自己犠牲のすばらしさを学べる絵本

ちびまるフォイ

よめば誰だっていいなりに!!

「催眠絵本……だと……!?」


深夜も深くなったころネットの闇でそんな情報を見つけた。

なんとその絵本を噛まずに最後まで読み切ればなんでもいいなりになるという。


「なんでも……!」


今までどれだけ人間を思い通りに操れたら良いか。

そんな夢物語が叶うとすれば全財産を打ち込んでもいとわない。

寿命が半分になろうが構わない。


そして、寝る間も惜しんで絵本の入手先を調べ

絵本争奪バトルロイヤルに参加してついに優勝。


「おめでとうございます、あなたが優勝者です。

 さぁこの絵本を受け取ってください」


「ありがとうございます!! 本当に嬉しいです!」


3分クッキングでもまだ材料の紹介で終わるレベルの速度で

絵本を入手し終わった俺は早速中を開いてみる。


絵本の内容はごく普通の絵本で、

これが絵本の本棚に普通に挟まっていても誰も気づかないだろう。


「ふふふ、ここからが本番だ!」


舌なめずりをして絵本を持って街を出る。

こうなるともう行き交う人すべてがターゲットに見えてくる。


「何あの人」

「見て、なんか絵本持ってる」

「なんかの大道芸人かな」


周囲の人からはやや冷たい視線を感じた。

その冷ややかな目線で頭が冷えて問題がわかった。


「やぁ、そこの女子高生。絵本を呼んであげよう」

「は? 何いってんの」


「そこの素敵なOLさん、絵本を呼んであげますよ!」

「新聞は結構です」


「お嬢ちゃん、絵本好きかなぁ?」

「ママーー!」


防犯ブザーを鳴らされて市中引き回しの上はりつけにされて

そもそも小汚いおっさんが絵本を読み聞かせようと迫るのは

これはもう事案以外のなにものでもないと悟った。


「くそ……なんてことだ!! 最高の武器が手に入ったのに、使えないなんて!!」


これを読みさえすれば、なんでもいいなりになるのに。


「はっ、待てよ!? 読み聞かせが不自然じゃない人になれば良いんだ!!」


部外者が絵本を持って読み聞かせを迫るなんてのは不自然。

では保育士だったらどうだろうか。


それは仕事の一環で問題はない。

まして、この絵本は他の絵本とも差がないほど自然。


子供も、保育士を目指す学生も、子供が好きな大人も。


その気になれば誰だってターゲットにすることができる。

もしかしたら、大勢に催眠をかけられる場もできるかもしれない。


「ふふふ……俺は自分自身が怖いぜ……!」


これまでの仕事を辞めると保育士の勉強をはじめた。

バトルロイヤルを生き残った俺にとって試験など軽いもので、

あのとき培った「銃で脅す」という画期的なテスト対策で合格をもぎ取った。


「ついに手に入れたぞ! 保育士免許! これでもう違和感ない!!」


読み聞かせの大義名分を手に入れた荒れ狂う魔物は、

絵本を小脇に抱えて禁断の花園へと足を踏み入れた。


「さぁ、みんな集まって。とっても楽しい絵本を呼んであげよう」


「わー! なになに!?」

「たのしみーー」

「よんでよんで!」


「なにも知らない子羊ちゃんたち、それじゃあ読むよ……!」


俺はそっと絵本を開いて読み聞かせを行った。






それを見ていた他の保育士は感心した。


「あんなにも子どもたちの言いなりになれるなんて、

 まさに保育士の鏡だわ!!」

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