あの世に行きたい女子高生と戯れる死神

青見銀縁

第1話 死にたいわたしと死神リタ

「死にたい……」

 制服姿でスカートの裾を指で摘み、高校一年のわたしは駅のホームに突っ立っていた。

 放課後で日が傾き始めているとはいえ、外はまだ明るい。今いる学校の最寄り駅から自宅までは一時間以内といったところ。その頃は夕暮れ近くになっているだろう。

 わたしは学校の鞄を肩に提げたまま、ぼんやりと線路の方へ視線を向ける。

 残念ながら、わたしの希望を叶えることは難しいらしい。

「前はこんなのなかったのに………」

 視界には行く手を阻むかのように、ホームドアが設けられていた。一か月前にはなかったものだ。

 ネットでは、飛び降り自殺が多いことで有名な駅だった。鉄道会社もいつかはやろうとしていたのかもしれない。けど、実際にできると、現在のわたしにとっては辛いものがあった。

「これだと、死ぬことができない」

 わたしはため息をつき、近くにあるベンチに座り込んだ。向きが線路側でなく、電車が進む方になっており、自殺者対策の一環と聞いたことがある。他にも、広告は自殺を防ぐフリーダイヤルがあったりと、対策が施されているようだ。

「これから、どうしよう。家にも帰りたくないし……」

 わたしは口にするなり、スマホを開き、アプリで適当な投稿動画を見たりし始めた。

「へえー。ここ、ホームドアができたんだ」

 不意に、そばで女性の声が聞こえ、わたしは気になって顔を上げた。

背中まで伸ばした黒髪。端正な顔つきには細い瞳にアイシャドウを施していた。シャツにジャケットを着て、下はミニスカ、足にはニーソ、ヒールを履いた格好。全体は黒でまとめられており、かっこいい女性といった感じ。ネックレスやブレスレットといったものは首や腕に巻かれていた。

「西条霞」

「えっ?」

 わたしは驚いた。彼女が発したのは、自分の名前だったからだ。

「あのう、わたしの親戚とかですか?」

「ううん。わたしは死神だから」

「死神ですか……、死神?」

 彼女の答えに対して、わたしは理解をすることができなかった。

「冗談ですか?」

「冗談じゃないよ。何なら、証拠見る?」

「証拠?」

 わたしが問いかけると、彼女は片手であるものを出してみせた。黒い鎌だ。

「これでわかった?」

「何かのトリックですか?」

「そういう風に捉えるんだ。他の人だと、これで死神だって思ってくれたんだけど」

 彼女は残念そうな表情を浮かべた後、見せていた黒い鎌を一瞬で消した。

「どうしたら、信じてもらえるかな。後は空を飛ぶとかだけど、あまり、そういうことはここでしたくないし」

 彼女は両腕を組み、難しそうな顔をする。

「あ、あの」

「何?」

「とりあえず、あなたが死神ということは信じることにします」

「へえー。そう言ってもらえると嬉しいけど、どうして?」

「どうしてって、その……」

「君がもうすぐ死のうとしてるから?」

「わかるんですか?」

「わかるも何も、わたしはそういう人を沢山見てきたから」

 彼女は言うなり、足を進ませてくると、わたしの横へ座り込んだ。

「わたしはリタ」

「リタ?」

「そう。主に世間一般のイメージで言う、死神の仕事をしてる」

「死神の仕事……」

「君を死へ導くとか」

「わたし、もうすぐ死ぬんですか?」

「もしかして、死にたくないの?」

「いえ、別に……」

 わたしは俯き、どう話せばいいか困ってしまった。

「こういうこと、死神が言うことじゃないと思うけど、死なない方がいいと思う」

「でも、わたしはもう、これ以上……」

「まだ、十数年しか生きてないのに?」

「それでもです」

 言い切るわたしに対して、「そっか」と声をこぼすリタ。

「わたし、みんなからハブられてるんです」

「ハブられてる?」

「クラスのSNSで、わたしだけ何も知らせてこなかったり、机にいたずら書きされたり。物を隠されたこともありました」

「君って、一見すると、いじめられそうなタイプに見えないけど?」

「原因はわかってます」

 わたしは両方の手をそれぞれ、強く握り締めた。

「まあ、理由はそこまで深く聞くつもりはないけど、わたしからすれば、それでも、死ぬのはもったいないと思う」

「どうして、ですか? というより、生きるのも死ぬのも、個人の自由だと思います」

「もし、君が死んだ場合、残された家族はどうするわけ?」

「ママやパパは、わたしが死んでも、特に気にしないと思います」

「それは冷たいね」

「冷たいです。どっちも遅くまで働いていて、今日も家には夜まで誰もいません」

「休みは?」

「ママやパパはいますけど、当たり障りのない会話しかしてくれないです」

「そっか。両親は君のことをわかろうとしているけど、本人はわかってくれないっていう、ズレが生じているのかもしれない」

「ズレ?」

「人間って、お互い思っていることに対して、ズレが生じ始めると、それが段々と大きくなってきて、最後には取り返しのつかないところまで行くことがよくあるから」

「わたしはママやパパとどこかずれてるってことですか?」

「今聞いてる話だけだとそう感じる」

 リタはおもむろに立ち上がった。

「それだとしたら、君が死んだら、両親は確実に悲しむと思う」

「そしたら、どうすればいいんですか?」

「両親に今のようなことを正直に話せばいいと思う」

「正直にって、そんなこと話しても、ママやパパが何とかしてくれるようには」

「まずは打ち明けることが大事」

 リタは淡々と口にする。

「だから、そういうことをしてダメなら、また考えないといけないけど、わたしはダメにならないと思う」

「死神なのに、変ですね」

 気づけば、わたしは自然と笑みをこぼしていた。

「死神なら、そんな助言をしないで、早く死ぬように誘導するかと思いました」

「それの方が手っ取り早いけど、何だろう、それだと君の死に対する価値が低くなるから、それなら、何かしら手を尽くして、それでもダメなら死んでもらう方が、死神にとって、評価が高くなるから」

「そういうものなんですか?」

「そういうもの。だから、安易に人間を死へ導くというのは、質より量を優先にしてる二流三流の死神がすること」

 リタはおもむろにわたしと目を合わせてきた。

「だから、今死ぬのはもったいないと思う。だから、両親と話してみて」

 リタは言い終えると、瞬きをするぐらいの間に視界からいなくなってしまった。

「今のは、夢?」

 わたしは周りに顔を動かすも、駅のホームにいることは変わらない。やがて、アナウンスが流れ、もうすぐ電車がやってくることを知ることになる。

「『正直に話せばいい』か……」

 わたしはリタからの言葉を受けて、意を決して、ベンチから離れる。

「とりあえず、家に帰って、ママやパパに打ち明けてみよう。死ぬかどうかは、それからまた考えればいいかもしれないし」

 開いていたスマホを閉じ、わたしはホームドアの前に立つ。

 駅に滑り込んでくる電車を前に、わたしは唇を噛み締めた。今の状況をどうにかしようと気持ちを奮い立たせようとして。

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