第6話 相棒


 その身に幾つもの実を纏った塊が筒の中を垂直に落ちて来た。


 体の周りから生やした臓物の様な四肢が爬虫類じみて筒の内側を支えに真ん中まで来ると目玉を周囲へと向ける。実の様に見える目玉は中心に黒色の瞳孔を持ち、複数のそれが周囲を観察すると、周囲の機械やガラス張りの檻が紙を丸めるかのごとく音も立てず自然結晶の様な刺々しいガラクタへと変わった。


 「また懐かしいモノを持ってきたな。見ろユエシィ、ありゃ異世界人だぜ。ほら、目玉が人間の物だ。何人分の目玉かは知らねぇけどな。兎に角中々に無差別極まり無いタイプのMOだ。お前、絶対標的にされるなよ? 紙クズみたいにされるからな」


 「は、はぁ!? 無理!」

 

 喚くユエシィとは逆にエスは落ち着き払い周囲の壊滅具合を見て、それが自分の記憶の中にある怪物と同存在である事に懐かしみを感じている。しかしその手には既に青白の円から引き抜かれた赤い布に包まれた不気味な刀剣が握られていた。臨戦態勢を取るエスの側でユエシィは頭を抱えしゃがみ込み、自分の所に攻撃が飛んでこない事を案じている。


 目玉の怪物の〈視線〉は円筒には効果が及んでおらず、怪物は自らの膂力でガラスを破ろうとしている。恐らくはあと数秒で怪物は外に飛び出す、それを想定すれば事は短期決戦の方がよい。


 そう考えたエスはユエシィから離れ別の端末の裏へと回り込む。目玉の一つがそれを追い、影の隠れた端末をすぐさま結晶に変える。再度影は別の端末へ──それを目玉が結晶に変える──その繰り返しが三度ほど行われた頃、エスは階を上がる階段の近くまで来ていた。


 「んー……一撃でアレを葬る方法をあと五秒で考えないと」


 それこそ荒唐無稽であるのはエス自身が理解出来ている。だがそう出来る人間でなければあの手の怪物と渡り合う事は不可能である。そう、知恵や策略で立ち向かうにはあまりにも人間は弱過ぎた。あれらはみな、人智の及ばぬ人智であるのだから。


 考えている内にも結晶化が迫り、階段の下の方や二階の端末が結晶になりじきにエスへと至ってしまう。猶予はない。決断が迫られた時、エスは、仕方ない、と呟くと青白の円に腕を突っ込んだ。


 ついに結晶化の波がエスの姿を露わにした時、目玉の怪物が捉えたのはエスと……その片腕に装着された大筒だった。


 大筒は青と黒の流線が交じり波の様。青色だけが発光の明滅を繰り返し、脈打っている。形状は後方から先端に掛けて窄んで行き、先端はライフルの銃口に似ている。人間一人大のそれを軽々と怪物へと向けた。


 右腕を目標と水平に構え、左手は大筒の背に乗せられている。照準は定まった。だがまだ放つ事は出来ていない。視線が届くのが先か、大筒が放たれるのが先か。


 「超自我固定──掌握プロセス実行、代行権限獲得──仮想精神具現化、魂殻化実行──アルザルへ接続──」


 青い光に気付き、ユエシィが顔を上げる。


 「──あれって……嘘でしょ……」

 

 光に見とれているユエシィの頭上で目玉の一つがぐるんと彼女の方へと向き、姿を捉えた。


 「馬鹿野郎が──伏せてろォ!」

 

 聞いた事のないエスの焦燥感の篭った声に、ユエシィは咄嗟に頭を下げ、姿を隠す。目玉は標的を失い僅かに彷徨うと再びエスへと意識を向ける。


 「だが、おかげで間に合った──」


 エスの腕の付け根からすっぽりと覆い隠し、腕そのものが大砲と化す超常の兵器。鳴動する青黒の大筒は発光する箇所に光を取り込み、空気を裂く音を発す、次第にその音は大きくなると銃口の奥底に青い火が灯った。


 「能力実行──……星の音」


 それが起動の合図か、声と共に青い火が大きくなる。ライフル程の銃口からは青い火が上がり、発光する流線からも同様に青い煙が吐き出される。叫び声に似た発砲音と共に大筒の先から光を放ちながら青い弾丸が飛び出していった。


 進む先は結晶の向こう側、発生原因たる目玉の主。葡萄の怪物だ。目玉は白霧の男の前に現れた小さな弾丸に視線を集める。

 その小さな脅威を結晶に変えてしまおうと凝視した。銃弾は視線の与える超常の圧力に負けず直進していくが、怪物は理解せずに見つめ続けている。

 

 「潰れねぇよそれは。物質じゃないからな、それは形に見えるだけの『声』だ」


 エスの腕に纏われた青黒は光を失いその身から剥がれ落ちる。形成する力を失ったのか、風化した泥の様に崩れると、光の粒子になって消失した。

 青い声が怪物を貫くと悲鳴が溢れ出し、直後に怪物を燃やした。きいい、という金属の擦れる音が幾つも生まれ、青い炎が怪物の肉を焼き尽くしていく。音は聴く者にもその痛みを伝える様な不快音で、まともに聞けば正気を失うだろう。


 怪物の張り付く円筒の中は青い炎に満たされ、そこだけが焦熱地獄の様相を持った。内で焼かれるばかりの怪物は身体の端々を炭へと変え、枯葉が自然に落ちていく様に肉を零し、怪物の最後はひとひらの葉が地に落ちる様に音も無く訪れた。


 ◇


 「ふう、まぁこんなもんか」


 まだ燃えている円筒を見上げ、エスは右腕をぐるぐると回し纏っていた兵器による負荷をその身で実感していた。


 「あー……これやるとやっぱキツイな。めっちゃ思考にノイズが入る」


 故障しそうな頭を振り、一先ず気を持ち直すとユエシィの方に目をやった。

 まだ怯えているかと思っていたエスだが、彼女は既に立ち上がって、辺りを見回している。その姿は周囲を警戒する兎の様である。


 「おい。お前はもう機械に触るな、ロクでもない事ばっか起きる」


 背後から声をかけられ、ユエシィがびくっと跳ねる。


 「……いじらないわよ。ただ……一つ気になって」


 再び辺りを見回し、ユエシィは何かを探している。というよりかは何かを確かめている様にも見える。周囲はエスの放った兵器の名残や結晶化した物質でぐちゃぐちゃになっている。瓦礫の国から彼女はその何かを見つけたのか、そこへ駆け寄っていく。


 「あった! コレよ!」


 そう言って彼女はエスに向けて一枚の雑巾を掲げる。


 「なんだこのボロ切れ」


 「よく見て! 見覚えない?」


 言われてエスはボロ切れに顔を近付ける。傍目には薄汚れた茶色の布切れにしか見えなかったが、実際は羊皮紙であった。そこにほとんどシミみたいな文字か或いは文様が描かれている。


 「〈ゲヒルン・ミステリアム〉か……」


 理解した様にエスが呟く。


 「それよ……! 

 私から奪った情報とかその他諸々もきっとアイツらのとこにあるハズ……! 行くよ!」


 身体を怒りに震わせると眼に炎を灯し、彼女は入ってきた扉の方へとずかずかと歩いて行く。


 「行くって? まさかドイツにか?」


 突き進んで行く彼女の背中に向け問いかける。エスの内心は正直かなり面倒くさいという堕落があった。


 「当たり前でしょ、放っといたらアイツらきっと〈深淵〉並みの大災害引き起こすに決まってる……!」


 「おいおい。なぁ欧州はもう国なんざ残っちゃいないんだからな? あそこは二年前にとっくに滅んでんだ、お前みたいな仔ウサギ一人でどうにかできる問題じゃないんだって分かる?」


 ユエシィが立ち止まる。それを見てエスはまたビビったか、と呆れ果てたが……彼女は振り返って人差し指をエスに向けて言い放った。


 「アンタが私を守りなさい! 

 私はアンタの相棒なんだから!」


 堂々と、胸を張り、銀髪を舞い上げて言い放つ姿は仔ウサギに見えなかった。元々の容姿の良さもあるが、この時の彼女は支配者然としていた。


 唖然とするエスと、ニヤッと笑みを浮かべるユエシィ。エスはそれを鼻で笑う。


 「ああ、そうだ。俺達は相棒だ、俺がお前を助けてばかりだがな」


 「うっさい。でもさっき間に合ったのは多分私のおかげでしょ」


 進みながら互いに不満を口にして、口論をしながらブラジルの次元断層に造られた研究施設を後にした。

 外は既に夜、不気味なイゾラドも紫の雲も今や形が無かった。


 平原の空には星の無い暗闇が広がっていた。



 二人が向かう先はかつてはドイツと呼ばれた欧州の国。二年前に亡び、今は怪物とそれを狩る者が蔓延る暗黒大陸であった──

 


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