《聖伝の章④ PORTTOWN SIDESTORY》②
港町ポルトン、その波止場には勇者一行が海の魔物、クラーケンを倒した海賊船――
船の甲板には船大工と船乗りたちがえっちらおっちらと材木を運びながら右往左往していた。
甲板にいる見張り要員のひとり、スミスが望遠鏡を手に鼻血を垂らす。望遠鏡の先には宿屋の恐らくは風呂場の窓であろう、そこから黒髪の女が裸で身を乗り出しているのが見えた。
どこかで見た覚えがあるかと思えば、船に乗り込んでいた勇者一行のひとり、魔女の……たしかライラという名前だったろうか?
思いがけない役得にスミスは思わず頬が緩む。もっとよく見ようと望遠鏡のピントを合わせようとした途端、脳天をかち割られるような衝撃が走った。
「なに鼻血出してんだい! 具合悪いんなら無理せず休みな!」
海賊船の女船長、マーレがスミスに拳骨を喰らわしながら言う。
「ち、違いやすよ……あっしはただ」
女の裸を覗いてましたとは言えるはずもなく、スミスは慌てて口を押さえた。
「やっぱり具合が悪いようなんで休ませてもらいやす」と言い直してそそくさと船室へと消える。
マーレ船長が鼻で溜息をつく。
まったく……ただでさえ修復作業で忙しいってぇのに……。
「サム! 大砲の整備しっかりやんな! シム! お前は砲弾と火薬の点検だよ!」
「シムです!」「サムです!」双子の砲術士が同時に訂正する。
いまだに船長には見分けがつかない。
「どっちでもいいからしっかりやんな! あたいは船長室にいるからね」
そう言うと女船長は船尾へ向かうと両開きの扉を開けて船長室へと入る。
奥にはヒビのはいったガラス窓の向こうに果てしなく広がる海原。その傍らにはベッドが、その隣の執務机にマーレ船長は腰かける。
机上の棚から革表紙の装丁を取り出すと、ページを開く。
羽根ペンにインクを漬けると白紙のページに日付を記入する。
机のそばの壁に据え付けられた天井まで長く伸びた金属の筒の蓋を開く。
「ソーン! 風力と雲量は?」
船長の威勢の良い声が伝声管を伝わって、航海長の鼓膜を震わせる。
程なくして報告が帰ってきたので、船長は航海日誌に書き留める。
風力3、雲量3以下晴れ、波なめらか。
航海日誌は船長が毎日その日の出来事を記すものだ。記憶を頼りにして航海記録をペンで刻み込む。
半分まで来たところで目が疲れてきたのか、目蓋を指で揉む。やはり片目では苦労も疲労もひとしおだ。
そして、んーっと腕を伸ばして伸びをひとつ。
まさか、あいつがほんとうに勇者で、しかもクラーケンを倒してしまうなんてね……。
海賊船に乗せてくれという酔狂なやつが現れたかと思えば、そいつは自分自身を勇者だと名乗ったのだ。
頭のおかしい、勇者に憧れた英雄かぶれか……。
それがマーレ船長の勇者に対する第一印象だった。だが、どうしても乗せてくれと必死に懇願してくるので仕方なく乗せてやった。
まぁいいさ。ただの英雄モドキだったら身ぐるみ剥いで、サメのエサにしちまえばいいし。
その日は比較的、波は穏やかなほうだった。今にして思えば、あれこそ嵐の前の静けさってやつだったのかもしれない。
船長は机の傍らに置かれたラム酒の瓶を掴むとそのままがぶりと呷る。
船長は勇者一行とクラーケンとの死闘に思いを馳せる。
「前方! 12時の方向に怪物の影あり!」
最初に発見したのは見張り要員のスミスだ。
見ればなるほど、姿こそ見えないものの、海面に巨大な、帆船と同じ大きさの影がこちらへとしぶきを立てながら向かってくるのが見えた。
海の怪物――、クラーケンである。
「来やがったかい! さすがにタダでは通してくれないか」
船長が
「セバスチャン! 野郎どもに伝えな! 戦闘配備よーい!」
隣に立つ副船長のセバスチャンが「アイアイマム!」と返事すると、伝声管の蓋を開いて命令を復唱する。
「サム! 持ち場につきな! シム! お前はサムを手伝ってやんな!」
「シムです!」「サムです!」双子の砲術士が同時に訂正する。
「どっちでもいいさ! さっさとしな!」
横静索からすとんと降りる。そういえばあの勇者一行はどこかと辺りを見回す。船尾に引っ込んだか、それとも船室の奥に籠もって怯えているかと思ったが、なんと船首のほうでそれぞれ武器を構えている。
へぇ……度胸があるのは褒めてやるよ。けどね、実戦はおとぎ話や冒険小説と違って厳しいもんなんだよ!
「あんたら! この船に乗り込んだからにはしっかりやんな!」
マーレ船長の檄に一行のリーダー、さっきまで船酔いで苦しんでいた勇者がおう! と応える。
と、前方で水しぶきが高く上がったかと思うと、クラーケンはたちまち海賊船の真下に潜り込もうとする。
「このスケベ野郎! あたいの船の股ぐらに潜り込む魂胆かい!?」
マーレ船長が操舵長に「面舵いっぱぁーい!」と号令すると船が右へと大きく傾いだ。
勇者一行と船乗りたちは船縁にしっかりと掴まる。そのおかげでクラーケンの先制攻撃はまぬがれた。
「ぶっ放しな!」
一瞬の暇を与えずに号令が下るのと同時に、船の横腹の砲門から一斉に号砲が唸る。
急所に当たったのか、クラーケンが唸り声を上げる。
機先を制したのはマーレ船長率いる海賊船だ。こうして勇者一行および海賊たちとクラーケンの海戦の火蓋が切って落とされた。
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