《聖伝の章① ある冒険者たちの物語》

 

 「今だ! ライラ!」

 「任しとき!」


 勇者の合図に東の地方の冒険斡旋所ギルドで新しく加わった仲間の魔女のライラが応え、素早く呪文を詠唱すると、一陣の風がひゅぅうっと吹いたかと思えばあっという間に竜巻となって、目前の魔物――ゴーレムを切り刻んでいく。

 ゴーレムは岩より生まれし魔物。故に風の魔法が弱点だ。

 竜巻でだんだんと岩の肉体が削られていくゴーレムが一際甲高い雄叫びを上げる。そして手頃な岩を掴むと魔女へと飛ばす。だが、岩は見えない壁に弾かれた。

 神官、セシルの防護壁の奇跡である。


 「おおきにな! セシルちゃん!」


 魔女を仕留め損なったゴーレムが口惜しそうにまた雄叫びを上げる。


 「これでトドメだ!」


 勇者がゴーレムへと跳躍し、剣を大上段に構えるとそのまま頭上へと振り下ろす。

 眉間に亀裂が入り、堪らずにゴーレムは抑えるが、バランスを崩して後ろへずぅんと地響きがするほど倒れたあとはすでにただの瓦礫と化していた。


 「討伐成功や!」


 ライラがとんがり帽子を押さえながら言う。


 「これで村の人たちも安心して過ごせますね」


 セシルがほっと胸をなで下ろす。


 「さぁ、村へ戻ろう」


 勇者が剣を鞘に戻して仲間たちと出口へ向かう。



 ゴーレムのいた洞窟がある東の地方にデンゲ村はある。

 村の人々は毎年、生娘をゴーレムに生け贄として捧げていた。だが、それも今年で終わりだ。

 ゴーレムを討伐した勇者たちがデンゲ村の入り口の門を潜ると、村人たちがざわめく。


 「あ、あんたら……本当にゴーレムを倒したんか?」

 「ああ! もう大丈夫だ!」


 村人が「えれぇこっちゃ!」と踵を返し、「長老さまに知らせねぇと!」と長老のもとへと急ぐ。周りもがやがやと騒ぎ始める。


 「な、なぁ、ちょっと様子が変やない……?」


 ライラが周りを見渡して言う。


 「きっと突然のことで動揺しているのでしょう……」


 セシルが錫杖を握りしめる。程なくして長老が杖をつきながら勇者たちの前に現れる。


 「あんたら、本当にあのゴーレムを倒したのかね?」


 白髭で覆われた口から嗄れ声で長老が聞く。


 「おう! もう生け贄に悩まなくて済むぜ!」


 勇者がにかっと笑う。だが、それに対する長老の反応は意外なものであった。


 「たわけ! なんと……なんということをしてくれたんじゃ!」


 長老がぷるぷると震える指で勇者たちを非難する。


 「え?」


 これには三人とも困惑した。


 「あのゴーレム様に生け贄を捧げることで、この村は魔物から安全に暮らせたんじゃ!」

 「んだ! おめぇら、いったいどうしてくれるんだ!」

 「うちの娘の犠牲を無駄にしないで!」


 周りの村人たちが口々に非難する。しまいには石を投げつける子どもまで出て来た。


 「でていけ! にどとくるな!」


 子どもの投げた石が勇者の額に当たる。


 「ちょっと! あんたら……!」


 ライラが手で石を避けながら咎めようとするが、それを勇者が止める。


 「よせ、ライラ。残念だが、俺たちがやったことはこの村にとっては良いことじゃなかったんだ……」


 勇者がぺこりと長老に頭を下げるとくるりと背を向け、門のほうへと歩く。

 勇者たちの背中や頭を村人たちの罵倒や投げた石が当たる。


 「さっさと出ていけ! この罰当たりが!」

 「余計なことしやがって!」


 門から出ると、曇天からぽつりぽつりと雨が降り始め、地面に染みを形作る。

 勇者とその仲間たちの足取りは重かった。

 セシルは錫杖を握りしめて涙をこぼし、ライラが彼女の背中をさする。

 勇者は顔を真上に向ける。雨で涙を洗い流すように。


 勇者たちの魔王討伐の旅はまだ始まったばかりである……。

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