《聖伝の章⑤ 古の地図を求めて……》前編
「よくぞいらっしゃいました! 我がノルデン王国へ!」
ノルデン王国の若き国王、スノーデンは勇者一行が謁見に訪れるなり、そう言った。
「あなた方の英雄譚はここノルデン王国でも広まってますよ! 小さな国ですが、どうぞゆっくりしていってください」
聞けば勇者一行の活躍が書かれた記事が世界中に広まっているのだとか。もちろんクラーケン討伐もご多分に漏れず、ここでも武勇伝は広まっていた。
「長旅でお疲れでしょう? 城下町の宿屋に部屋を取ってあります。夕食はぜひヤンソン氏の店で食べていってください! どれも自慢の料理ですよ!」と若き国王は鼻息を荒くする。
願ってもない話に勇者一行は宿屋で荷を下ろし、旅の疲れや汚れを風呂で流すと、案内されたヤンソンの店で夕食を摂る。
ヤンソンは巨体に口の周りが髭で覆われた、どことなくドワーフに似た風貌の男だ。
「あんたらの話は王様から聞いているよ! 今夜は俺のおごりだ! さぁ好きなだけ食ってくれ!」
煌々とランプで照らされた灯りの下、食卓には海に面した国だけあって、魚介類の料理が豊富だ。ノルデンマグロのステーキ、今朝獲れたばかりのスズキのカルパッチョ、ニンニクの香りが香ばしいごろごろ芋とベーコンのアヒージョ、そしてアンチョビをたっぷり使ったグラタンなどなど……。
勇者一行が様々な料理に目を輝かせていると、ヤンソンが熱々の平鍋を持って卓の真ん中にどんと置く。
「この店の名物、パエーリャだ! これを食わなきゃ帰さねぇぜ!」
平鍋に眩しい橙色の米の上にエビ、鶏肉、イカ、タコが乗っている。
「ヤンソンさんの美味い飯に乾杯!」
「かんぱーい!」勇者の音頭に皆がジョッキやグラスをかちんと合わせる。
一行は皆、ヤンソンの自慢料理を口に運び、舌鼓を打った。
「美味しい……! 新鮮な味わいですね」セシルが頬に手を当てる。
「んまっ! 今まで旅してきたなかで一番うまいわ!」と魔女のライラ。
「親父! 他に火酒はねぇか?」あっという間に酒瓶を空にしたのはドワーフのアントン。
「こりゃ美味いな! 今度俺も作ってみるか」料理の得意な武闘家タオがヤンソンに作り方を聞く。
「店主、俺たちは魔王を倒すために旅をしてて、その魔王を倒せる唯一の武器、聖剣の手がかりがここにあると聞いたんです。何かそれに関することを知りませんか?」
勇者がヤンソンに問う。
ヤンソンはうむー、と顎に手を当てて考える。心当たりを思い出したのか、ぱっと顔が明るくなる。
「それならモリブソン先生が詳しいと思うぜ! あの先生は歴史学者だからな。聖剣の手がかりなら何か知ってるかもしれねぇな」
おまけにその先生はもと王様の家庭教師だったんだからな! と付け加える。
「ありがとう! さっそく明日そのモリブソン先生のところに行ってみるよ!」
翌朝、勇者一行はヤンソンから聞いたモリブソンなる歴史学者の家を訪ねる。
モリブソン先生の家は王都から外れたところにぽつんと建った一軒家で暮らしていた。
木造のドアをノックする。だが、返事がなかったのでもう一度ノックする。すると、
「どうぞ、と言っとるじゃろが! 入んなさい!」
老人特有のしわがれ声が返ってきた。
「どうぞと言われてねぇんだがなぁ」と後ろでアントンが愚痴をこぼすなか、ドアを開けると、そこには天井まである棚には古びた背表紙の本が並び、かたわらのテーブルには色褪せた巻物や羊皮紙が無造作に置かれ、床にも散らばっていた。
声の主は奥の書斎らしき部屋で老体がこちらに背中を向けながら机に向かっている。
老人がくるりと勇者一行に顔を向ける。その拍子にずれた半月形の眼鏡を直す。
「客とは珍しいな。して、この老いぼれに何か用かの?」
歴史学者の老人、モリブソンが上目遣いに見る。
勇者が前に進み出る。
「先生、俺たちは魔王を倒す旅に出ているんです。その魔王を倒す唯一の武器、聖剣の手がかりがここにあると聞いてやってきました」
モリブソンが眼鏡を押し上げる。
「すると何か? あんたのような若いのが伝説の勇者だと?」
「はい」
モリブソンがかっかっかと笑う。
「これはこれは! まさか生きている間に勇者様を拝めるとはの! おまけにその勇者様を支える四人の戦士も揃ってるとは!」
モリブソンいわく、伝説によれば勇者にはともに旅をする四人の戦士を引き連れていたという。
そして、勇者ともども四人の戦士たちと共に魔王を滅ぼしたとも言われている。
「今まさに魔王がこの世界を支配しようとしているところに勇者さまと四人の戦士たちがわしのところへ聖剣の手がかりを求めてくるとは……」
長生きはするものじゃな! とまた、かっかっかと笑う。
「お願いします。聖剣がどこにあるのかを教えてください」
勇者が頭を下げる。モリブソンはぽりぽりと禿げ上がった頭を掻く。
「教えたいのはやまやまなのじゃが……聖剣のありか、というか地図はたしかにここにあるんじゃが……いや、ないと言ってもいいじゃろな」
歴史学者の奇妙な言葉に一行は首を傾げる。
「どういうことや? あるのにないって、なぞなぞのつもりかいな?」と魔女が首を傾げる。
モリブソンが壁のほうを指さしたので全員そっちのほうを見る。
そこには額縁に収まった古い、年代物の羊皮紙が広げられていた。
羊皮紙はところどころが擦り切れ、色褪せていて書かれた文字はいつ頃に書かれたものか分からないほどに変色していて判読するのに一苦労だ。
「我、聖剣の地図をここに記すものなり。
再び、魔王の目覚めし時、勇者よ。聖剣を求めし者よ。
歴史学者が
「するとこれが聖剣のありかを記したものなのか?」
タオの問いにモリブソンが「うむ」と頷く。
「長年の研究でやっとここまで判読出来たのじゃが、肝心の地図は数十年前の大火で燃えてしまったのじゃ」
モリブソンが羊皮紙の上を指さす。なるほど、たしかに地図が記されていたであろう箇所の端に焼け焦げた痕があった。
おまけに文の続きも途切れてしまっている。
「それでは聖剣がどこにあるかは分からずじまいなのですね?」
セシルが錫杖をぎゅっと握りしめる。
「誰が聖剣のありかは分からずじまいと言ったんじゃ!」
まったく最近の若いもんは……とモリブソンがぶつぶつと零す。
「これも研究で分かったのじゃが、あの羊皮紙には続きがあるのじゃ」
これを見なさい、とモリブソンが棚から古い便箋を取り出す。
「これはノルデン王城の図書室からたまたま見つけたものなのじゃが、読んでみなさい」
便箋から日焼けで色褪せ、擦り切れた紙を広げる。
我、聖剣の地図を、ここに記すものなり。
再び、魔王の目覚めし時、勇者よ……
「これって、あの羊皮紙と同じ……」
勇者がモリブソンを見ると、歴史学者が頷く。
「羊皮紙は今も昔も高価なものじゃ。じゃから、書き損じないよう、下書きが必要だったというわけじゃ」
続きを読みなさいとモリブソンが促すので読んでみる。羊皮紙に書かれているのと寸分違わぬものだが、最後のほうまで来ると、羊皮紙に書かれていない文章があった。
「……其方に地図を残す。我、勇者の意志を継ぎし者に託すものなり。しかして、何らかの事態で地図が失われし際には、手がかりを求めよ。
聖剣の手がかりは我とともに眠りに落ち、その地図は風とともに消える」
勇者。
「ということは、これを書いたのは先代の勇者!?」
一行がざわめく。そして誰かがごくりと唾を飲む音。
「しかし、この下書きには地図は書かれていないな」
タオが裏表を確かめる。
「たしかに地図はここにはない。じゃが、ノルデン王城の図書室ならあるかもしれん。これはわしの考えじゃが……」
一行がモリブソンの言葉の続きを待つ。
「聖剣の手がかりは、先代勇者の墓の下にあると思っておる。そして、その墓はここノルデン王国のどこかにあるのじゃ」
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