちゃダメだからね!」


 玄関から街の冒険斡旋所ギルドへ向かう夫である勇者の背中に妻のシンシアが釘を刺す。


 「はいはい、わかってるって」ひらひらと手を振って街道へと歩く。

 木々が並ぶ街道をしばらく歩くと、街の入り口が見えてくる。

 冒険斡旋所の扉を開けると受付嬢のエリカが元気よく挨拶してくる。

 二言三言交わしたあと、依頼を受け、「頑張ってくださいね!」とエリカが勇者の背中にかける。



 勇者が三件の依頼をこなした頃にはすでに日はとっぷりと暮れていた。

 冒険斡旋所から勇者がほくほく顔で出る。今日は三件の依頼の報賞金に加えて、たまたま見つけたレアなスライムを捕獲して、高値で買い取ってくれたのだ。

 報酬の入った革袋を手に持つとじゃらりと金貨が揺れる。一週間は遊んで暮らせるほどの大金だ。


 あいつには内緒にして、なにか買おっかな?


 よこしまな企みで思わずくふふと笑いが漏れる。


 そんな勇者に声をかける者があった。


 「おにいさーん、遊んでいきませんかー?」


 声のするほうを見ると、頭にウサギの耳、艶めかしい衣装に網タイツという出で立ちの可愛らしい女性が手を振りながら声をかけている。

 開店したばかりの酒場の呼び込みだろう。


 「いかがですかぁ? 美味しいお酒はもちろん、可愛い子もいっぱいいますよぉ」


 呼び込みのバニーガールの声につられて勇者が近づく。

 酒場から漏れる明かりで勇者の顔に気付いたバニーガールが驚く。


 「勇者様じゃないですか! 勇者様なら特別に割引しますよぉ!」

 「え、いいの……?」

 「もちろんですよぉ! ささ、一名様ごあんな~い♡」


 バニーガールに手を引かれて勇者は奥へと入る。


 そういや、あいつ三件くらいの仕事が終わるまで帰ってくるなって言ったっけ……?

 ま、いいや。たまには羽のばさないとな。臨時収入もあることだし……。


 酒場の奥は豪華なシャンデリアの下、革張りのソファーが並んでおり、卓には酒瓶とグラス、果物が乗った皿が並んでいた。

 酔客が左右をバニーガールに挟まれながらだらしなく鼻の下を伸ばしていた。

 座席の間を縫うようにしてバニーガールのウェイトレスが入った客に気付く。


 「いらっしゃいま……」


 勇者様!?


 ウェイトレスの上ずった声にバニーガール一同が振り向く。


 「え? あの勇者様!?」

 「マジで!? ヤバいじゃん!」

 「ぽっちゃりしてるけど、カワイー♡」


 わらわらとバニーガールたちが黄色い声と共に我先にと勇者の手を引こうとする。


 「勇者さまぁ。よくいらしてくれました」

 「私と一緒に飲みましょうよぉ」とバニーガールのひとりが、ぐいと勇者の手を自分の胸に触れるようにする。

 これにはたまらず勇者は鼻の下を伸ばす。




 「えーっ!? ひっどーい! 奥さんから暴力振るわれてるの!?」

 「そうなんだよぉ。俺だって一生懸命やってんのにさぁ……」


 酔いがまわった勇者の愚痴を左右のバニーガールがうんうんと頷きながら聞く。


 「でも勇者様、今日お仕事がんばったんでしょ?」


 ごほーびごほーびと左のバニーガールが勇者の頭を撫でる。


 「今日は私たちとゆっくりしていってね♡」


 右のバニーガールが勇者の腕を自分の胸に押し当てて腕をからめる。

 シンシアにはない胸の膨らみを堪能しながら、勇者はまただらしなく鼻の下を伸ばす。


 「よぉーしっ! 今夜はとことん飲むぞーっ!!」


 勇者の男気にバニーガール一同がキャアアアと黄色い声をあげる。


 「さすが勇者様!!」

 「素敵ー!」


 気をよくした勇者はかっかっかと笑う。


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