Com-Against Anomaly-

ガリアンデル

Case 0 アスワン南部事件



 エジプト南部 アスワン

 この都市は南の辺境に位置し、乾いた空気と熱に満たされている。

 その様子は神の威光、その眼差しが地を焼くかの様な灼熱の土地である。

 未だ多くの遺跡を残し、伝承と神秘の香る都市は今や観光都市としての賑わいも見せるが、現在はそのメインストリートですら観光者どころか現地民であるヌビアの人々も一切の姿が無い。

 代わりにあるのは転々と市街に転がる、乾燥した人型の肉であった。


 封鎖されたアスワン市街地、観光のメインストリートに入るその入り口付近で一人、エジプトの神秘性にそぐわぬ格好の男がいた。

 黒い戦闘服に身を包み、顔は靄がかかった様に認識出来ない、彼はこの異常に際しアスワンへと派遣された特殊部隊の一人である。

 男は柱の陰で屈み、耳骨近くに手を当てると低い声を発した。

 

 「ジプシー○九コード:S《エス》 現場へ到着した。対象MO及び指令情報を要求する」


 「要求を承認。現時点を以って当該地域を第五禁域指定とする。

 配置された局員は直ちにダウンフォールフェイズに移行。

 対象は〈M分類〉識別カラーは無色。

 局員の安全は優先されない

 尚現地におけるA《アヴォイド》プロセスは終了している。よって一般人の保護は作戦に含まないとする」


 以上、と無機質に放たれた言葉を最後にエスの持つ無線機は沈黙した。今流された指令はエスの所属する〈愚者ジプシー部隊〉の全員が受け取った。既に各隊員が行動を開始し、指定禁域内の探索に当たっている。

 

 エスも同様に索敵を開始するのと同時に対CL《カラーレス》装備を確認する。腰に装備されているのは携帯型電磁加速砲レールガン、CEC《シック》ナイフ、DDグレネイド、の三つの武装が支給されている。加えて部隊支給されている装備で最も高価であるDER《差異事象認識》レンズを眼球に装着しており、およそ万全の装備ではある。


 だとしても彼らの生存確率は限りなく低く、それもゼロに近い確率となる。彼らジプシー部隊がこれから相対するのは凡そが人間ではない。

 ──Mysterious-Origin 神秘由来を意味するところの略称、それが〈MO〉である。


 それらは神話の怪物であったり、宇宙人であったり、異能力者であったりする。中には人知の及ばない被造物や現象、魔術や魔法、奇跡でさえもその分類に入る。

 それを相手取るジプシー部隊、彼らはそう言った神秘と対峙する事が仕事である。


 エスがメインストリートの中程まで来たところで他隊員より、通信が入った。


 「こちらジプシー〇三、対象MOを発見。座標位置送信と共に状況判定を行う。……判定は安全セーフ。対象はアヌビスの様な頭部に首から下は千手の様に複腕が幾つも存在している。サイズは1.9メートル。DERへの反応は無し。

 タイプ不明アンノウンよって観察を開始する」


 「了解。各員は座標確認後、〇三をポイントに効果範囲測定陣形を敷け。現状一番近い俺が第二測定域を担当する。他隊員は距離の近い順に十メートル間隔を維持しろ。

 〇三、対象は敵意を感知するタイプの可能性もある。観察には注意しろ。以降五分毎に状況判定の報告を行え、通信の無い場合状況判定を即時に危殆ブラックと判断。

 ダウンフォールフェイズを開始とする」


 エスは〇三と他隊員七名へ指示を送り、座標を確認する。〇三は現在ここから十数メートル離れた家屋の屋根から対象の観察を開始している様だった。〇三からの情報で、対象が直ちに攻撃的になるタイプではない事、異能高次器官型で無い事が判明した。

 だが、それが同時に安全に直結する訳ではない事をジプシー各自が認識出来ている。


 

 エスの指示に対し〇三から「了解」と通信を返した。


 「安全セーフを保てている、か。道中にあった〈乾いた人型〉だけが気掛かりだ」


 引き続きエスは〇三との距離を保つ事に意識を向ける。他隊員も測定陣形を築き始め、MOとの接近遭遇が開始される。エス個人は出来ればこのまま終了フェイズまで持っていきたい所だが、局の指令はダウンフォール《衰亡》だ。恐らくは第六種死亡者の発生は免れないであろう事が予測出来ている。

そうなれば、状況は最悪だ。

 MOとの殺し合い。それはエス達が全滅するか、MOを殺すか、そのどちらかの結末しか残っていない。


 五分──エスがそう意識したと同時に通信が入る。〇三からだ。


 「状況判定を即時に危殆ブラックへ更新。十メートルの距離を取っていたが、対象が突発的に敵意を発し接近してきている。可能な限り迅速に援護体制を敷く様よ──」


 通信が途切れ、〇三の反応が消失する。

 やはりか。エスは通信を聴きながら既に〇三のいた場所へと駆け出していた。範囲測定は出来なかったが、もし対象が次に襲うとしたら俺だ。突発的に敵意を発現させたのは謎だが、こうなってはもう手遅れだ。


 エスは跳び上がり、家屋の上を渡っていく、対象の位置まで数メートル、ここからでもまだ姿を認識出来ていない。


 情報が少な過ぎる。対処の想定出来ないMOの危険は未知数である。仮に破壊出来たとしても、それが本質的な破壊とはならない場合もある。エスは最悪を憂いていた。


 そうして消失ポイントに到着して、すぐにある物を発見した。

 辺りに装備を散乱させ、肉体が剥き出しにされた状態の〇三──だったもの。


 それは道中で見たものと同じ、〈乾いた人型〉要するにミイラであった。

 状況を見たエスは各隊員へ通信を行う。


 「対象を神話由来と判定。判明している能力は人型をミイラへと変化させる。方法は不明だが、接触を避け遠距離での対応とする。

 俺が対象と相対している間に包囲陣形を敷き、レールガンでの射撃とDDグレネイドによる完全抹消を行う」


 「了解」

 

 他隊員がその指示を受けるまでもなく、ポイント周辺を囲うように動き出したのを端末で確認し、エスは屋根から市街に降り立つ。

 数メートル先にアヌビスと千手観音像を足した様な異形の姿を確認し、レールガンを構え、接近を試みた。


 「よぉ、犬コロの神様。そんなに剥製を作るのは良いけど、出したならちゃんと片付け《納棺》しろよ」


 アヌビスが頭部をエスに向け回転させようとしたと同時にレールガンから電光がはしる。一秒と掛からず、放たれた弾丸はアヌビスの頭部に命中し、辺りは衝撃波によって砂塵が捲き上る。対象が物理依存のMOであれば、今の一撃で多少なりとも損害は与えられている筈である。だが、エスのDERの表示はただ一つの言葉が表示されている。


 『対象:変化なし』


 「は、だろうな」予測通りとエスは判断し、次は逃げの一手を選択する。現状ではDDグレネイドすら通用するとは思えない。ましてCECナイフは予測のつかない相手に使用するべきではない。ならば逃げるのみ。


 アヌビスはオブジェの様な頭部から呪文の様なおぞましい音を吐き出し、自らを攻撃してきたエスを追従する。


 「ッ!? キモいな!」


 背後に迫るアヌビスに対し一言、エスは率直な感想を述べる。


 足があるというのにアヌビスはその千手の様な長い手足を蜘蛛みたいにぺたぺたと地面を這わせ追走してきているのである。

 その姿は冒涜的な気持ち悪さを有しており、蟹嫌いであるエスの精神衛生を意図せず害していた。


 しかし、アヌビスのそれは気持ち悪さを表したものではなく確実に速さを得る為の物である。徐々にだが、エスとの距離を詰め、既に何本かの腕がエスを捉えようと触手じみた動きを見せている。


 「いや、気持ち悪すぎる」


 肩越しにアヌビスを見やり再度感想を漏らす。だがエスはそうしながらも伸びて来る腕を一重で回避して逃走を継続している。彼もまたただの人間では無い事が伺える。


 『gpmantgmpgjugdjqg』


 意味不明な言語とも呼べぬ音を吐き出すアヌビスは遂に痺れを切らしたのか四本の足代わりの腕以外の全ての腕、およそ百五十近い腕をエスへと差し向けた。

 

 流石にこれは回避しきる事は不可能。エスもそう判断していたが、これによりアヌビスの速度は著しく低下する。一瞬空いたこの距離、意識が完全に自身に向く時、それをエスは待っていた。


 「お供えものだ。

 要らなくても受け取らないとな?」


 無数の腕がエスの身体に触れようとした瞬間、その腕全てが青白い光によって掻き消える。アヌビスには何が起きたのか理解出来ていなかったが、差し向けた腕全てが消えたのは現実である。


 『??agptamtgaq???』


 一瞬の隙、そこにエスはDDグレネイド──

 正式名称をDimension-Demorition 次元破壊手榴弾という。大抵のMOに通用するダウンフォールフェイズ時の限定兵装、光に巻き込まれた部位は多次元に送り込まれ、この世界から消失する。

 それをアヌビスの腕だけを巻き込む様に転がしていたのである。


 アヌビスは腕の殆どが無くなり、体勢を崩す。そうして漸く気持ちの悪い動きを止めたところで、エスは再びアヌビスの前に立つ。


 「各隊員、位置に着いたか」

 通信を通さずにエスが声を上げる。


 「完了しています」


 周囲の屋根からそう声が返ってきた。それを聞くとエスは言葉を続けた。


 「よし。対象MOの状況はご覧の通りだ。各員DDグレネイド用意」


 「了解!」


 そしてエスは地に這うままのアヌビスに視線を落とす。その目はとても怪物を見るような眼では無かった。

 ──愉悦に満ちた、邪悪で、虫を潰して遊ぶ子どものように無邪気な──

 恐ろしい眼だった。


 「こんなモノ滅多に使えないからな。たまにはストレス発散したかったんだ。

 身体が一瞬で色んな世界に引き千切られるってのがどんな感覚なのかはわからねぇが──いや、分かりたくもないけど。

 兎に角だ。いい見世物になってくれ」



 無数の手榴弾がアヌビスの周りに投げ込まれる。


 青白い光が市街の通りを明るく照らし、アヌビスの姿を隠す。次第に光が収まると、そこにはもう何もなくなっていた。


 


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