第二幕 19話 Evil Story



 「aloyooooo!!!!」



 有象無象の異形の群れが吼えエスに向かって波となり急襲する。辛うじて形らしいカタチを保つ異形達からは知性どころか獣性も感じさせない無機質な事象として顕現していた。


 「またくだらねぇ怪物どもばかりか、ああァ!!?」


 それらを一瞥するなり抜刀──魔狩りヴェナンディを解放し、一閃する。

 赫き刀身が獣じみて群れの眼前を薙ぐと、波と化していた群れは瓦解した。雑にあしらっている様に見えるが、その実、洗練された戦闘技術によって成される業だ。

 群れは瞬間にして肉塊へと変わり辺りを血の匂いで満たした。


 「雑魚に用はェ」


 どちゃ。

 崩れ落ちた怪物の死体を強く踏みつけ、エスは第三階層の先へと進んでいく。


 現在エスのいるフロアはかつて乗り込んだことのある次元断層によく似た迷宮であった。無機質な機械化空間が広がり、前階層の様な広々とした空間ではなく、狭苦しい天井と壁に囲まれた廊下ばかりが続いている。その上、至る所に先ほどの様な怪物が生息していた。


 「察するに研究所みてぇな所か、ココは。だとすりゃ人を怪物化させる技術はここで──チッ! だとしたらココにあるのは……」


 フロアに蔓延る無数の怪物、エスはそれらを薙ぎ倒し、斬り伏せ、叩き潰してはいるが一向に次の階層への道は見つからず、焦りと同時に、そこから来る怒りに身を燻らせる。


 また、エス自身、壁の破壊など、物理的に空間を突破する方法を試しているが効果は無い、それどころかこの空間には傷一つつけられはしなかったのである。

 

 これまでの戦いを『ゲーム』と宣った男。ヤツが今も自分をどこかで観察している──その胸糞の悪い事実にエスは唇を噛んだ。 


 「エンヴィリオ……!」


 そして歩を刻みながら怨敵の名を呟く、肉を踏みしめる濡れた音が、乾いた靴音に変わる頃、エスは正面から迫る敵意に気付いた。


 尋常では無い敵意。それは最早殺気と言うよりは激しい『憎悪』であった。


 「ハッ──ようやくお出ましか、てめェをぶっ倒せば先に進めんだろ?」


 黒く歪んだ影が、音も無くエスの前に立っていた、瞳にどす黒い感情を湛えながら。

 それは巨躯の男であった、背に大剣を背負った影、間違いなく人であった何か。


 「がアァァアアッッ!!」


 影が吼える。


 「あんまし騒ぐんじゃねェよ、バケモンが集まんだろうが」


 魔狩りの切っ先を眼前に立つ『憎悪』へと向ける。『憎悪』もそれに応える様に自らの得物へと手を伸ばす。


 「──相手してやる」


 瞬間、駆け出していたのはエスであった。『憎悪』が得物を構えるよりも速く、魔狩りの切っ先はその心臓部を捉えていた。

 

 だがエスはその手に伝わる感触に、舌打ちをして『憎悪』から距離を取る。怪物とは、やはり生物・・とは根本的に何かが違う、その事を知らしめるが如く『憎悪』は平然と心臓部に空いた穴を自動的に修復していた。


 「毎度毎度、嫌になるぜ……ったく」

 

 空気が揺れる。振動となってエスへとそれ・・が伝わる。この場を支配する圧倒的な感情くうき──憎悪が。


 緩慢な動きで『憎悪』は得物──背負った大剣を握り、エスへと向ける、ただそれだけの動作がエスに強烈なプレッシャーを与えた。

 

 「理性がある……様にゃ見えねェな。それにしちゃ纏う空気がらしく・・・ェ」


 顳顬こめかみに汗が伝う感触に、他者からは視認出来ぬ白霧の内でエスは苦笑する。

 VIAを繰る者であれば嫌でも解ってしまう。強者のみが持つプレッシャー、幾多の怪物を屠って来た者は、みな心の重さ・・・・を増している。いつしかその重さで、人は人のままでも怪物に成り果てる。殺せば殺すほど心は怪物になっていく……エスの前に立つ影はその類であった。


 ──退くな! 心の内で唱えるも、エスの足は影に対して踏み込もうとしない。


 くそッたれ。唱える間に影は大剣を振り下ろしていた。


 「──ぐッ、おぉッ!!」


 天井を削りながら力づくで振られる大剣が迫る中、直感的にそれをいなすことが不可能と感じ、エスは横に転がる事で回避する。

 エスが体勢を立て直す間も無く、影は大剣を横薙ぎに振るう。


 「まじぃな……!」

 

 迫る大剣に対し、エスは咄嗟に跳び上がる。

 直後、鉄がぶつかり合う音が響く。床に突き立てられた魔狩りと大剣の刃が衝突していた。

 魔狩りを支えに宙に上がったエスは影に視線を定め、赤布の槍を放つ。放たれた槍は三本、全てが影を貫くが、それを意に介した様子もなく、影は弾かれた様に空いた左腕をエスへと伸ばす。


 「がふッ……!」


 鈍い音が一つ。音ののちに魔狩りと共にエスは機械の壁に叩きつけられ、背に電流が走るのを感じた。

 内臓が裂け、血が逆流し血反吐を吐く。

 エスはグラつく視界を定め、立ち上がったが影は再度容赦なく大剣を振り下ろす。


 ──避けられねェ。


 魔狩りで受け止めるが、影の剣圧にエスは膝を着かされる。


 「潰れろ」


 影が微かに呟く。


 「まだ、意識があんのか……!?」


 エスが言葉に気を取られた瞬間、影の眼光が揺らぎ、更に大剣に力が込められると、エスの肢体は限界を超えぶしゅぶしゅと血を噴き出す。


 筋肉の裂ける痛みに喘ぎながらもエスは自身を押し潰そうとする刃を押し返そうと力を込める。


 ──痛。自分でも正気とは思えねェが、死ぬよか何倍もマシだ……! 元より身体の事なんざ今更だッ!


 「う、オおぉぉぉおあッッ!!」


 噴き上げる血と共に押し込まれる刃を持ち上げ、立ち上がる。

 影は刃を退き、エスと距離を取る。この時点で差は明らかだった。


 片や無傷の怪物、片や全身から血を噴き出し満身創痍のエス。戦闘センス、膂力、武装、どれを取っても現在のエスでは及ばぬ相手である。

 息を荒げエスは影を見据え、魔狩りの柄を強く握り締めた。

 まだ戦いは終わっていない、とエスは闘志を明らかにした。対して影は刃も構えずにエスを暗澹とした瞳で見つめていた。

 

 「何故お前は抗う」


 「……あ?」


 「何故お前は抗っている」


 「ハッ……戦だからだろうが、勝てねェからって無抵抗でやられるほどお上品じゃないんでね」


 唐突に投げかけられた『何故抗う』の真意を理解出来ずエスは影を皮肉った。しかし、影は言葉を続けた。


 「違う。お前が抗っているのは俺に対してでは無い」


 「そりゃ、どういう意味だ……?」


 影は、ゆっくりとエスの頭部を指差した。


 「お前は、お前自身に抗っている」


 瞬間にしてエスの腕に衝撃が走った。


 「おいおい、油断を誘ったつもりなのか……!?」


 魔狩りと大剣の衝突に火花が散る。影は変化の無い瞳でエスの白霧を見つめていた。


 「悪と対峙する。その意味が分かるか」


 「さっきからよく喋るじゃねェか……!」


 エスの言葉は普段通りだが、その語気には余裕が無かった。


 「悪とは、個人が定めるモノでは無い。自らが悪であろうとする意思のみが悪を定める」


 「だから、なんだ……?」


 「即ちこの世において真の悪は存在しない」


 大剣が魔狩りごと薙ぎ払われ、エスの身体は宙を舞って壁に衝突する。影は大剣の先をエスに向けながら距離を詰めていく。


 「だが、それは少し前までの話だ。今は存在する」

 

 影がエスの首元に剣先を突きつけ、止まる。


 「絶対的な悪あるいは究極的な悪は在る」


 「だから、どうした……?」


 剣先には目もくれず、エスは真っ直ぐ影に対して言い放つ。


 「お前たちは盲目だ。お前たちは全てを見ようとするが故に何も見えていない。見ているつもりになっているだけだ」


 「それはComのことを言ってんのか」


 「そうだ。未知を既知へ置き換える。その所業の意味を吐き違えている。真に既知であると言えるのは物事の真理に到達してから語るべきだ」


 「イマイチ要領を得ねェな……結局、何が言いたいんだ?」


 その時、エスは影の瞳が僅かに揺らぐのを見た。


 「世界には、理解してはならない事もあるという事だ、その盲目さは致命的だと知れ」


 その言葉を聞くと同時に、エスは胸を貫かれる感覚を味わいながら、意識を深い闇に沈ませた。


 

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