《聖伝の章③ ある武器屋の思い出》後編

 

 町長の言うとおり、その武器屋は奥まったところにあった。鎧と盾の上に交差する剣が描かれた看板が掲げられた店の木造の扉を、鎧を脱いで身軽になった勇者が開ける。

 眼前に広がるのは壁に掛けられた様々な種類の剣、ナイフ、ダガーなどなど……。

 その隣には大小さまざまな盾が。通路を挟むようにして古今東西の武具や甲冑が所狭しと並ぶ。


 「おや、客とはめずらしいな」


 店の奥、カウンターに陣取るように座る武器屋の店主が新聞から顔を上げる。皺が刻み込まれたその顔はまさに頑固な職人そのものであった。

 店主はじろりと来客を品定めする。


 「ここいらじゃ見ない顔だな。ドワーフに東方の田舎者がお出ましとはな。ま、うちは金さえ払ってくれりゃ誰でも構わんさ。勝手に見ていきな」


 アントンとタオが顔を見合わせる。気にくわない奴だと意見が一致した。

 勇者はと言えば、壁に掛けられた剣を順繰りに見ている。

 手に取って重さや振りやすさを確かめるが、なかなかしっくりくるものがない。

 アントンは斧が並んでいる棚から一本ずつドワーフ特有の鑑定眼で品定めする。


 「こりゃ良い仕事だ。これを造ったやつは腕の良いやつだの! と、こっちはミスリルの刃か! こんなものまであるとはの!」

 「ウチにゃ、いい加減なものは置いてねぇよ」


 店主が面倒くさそうに言う。


 「なぁ、おやじ。この道着、もう少し大きいのはないのか?」


 タオが黒く染めあげられた道着を手に店主に問う。


 「ここにあるのは全部、現品限りだ。魔物のせいで流通や仕入れが滞っててな……文句があるなら魔物に言いな」


 タオが舌打ちするも店主は我関せずといった態度だ。仕方なくタオは篭手を探し始める。


 「店主、これをくれ」


 勇者がやっとしっくりくる剣をごとりとカウンターに置く。


 「あいよ。で、そちらのおふたりさんはまだ決まらねぇのかい? まとめて持ってきてくれたほうがありがたいんだがね」

 「俺ぁはこれにするかの」


 ドワーフが手にしたのはミスリルの刃の斧。次いでタオは炎のように紅い色の篭手だ。

 店主は算盤そろばんを取り出すとぱちぱちと珠を弾かせる。


 「しめてこの値段だな」


 算盤の珠はまさしく目が飛び出るほど高い値が弾き出されていた。


 「高すぎるだろ! ぼったくりだ!」


 タオが抗議するが、店主は「イヤならよそへ行くんだな」とあしらう。

 もっとも武器屋はここしかなく、次の街まではかなりの距離があるし、生半可な装備では無謀もいいところだ。


 「頼む。いま手持ちがないんだ。なんとかならないか?」と勇者が懇願する。

 「いらない装備があれば買い取るぜ。それで少しは足しになるだろ」


 三人はそれぞれ不要な装備、道具を取り出す。だが、それでもまだまだ足りない。

 アントンが腰に下がった革袋から水晶を取り出す。


 「これも買い取ってくれるかの?」


 店主は水晶を受け取ると光に透かしてためつすがめつする。


 「上物だな。混じりっけなしの純水晶だ」


 また算盤を弾く。


 「これでどうだ」


 さっきより安くはなったが、それでもまだ手が届かない。


 「頼む。店主、俺たちは魔王を倒す旅に出ているんだ。もう少しなんとかならないか?」


 勇者の懇願に店主がほ! と鼻で笑う。


 「お次は自分が勇者だときたか! そう言うやつはあんたが初めてじゃねぇよ。みんな見かけ倒しのやつらだ」


 話にならないというように手をしっしっと振る。


 「この野郎……! さっきから好き放題言いやがって!」


 タオが激昂する。勇者がよせ、と制止する。

 そこへ扉が開き、女性ふたりが入ってくる。言うまでもなくセシルとライラである。風呂上りのため、ふたりからは石鹸の良い香りが漂っていた。


 「すみません、遅くなりました」


 セシルがぺこりと頭を下げる。


 「どや? キレイやろ? 寺院で新しい神官服と錫杖もろうたんよ」


 見ればなるほど、セシルの神官衣は神の加護を受けた純白の絹で織られた神官衣だ。以前の服と比べて動きやすそうに見える。


 「寺院の大司教さまにクラーケンを討伐して、魔王を倒す旅に出ていることを話しましたら、快く譲ってくださいました」


 セシルがにこりと微笑む。


 「それはそうと、なにか揉めてたん? おっきい声が外まで聞こえてたで」


 ライラが首を傾げる。とんがり帽子の先端の三日月の飾りがしゃらんと揺れる。

 「実は……」勇者が事の顛末を説明する。

 「あほくさ。そういうことならウチに任しとき。これやから男はぶきっちょでいかんわ」


 ライラの苦言に男三人がむ、と顔をしかめる。


 「じゃあ、お前ならどうにか出来るって言うのかよ」


 タオの文句にライラがちっちっと指を振る。


 「こういうことは女のほうが交渉事が得意なんよ。あんたらはそこで黙って見とき」


 そう言うとライラは棚から革で編んだ鞭を手にして店主のほうへしゃなりしゃなりと歩く。

 鞭をカウンターに置くと、彼女がそこに腰かける。そして猫なで声で店主に囁く。


 「ねぇ、おっちゃん。鞭買うたるから、しめてまけてくれへん? 勉強してくれたらお礼にええもん見せちゃうかも……♡」


 そう言うなり魔女の黒衣の胸元、豊満な胸をちらりとこれ見よがしにと見せる。


 「ガキには興味ねぇよ」


 店主の素っ気ない態度にさすがのライラも切れる。


 「おんどれぁあああ!! 人が下手に出てりゃ、舐めくさっとってぇえええ! ヤキ入れたるぁああ!」


 鼻息荒く鞭で店主に襲いかかるライラをアントンが後ろから押さえる。


 「落ち着け、ライラ!」

 「バカ、よせって! 殴っちまったら元も子もねぇだろ!」


 勇者とタオも制止する。ぎゃあぎゃあと騒ぐなか、ひとりセシルがととと、と店主のもとへ来ると「すみません! すみません!」とひたすら謝る。

 店主は鼻で溜息をつくとセシルに向き直る。


 「なぁ嬢ちゃん、あんたの仲間らは本当に魔王を倒しに行くのかい?」

 「はいっ。私たちは勇者様についていって旅をしているんです。ここに来る途中、クラーケンを倒したんです」


 クラーケンと聞いて店主の眉がぴくりと動く。今朝の騒ぎはもしかするとそれかもしれないと店主はうむーと顎を撫でる。


 「あの……不躾だとは思いますが、お安くはならないのでしょうか?」神官の娘がおずおずと問う。


 「しかしなぁ……」


 店主がセシルのほうを向くと、汚れを知らぬ聖女のごとき青く澄み渡った目がうるうると眼差しを向けてくる。


 この嬢ちゃんが嘘をついてるとは思えねぇし、まして神官さまだしな……。


 長考したのちに店主が思いっきり太股ふとももをぱぁんと叩いたので、騒ぎがぴたりと止む。


 「よぉし! 魔王を倒すというあんたらの言葉を信じようじゃねぇか。お代はツケにしといてやるから好きなもの持って行きな!」


 店主の予想外の言葉に勇者一行は驚きを隠せない。


 「ホントか!」

 「ありがてぇ! これで篭手が買えるぜ!」

 「それじゃミスリルの斧以外に他にもなにかもらおうかの」

 「えらい! おっちゃん、それこそ先行投資ってもんやで!」


 一行がそれぞれ店主を褒めそやす。ただひとり、セシルだけはすまなそうにしている。


 「あ、あの、なんだか無理なお願いをしてしまったようで……」

 「俺も男だ。男の約束に二言はねぇ」


 店主がセシルに向かって頷く。


 かくして一行はそれぞれ武器武具をじっくりと選び、めいめいが装備を整えた。



 勇者

 ・海鳴りの太刀 攻撃力+5


 ライラ

 ・漆黒の衣 防御力+3、回避力アップ

 ・レザーウィップ


 タオ

 ・白波の道着 耐炎系呪文の効果あり

 ・紅蓮の篭手 攻撃力+6



 アントン

 ・ミスリルの斧 攻撃力+4

 ・短剣3本



 「本当にありがとう!」勇者が代表して礼を言う。

 「礼は魔王倒して世界が平和になってから言いな。それまでツケといてやるよ」


 店主が初めてにかっと笑みを浮かべる。

 「おう!」と勇者が拳を握り締める。



 勇者たちが去ってからどのくらいの時が流れたろうか。

 魔王が死んだという噂は聞くが、実際にこの目で見るまでは信じられなかった。

 だが、ある日新聞を広げると一面に『魔王討伐!』の文字がでかでかと出た時には思わず笑みが零れた。


 あいつら、やりやがったな。


 新聞の宣伝効果もあって、店主の武器屋はまたたく間に地元はもちろん、遠方からも客が駆けつけるようになった。

 英雄、勇者の魔王討伐にあやかろうというのだろう。そういうわけで武器屋は本日も大繁盛していた。

 カウンターに座る店主は帳簿に目を落とす。帳簿の借方には勇者一行への売掛金、―――いわゆるツケの金額が記入されている。

 そしてその右側、貸方の売上金の欄は空欄のままだ。


 あいつら、まだ支払いに来てねぇんだよな……。

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