《間章 頼りがないのは良い知らせとは限らない》

 

 よく晴れた日、グラン地方のとある村にて、シンシアは洗濯物をぱんっと広げると張ってある綱に干していくと、「んーっ」と伸びをひとつ。

 空を見上げると、どこまでも突き抜ける青空がどこまでも広がっている。

 世間では魔王が現れ、世界を支配せんと各地で魔物がはびこっていると聞くが、この青い空を見るとにわかには信じられなかった。

 もっとも、今のところはだが……。


 あのバカ、今ごろどうしてるのかな……?


 「シンシアー、手紙が来てるわよー」


 母親が一通の封筒をひらひらと振りながら娘に呼びかける。


 「ほんと!?」


 シンシアは洗濯物を籠に置くと、母親から手紙を受け取る。

 やはり手紙は幼なじみからであった。ある日、突然天啓を受けたという幼なじみが魔王を討伐するために旅に出たのだ。

 伝説によれば魔王を倒す宿命を負ったものは神から天啓を受けると言われているが、それが幼なじみの彼だとはとうてい信じられなかった。

 旅立ちの日に、彼は旅先で必ず手紙を書くからと約束してくれ、こうして最初の手紙が届いたのだ。

 シンシアはさっそく便箋を開封して、幼なじみの下手な字で書かれた中身を読む。


 シンシア、元気でやっているか?

 俺はいま街を出て、グラン城の城下町の宿屋でこの手紙を書いてる。

 グラン城の王様に会って、なんとか俺が天啓を受けた勇者だと説得したところだ。

 もうすぐ宿屋を出て、これから次の街へ向かおうと思ってる。

 そしたら、またそこで手紙を書くから待っててくれ。


 追伸 村のみんなからもらったお金で剣が買えたんだ! お礼よろしく!



 読み終えるとシンシアは大事そうに手紙をしまう。


 そっか……あたしの知らないところに行っちゃうんだ……。


 手紙は冒険斡旋所ギルド が受け付けて配達する時もあれば、たまたま通りかかった冒険者に頼んで届けてもらうことがあるのだ。

 次に手紙が来たのは二週間後だった。


 シンシア、手紙が遅くなってすまない。

 いまグラン地方から離れたところの宿屋にいるんだ。実は魔物に襲われて、ケガしているところを修道院のシスターが助けてくれたんだ。

 シスターといってもまだ見習い神官だけどな。

 ケガは治ってきてるから心配しなくて大丈夫だ。

 そろそろ冒険に出るんだけど、驚かないでくれ。はじめて仲間が出来たんだ! 神官だからいつでも回復魔法受けられるからまさに巨人ギガント に金棒だぜ!

 また手紙を書くから待っててくれ。


 無事で良かった……とシンシアが胸をなで下ろす。

 こうして手紙で近況がわかるのは嬉しいが、同時にどんどん幼なじみが遠くへ行ってしまうのが分かって辛いものがある。

 次に来た手紙は安物の紙で書かれたためか、くしゃくしゃになっている。


 シンシア、俺はいま東の地方の酒場で宿を取って、そこでこの手紙を書いてる。

 なんと、またまた新しい仲間が増えたんだ!

 今度は魔女だ! すげぇだろ!?

 これで北東の洞窟のゴーレムが倒せるぜ!


 追伸 村のみんなからもらったお金で買った剣が折れてしまって、今は新しい剣を使ってる。

 このことはみんなには内緒にしてくれ。



 しばらくしてから届いた手紙は雨に濡れてしまったためか、中身も滲んでしまってほとんど読めなかった。


  ンシア、俺   に  けど、

 また、       んだ。

   武闘家の     

  手紙を    から、   

 時間が   から    



 文章がところどころ滲んで読めない箇所があるものの、こうして手紙を書き、届いたのだから、まだ無事なのだろうとシンシアは思うことにした。いや、ぜひともそうであってほしかった。



 次に届いた手紙は今までに届いたもののなかで一番上質な紙に豪奢な便箋が使われていた。

 封蝋を見ると、見たこともない紋章が押印されている。



 シンシア、元気か? おばさんも元気で過ごしているか?

 こんな立派な便箋が来てビックリしただろ?

 俺はいまローテン王国の宮殿にいるんだ。

 魔物に音を奪われたから、俺たちが魔物をやっつけたんだ。

 それよりすげぇんだぜ、ここの生活! 

 飯は美味いわ、風呂はデカいわ、豪華な部屋で休めるわ。

 そうそう! 忘れるところだった。

 また新しい仲間が増えたんだ! しかもドワーフだぞ! 力持ちで強いし、頼りになる男だぜ!

 ここでのんびりしたら、また冒険に出るから手紙待っててくれ。



 「ねぇ、ママ! また仲間が増えたんだって!」


 シンシアが母に報告する。


 「あら、賑やかになっていいわねぇ」


 この日を境に、幼なじみ、勇者からの手紙は来なくなった。

 手紙受けの前で待っても、配達人に聞いても、街のギルドに行っても、手紙は来てないと首を横に振るばかりだ。

 受付嬢のエリカによれば、最近強い魔物が出るようになり、それによって手紙が届かなかったりすることがあるのだとか。

 また、冒険者に手紙の配達を依頼しても金だけもらって手紙を捨ててしまうという悪質な冒険者もいると聞く。


 「大丈夫よ。きっと忙しいか、近くに手紙を出せるところがないから時間がかかっているのよ」


 シンシアの母が娘にそう言って慰める。


 「ほら、昔から言うじゃない? 便りがないのは良い知らせだって」

 「そんなのわかんないよ!」


 シンシアは叫ぶように言うと自分の部屋に閉じこもった。

 ベッドに横になると今までに届いた手紙を読み返す。

 手紙を鼻に近づけて匂いを嗅いでみる。そうすることで幼なじみの匂いが感じられるかもしれないと思って。

 一度、シンシアからも手紙を出したことはあるが、すでに街を出てしまったのか、宛先不明で戻ってしまう。

 最後に届いた手紙を読み終えると、枕に顔を埋める。


 無事だよね……? 手紙出せないくらい遠いところに行っちゃってるのかな……? それとも、もう……


 そこまで考えるとシンシアはふるふると首を振る。


 スライムやゴブリンにやられたら承知しないんだから……!


 閉じた瞼からじわりと涙が滲む。


 やっと手紙が届いたのはそれから数週間後だった。

 「シンシア! 手紙よ!」と母親がところどころすり切れた封筒を振る。

 母親から手紙をひったくると部屋に戻る。



 シンシア、手紙が遅くなってすまない。

 俺たちはいま辺境の宿屋にいるところだ。

 これから魔王の城がある闇の領域に入るから

 手紙を出せるのはここまでだ。

 ここらへんの魔物は強い。俺ひとりだと太刀打ち出来ないが、仲間たちと手を合わせてなんとか倒してる。

 シンシア、魔王は強い。とてつもなく強い。

 でも誰かが倒さないといけないんだ。

 はっきり言って怖い。すげぇ怖いよ。

 今度こそ死ぬかもしれない。

 でも、行かなきゃいけない。俺は勇者だから。

 シンシア、もし、無事に帰ってこれたら、お前に大事なことを伝えたい。

 だから手紙より俺を待っててほしい。

 そろそろ行くよ。かなり遠くまで来たから、この手紙が届くのに時間かかるかも……



 追伸 村のみんなに今までありがとうと伝えてくれ。

 おばさんには今までお世話になりましたと。

 それと、シンシア、ずっとお前のことが好きだった。



 ベッドに横になりながら手紙を読み終えたシンシアは俯く。


 あたしも、好きだよ……はやく、帰ってきてよ……ばか……。



 どんよりとくら く、厚い曇が空を覆うなか、人々はみな、この世の終わりだ! 終末の時だ! と口々に叫ぶ。

 村の周りには今まで見たことのない魔物が跋扈するようになった。

 シンシアと母親は食卓にてふたりで神に祈りを捧げている。


 神様……お願いです。どうかあたしの幼なじみを無事に帰してください……。


 数日後、さっきまで昏かった空が嘘のように晴れ、太陽がふたたび空に登ったとき、人々は歓喜に震えた。


 魔王が死んだんだ! 世界は救われたんだ!


 そう村人たちが快哉を叫ぶなか、シンシアはひとり食卓にて神に祈りを捧げていた。

 母親は所用で畑に行っている。


 絶対帰ってきてくれる……! 彼が戻ったら「おかえりなさい」と迎えてあげよう。

 そして、彼の伝えたいことに応えよう。


 シンシアが熱心に祈りを捧げている時、コンコンと扉をノックする音が聞こえ、扉が開いた。



 「ただいま」



 冒険に出る前と比べて、逞しくなった幼なじみはそう帰宅を告げる。

 シンシアは帰ってきてくれた幼なじみを目の当たりにして、涙を浮かべる。



 「おかえりなさい……!」



 抱きしめて、そして、彼の告白に応えよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る