幻想奇譚

朱鳥 蒼樹

【お題】ランタン

洋燈の店



 宵闇迫る逢魔時、その店先に飾られた無数の洋燈に火がとぼる。

 正四面の鉄の枠組みに繊細な切子硝子が嵌め込まれ、透かし細工の施された洒落たとんがり頭が軒下でさも自慢げに光る。一つとして同じ物はなく、どれも意匠を凝らした逸品ばかりだ。

 この洋燈は夕暮れが近づくと勝手にとぼるのである。誰もこの中に火を入れた者を見たことがない。よくよく見ると、とぼされたそれは火でも電気でもないようだ。電気回路の開閉器も見当たらないし、灯心すら存在しないのである。


 はてさて?

 この摩訶不思議な洋燈は一体どんな仕組みで灯りがとぼるのか。この灯りの正体は如何に?

 さては……ふむ。

 謎はこの店の中に隠されておるやもしれぬ。


 とんがり頭たちが照らすその店の外装は木造。小ぢんまりとした佇まいで、窓は東に一つと扉の上部にのみある。しかし、双方とも薄いレヱスのカアテンがかかっており、中は何やら見えそうではっきりとは見えぬ。より、覗いてみたいというじれったさをそそられる。

 なお、扉の取っ手には木彫りの札がかけられて居り、


 「開いていマス、どなたもお入りくださいませ」


 等という、何やら怪しげな文字が書かれている。これは誘い文句だろうか?思わすゴクリと生唾を飲む。無理もなかろう、幼少のみぎりに読んだ物語等では、この扉を潜ったら最期二度と此方の世界に戻れぬ、というものが御決まりの文句。

 取っ手に手を伸ばしてみる。否ゝ、こんな得体の知れぬ場所、関わらぬ以外に選択肢はない。落ち着け、今一度よく考えるのだ。

 深呼吸を一つ、改めて店の周りを見る。すると、それを待っていたかのように店内の照明がとぼった。驚き後ずさると、ちょうどそこに置かれていた木の看板を蹴倒してしまった。


 あぁ、いけない、いけない。

 ふむ?この看板、もしやこの店の物か?


 木彫りの札に書かれた文字と筆跡が酷似している。「~マス」という特徴的な言い回しもそこにある。


 ふむ、なになに……


 『当店は何でも揃う

  まさに《夢》の品揃えでありマス。

  生活必需品、文具、雑貨、《その他》


  摩訶不思議、奇妙奇天烈、珍妙不可思議、

  巷間の品に満足できず、

  此の世に飽々し面白さを御求めの方には、

  殊更、オススメでありマス』


 だと?


 な、なんだ、この店は。何が何だか余計にわからん。大体なぜ《その他》が強調されておる。それになんだこの歌い文句、《摩訶不思議、奇妙奇天烈、珍妙不可思議》だと?一体何を売っていると言うのだ……っ!くっ、何もわからん!


 改めて扉に向き直る。店内の照明は煌々と輝いておるが、揺れる影が見えぬ辺り中に人はおるまい……。

 ん?待て、ではこの照明は一体誰が……っ!!


 思わず腰を抜かした。


 なんだ、本当に何なのだこの店は!!怪しすぎるにも程があるぞ。一刻も早く憲兵に……ダメだ、正体不明の人外魔境の類いの店ならば、一時でもこの場を離れればドロンと雲隠れしているに相違なかろう。さすれば、狂人として見られるのは此方である。

 こ、ここは触れぬが吉。観念し大人しゅう帰るのが我が身のためぞ……。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る