《第十五章 大きいほうが良いことばかりとは限らない》

 

 勇者とシンシアが暮らす家の寝室にて勇者は頭から毛布を被っていた。

 枕の上に置かれた本のページをぺらりとめくる。そこには勇者と城から助け出した姫とのくんずほぐれつが繰り広げられていた。いわゆる『えっちな本』である。

 勇者はごくりと生唾を飲みこみ、官能的な文章を読み進めていく。

 やがて勇者が姫の豊満なふたつの膨らみを揉みしだこうという時――――


 「いつまで寝てんのよ!」


 シンシアの拳骨が毛布越しに直撃する。


 「ってぇ!」


 慌てて読んでいた本をベッドの下に隠す。そしてひりひりと痛む頭を押さえる。


 「休日くらいゆっくりさせろよ!」

 「あんたは毎日が休日でしょ!」


 夫の勇者の文句にシンシアがぴしゃりと返す。

 さっさと着替えてご飯食べてよね! と言い残して部屋を出る。

 ひとり寝室に残された勇者はのろのろと着替える。ちらり、と隠したえっちな本を見やる。


 あいつも、この本に出てくる姫くらいの胸があれば言うことないんだが……。


 耳が痒くなってきたので小指でほじくる。居間に出ると朝食が用意されている。シンシアは食べ終えた食器を洗っているところだ。


 「さっさと食べちゃってよね!」


 シンシアの文句に勇者が「へいへい」と返事しながら食卓につく。

 シンシアは洗い終えると、風呂場へと入る。風呂掃除でもするのだろう。


 「いただきます」


 そう言ってからオムレツを口に運ぼうとした時、顔をまだ洗ってなかったことに気付く。

 洗面所は風呂場と併設されている。勇者は風呂場へとのろのろと歩く。ぽりぽりと尻を掻きながら。



 「むぅ……やっぱり合わない……」


 洗面所の鏡の前でシンシアが服の下から外したビスチェを胸に当ててみるが、実り乏しき胸ではわずかに大きさが足りない。

 以前、ローテン王国に出立する際に見つけた下着(第十二章参照)だが、元は仲間のものなので、合わないのは当然と言えば当然であった。


 このサイズからすると、持ち主はきっとセシルさんね……。


 勇者一行のひとり、神官のセシルに思いを馳せる。


 あたしも、ライラさんとまではいかないにしてもセシルさんくらいあったらいいのに……。


 ふぅ、と溜息をつきながら、自らのわずかに膨らみのある胸を見下ろす。


 そう言えば、前に友だちから聞いたけど自分で胸を揉むと効果があるとか……。


 試しに、と揉んでみる。両側から挟んでみたり、鷲掴みにしたり、下から膨らみを寄せて上に上げるようにして離すとわずかにたゆんと揺れる……感じがしないでもない。


 ばかみたい……。


 ふぅ、とまた溜息をついたときだ。ドアから勇者がこちらを見ていたことに気付いたのは。


 「あ、その……失礼しました」


 ぱたんとドアが閉まる。


 シンシアは勢い良くドアを開け放つと勇者を壁に追い詰める。


 「いつから見てたの……?」


 シンシアが鬼の如しの形相で睨む。


 「えーと……おっぱい揉んでたところから」

 「今すぐ忘れて! 3回死んだあと蘇って!」

 「3回死ぬ必要性がどこに!?」


 シンシアがどこから取り出したのか、鋼の剣で斬りかかろうとするところを勇者が真剣白刃取りでぎりぎりと押さえる。

 途端、剣からふっと力が抜ける。


 「やめた。こんなことでケンカしても意味ないし」


 シンシアが剣から手を離す。勇者が慎重に剣を下ろす。シンシアが食卓のほうを見る。朝食はほとんど手つかずだ。


 「朝ごはんまだ食べてないの? さっさと食べて。洗わないといけないんだから」

 「顔洗ってから食べるつもりだったんだけど……」


 ぶつぶつと溢しながら、食卓につく。また耳が痒くなってきたので小指でほじくる。


 「ちょっと! 食事中に耳ほじくらないでよ! 汚いじゃない!」

 「だって耳が痒いんだよ」

 「ちょっと見せて」


 シンシアが窓から差す日光を頼りに勇者の耳の穴を覗く。


 「うわ、耳垢けっこう溜まってるわよ!」


 ちょっと待ってて、と戸棚の引き出しから耳掻きを取り出すと、勇者の隣にちょこんと座る。


 「ほら、ここに寝て」


 ぽんぽんとシンシアが膝を叩く。「いいよ別に」と断る勇者の耳を「いいから!」と引っぱって無理やり寝かせる。

 耳掻きを穴に入れて耳垢を取り出し始める。


 「ダメじゃない。こまめに取らないと」

 「めんどくせぇんだもん。イチチ……」

 「動かないで。下手したら脳みそほじくるわよ?」

 「はいはい……」


 耳垢がけっこう取れたのか、耳がスースーしてくる。


 「なぁ、シンシア……俺は別に胸が小さくても可愛いと思うぞ」と勇者が膝枕のままで言う。

 「ふん、どうだか」と言いつつもシンシアの頬に朱が差す。


 「世の中、大きいほうが良いとは限らないって言うし……俺の体より大きくて強い魔物も何度か倒したしさ……」

 「そうね。確かに胸が大きいと、こうして耳掻きの時に耳の穴が見づらいしね。はい、お終い。片方やるから顔こっち向けて」

 「おう」


 勇者が頭をごろりと動かそうとする。だが、勇者が顔を真上に向けたまま止まる。


 「? どうしたの? まだかたっぽ終わってないわよ?」

 「ん、いや胸が小さいと良いこと、もうひとつ見つけてさ」

 「なに?」

 「こうして膝枕すると、お前の顔がよく見えるぜ」


 膝枕のまま真正面から見つめられたシンシアはかぁっと顔を赤くする。


 「バカ言ってないで顔こっちに向ける!」


 ぐいっと耳たぶを掴んで強引に引き寄せる。


 「良いこと言ったつもりなのに……」


 ぶつぶつと膝の上で勇者がこぼす。

 「どーせあたしは貧乳ですよーだ」とシンシアが拗ねる。

 「そんなに胸で悩んでるなら俺が一肌脱ぐけど?」


 勇者の提案にシンシアが耳掻きをずぶりと深く突き刺す。

 たちまち居間で勇者の悲鳴が響いた。

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