《短編集 セシルの場合》


 拝啓 


 春の温かさが一層感じられる今日この頃。ミルドレッド先生はいかがお過ごしでしょうか?

 私はここラメール地方の神殿にて大神官としての職責を果たしています。

 神殿に通われる方々はみな信仰心の厚い方で、熱心にお祈りされています。

 私も先生のような素晴らしいマザーになれるように日々精進を



 コンコンとノックの音がしたのでペンをうごかす手を止める。


 「はい、どうぞ」


 魔王討伐英雄一行のひとり、大神官のセシルが応える。


 「失礼します」と入ってきたのは侍女だ。

 「そろそろお時間です」

 「もうそんな時間なのですね。わかりました。今から行きます」


 セシルは恩師、ミルドレッド院長に宛てた手紙をそのままに部屋から出る。


 神殿の礼拝所にはすでに参拝者と信者が集まっており、大神官の説教を聞くために座って待っている。

 礼拝所の扉が開かれ、そこから大神官セシルが姿を見せると参拝者一同は佇まいを正す。

 セシルが祭壇の後ろへ回ると背後の信ずる神の立像イコンに手を組みながら礼をすると参拝者たちもそれに倣う。

 参拝が終わると彼女の説教が始まり、凜とした声で教えを説く。

 ある者は手を組んで真剣に聴き、またある者は涙を流しながら神と大神官に感謝の言葉を述べていた。


 「ふぅ……」


 説教を終え、参拝者に挨拶や手を握ってあげたり、悩みを聞いたりと彼等が礼拝所を出るまで見送るまでが午前の務めだ。

 その午前の務めが終わり、彼女はようやくひと息ついた。

 セシルは恩師に宛てる手紙の続きを書こうと踵を返す。

 礼拝所を歩きながら、手紙の文を考える。



 日々精進を重ねて、大神官の名に恥じぬよう、そしてゆくゆくは大司教アークビショップの職位につけるよう努力していきます。



 「セシルさまー」


 子どもの声が聞こえたので彼女の思考と足はそこで止まった。

 礼拝所の中庭から少女が目に涙を浮かべながら彼女のもとへと駆けてくる。少女は二体のぬいぐるみを手にしていた。


 「どうしたのですか? そんなに泣いて」


 少女の後ろからふたりの少年が後についてくる。ふたりともばつが悪そうな顔だ。


 「あのね、このお人形のすそをめくろうとしたの……」


 少女が差し出したぬいぐるみを見ると、金色の髪をした、裾の長い神官衣を纏ったそれはまさに……


 「もしかして、これは私をかたどったのですか?」

 「うん」


 聞けば英雄一行をかたどったぬいぐるみが各地で流行しているのだそうだ。少女は母親から買ってもらい、遊んでいたところを少年ふたりにいたずらされたのだ。


 「まあ」


 セシルはふたりの少年に向き直る。


 「あなたたち、女の子を泣かせるようなことはしてはいけませんよ? 神様は全てを見てらっしゃいます。悪いことをすれば罰が当たりますよ」


 セシルに説教されたふたりはしょげ返って「ごめんなさい」と謝る。


 「ん、よろしい」と神官はふたりを許す。ふたりの少年はその場を去った。


 「ありがとう! セシルさま!」

 「よいのですよ……あら?」


 セシルは少女が持っていたもう一体のぬいぐるみに気付く。

 旅装束に背に剣を携えた男をかたどったそのぬいぐるみを指さす。


 「これは勇者様ですね?」

 「うん! あのね、もしよかったらセシルさまと遊びたいんだけど……だめ?」


 少女がもじもじさせながら言う。その愛くるしい仕草で聞かれると断れない。


 「いいですよ。午後のお務めまで時間がありますし」


 少女の顔がぱっと明るくなる。



 『うぅ~ん。ここは……?』


 中庭の石畳で横に寝かせた勇者のぬいぐるみを少し動かして少女が言う。


 『ここは修道院ですよ。あなたは魔物に襲われてケガをしていたんです』


 神官のぬいぐるみを大神官セシルが自ら動かす。勇者とセシルの出会いを聞いた少女がぬいぐるみで再現する。

 人形劇は回復した勇者が修道院を出るところまできた。


 『先生、お世話になりました』


 少女がとことこと勇者を歩かせる。そこへセシルが『待ってください』と引き留める。


 『私も連れて行ってください!』


 懐かしさに思わずセシルの目に涙がこぼれそうになる。


 『本当にいいのか?』

 『いいんです。自分で決めたことですから』

 『セシル』

 『はい?』


 シナリオにはなかったが、彼女はとりあえず答えた。


 『好きだ!』


 いきなり勇者がセシルのぬいぐるみにキスするように顔と顔を近づけたのでセシルは顔を真っ赤にする。

 ぬいぐるみとは言え、勇者本人から告白されたような錯覚を覚える。


 「えへへー」と少女が笑う。

 「もう……大人をからかうものじゃありませんよ?」


 突然、セシルの神官衣の裾がぶわっと捲られた。

 「わいはっ!?」と方言で驚きの声。


 裾を押さえて振り向くと、さっきのふたりの少年が笑いながら逃げるところだ。


 「こらぁっ! 待ちなさい!」




 追伸 どうやら私に大司教への道はまだまだ険しそうです。


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