《短編集 勇者とシンシアの場合》

 

 少し肌寒い風が吹くなか、勇者の妻であり、幼なじみのシンシアは手提げ籠を手に村の八百屋でどの野菜にするか迷っていた。


 「今日は良いものが採れたからみんな新鮮だよ!」

 「そうねぇ、じゃあこのトマトと玉ねぎを、あとパプリカはあるかしら?」

 「あいよ! 毎度あり!」


 野菜を手提げ籠に入れ、勇者と暮らす家に向かう道の途中で少女が屈み込んで何かを話しているのが見えた。こちらに背を向けているため、何をしているのかは見えない。


 「どうしたの? 大丈夫?」


 シンシアに呼びかけられた少女はひゃっ!? と頓狂な声をあげるが、すぐにシンシアだと気付く。


 「なんだ、おねえちゃんかぁ。びっくりしたよ」


 少女がくるりと彼女のほうを向いたので少女が手にしていたものが露わになる。


 「驚かせてごめんね。あら、これはなに?」


 少女が手にしているのは可愛らしいぬいぐるみが二体、それも見覚えのある顔だ。

 可愛らしくデフォルメされてはいるが、それはまぎれもなく……


 「もしかして、うちの人……?」


 「うん! おねえちゃんしらないの? いますごくはやってるんだよ! ゆうしゃさまとなかまたちのぬいぐるみがあるの!」

 「へぇ、すごいわねぇ。それでもうひとつのぬいぐるみは誰なの?」

 「シンシアおねえちゃんだよ!」

 「え!?」


 まさか自分がぬいぐるみになっていようとは。詳しく話を聞くと村に来た行商人からぬいぐるみを購入したのだとか。

 少女に手を引かれて「こっちだよ!」と案内されたところは村の中央、魔王討伐の英雄、勇者の像がある広場だ。

 くだんの行商人はその像の下で商売をしていた。


 「らっしゃいらっしゃい! 今大人気の英雄一行の可愛らしいぬいぐるみだよ! 今なら全部揃ってて、しかもお買い得だよ!」


 威勢の良い啖呵で村人がわらわらと集まっている。

 そこへシンシアがすみませんと掻き分けていく。やっと行商人の前まで来ると、並べられた商品――、英雄一行をかたどったぬいぐるみが並んでいる。

 少女が手にしていた、旅装束に剣を背負うのは勇者、神官衣に身を包むはセシル、とんがり帽子に黒衣の魔女はライラ、武闘着に黒帯を引き締めているのはタオ、ぬいぐるみのなかでひときわ大きく、顔を髭で覆われているのはアントン。

 それぞれ特徴をよく捉えて、なおかつ可愛らしさも併せ持っている。


 「勇者様をお買い上げの方はなんと! 限定品の勇者様の奥さんのシンシアさんのぬいぐるみがセットでついてくるよー!」

 「いったい誰の許可を得てあたしたちのぬいぐるみを作ってるの?」


 シンシアの顔を認めた行商人がげっ、と顔を強ばらせる。


 「あ、いや奥様もいらしてたんですかい? へぇ、いやこれはちょいとあたしも便乗させていただこうかなーと」


 ばつが悪そうに行商人はへこへこと頭を下げる。


 「お詫びと言ってはなんですが、このぬいぐるみ差し上げますんで……」


 行商人からささ、ささ、と受け取ったのは勇者とシンシアのぬいぐるみだ。


 「こんなのもらっても……あたしもう人形で遊ぶ年頃じゃないのに」


 ぶつぶつと文句を言いながらもしかたなく受け取り、家路につく。


 家の扉を開けると寝室からいびきが聞こえるところを見ると、夫の勇者はまだ昼寝中のようだ。


 まったく……。


 台所に入ると手提げ籠から野菜を取り出して木箱に入れる。

 次いで湧かしたヤカンから紅茶をカップに注いで居間の食卓についてひと息つく。

 この時間は彼女の少ない安息の時間でもある。

 紅茶を一口含むと、ちらりと手提げ籠に入ったままのぬいぐるみが目に入る。

 カップを置いて手提げ籠からぬいぐるみを取り出して再び卓につく。

 あらためて見ると勇者のぬいぐるみ独特の丸っこい形はむしろ今のだらしない体の勇者によく似ている。

 ふふと笑う。小さい頃、よく人形で遊んでいたことを思い出す。

 こうして人形を手にして夫婦に見立ててひとり二役をやったものだ。


 『いいかげん起きなさいよ!』

 『わかってるわかってるって』

 『わかってない!』


 テーブルの上で横に寝かせた勇者のぬいぐるみをシンシアの手を使ってぶんぶんと振ってむりやり起こす。


 『わかったわかった。起きるよ……』


 勇者の手を動かして朝食を食べさせるようにする。


 『ねぇ今月家計がピンチなんだからギルド行ってお仕事してきてよ』

 『はいはい』

 『「はい」は1回でいい!』


 シンシアの手を勇者の頬に当ててつねる。


 『いてててて』


 勇者をとことこと玄関に見立てた場所まで歩かせる。そこへシンシアが『待って』と引き留める。

 『なんだ?』と勇者をくるりと振り向かせる。同時にシンシアを勇者の近くまで歩かせる。

 『その、』と気恥ずかしそうに首を俯かせる。

 シンシア本人も頬に朱が差している。


 『行ってきますのキスを……』


 勇者とシンシアのぬいぐるみを少しずつ近づけて互いの口に当たる部分が触れようとする。


 「なにしてんだ?」

 「ひゃいっ!?」


 いつの間にか昼寝から覚めた勇者がシンシアの後ろに立っていた。

 ふぁ~と欠伸をひとつすると、テーブルの上のぬいぐるみに気付く。


 「どうしたんだ? このぬいぐるみ。なんか俺に似てるけど……」

 「あ、えっと、これは、その……」


 シンシアのぬいぐるみを素早く隠すと、勇者のぬいぐるみの腹をぼすっぼすっと何度も叩く。


 「あんたがいない時に、こうして代わりに殴るのよ」


 恥ずかしさと照れくささとこの場をなんとか誤魔化そうとない交ぜになった表情で顔をひくひくと痙攣させるシンシアを見て勇者はぞくりと戦慄する。


 俺、嫌われてるのかな……。

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