外套纏う死神

「俺は…俺は出撃しなくていいんでしょうか…!」


基地の防衛戦、爆轟がそこらかしこで響く中にも関わらず、発した声は思いのほか響いた。

相手である司令官は、ため息をつく。

当然だ、子供にかまっている暇があるわけないし。


「気持ちは分からんでもない…が一応理由を聞こう。」


「…力があるなら…出て被害が減るなら、それに越したことはないと…」


一旦言葉を切る。

既にカイロスは数か月後以内に法的にも兵器として登録されることは確定的だ。

俺がそこまで罪を問われないのは、あくまで認知前の状態だったから。法で縛られる前に起こしたことは、法が出来た後に問うことができない。


後出しじゃんけんを封じるための法的な意識に助けられているだけだ。


確かに、正式にはまだ未登録だ。

だが、これからはできないとここにいる誰もが知っていて、罪悪を感じずにはいられないかもしれない。

それに加えて、学生と来た。


「…バカなことを言ってるのは承知です。でも、必要とされていながら何もできないのは…!」


「それは我々も同じだ。」


司令官が静かに言葉を遮る。

振り向く司令の目は、別段冷たい物ではなかった。


「軍人は民間人を守るのが仕事だ。君に頼って、君という民間人を守る責務を放棄するなどもってのほかだ。」


正面に再び視線を戻す司令。

たたき上げの軍人らしく、がっしりとした背中が再びこちらを向いた


「それにもう終わる。君が出るとしたら、我々で町の人々を守れなくなった時だ。」


ぐうの音も出ない。

適材適所、ともいえるのかもしれない。


俺が出るとしたらそれこそアンゲルスフレームが出てきたときだ。




迫撃砲の数は減らした。

AG対戦車で遠距離戦は確実に戦車に分があるのだから、この結末は当然だ。


それに相手は迫撃砲。弾速の遅さはもとより、発砲するのにも手間がかかる。

ジャッカル3の自動化されたタイプでない限り、基本は砲身に砲弾を入れて発射する人_この場合はAGだが_が必要になる。

そいつは、迫撃砲が使えなくなると用無しだ。迫撃砲の弾を運び、装填する機体に長距離を撃てる武装を搭載はできない。


『こちらジャッカル1、ざっと迫撃砲AGは片付けた。』


「ジャッカル2からジャッカル1へ、こちらも迫撃砲は見つけられません。」


『ビュッフェは品切れか。ルーク1-1からジャッカルズへ、協力感謝する。』



撤退したらしいと、警戒をしたままではあったが一息をつこうとした時だった。

最後っ屁と言わんばかりに、一発の迫撃砲弾が基地のど真ん中めがけて発射された。当然、クラスターでも役立たないくらいの高度で迎撃され、爆散する…


『…爆発が小さい…?』


ブツン!!!



直後、通信系が落ちた。

メインの通信系がダウンし、一瞬だが画面も激しくノイズが走る。


「…EMPクラスター…そんなものまで用意していたか…!!」


レーダーも一瞬だが当然効いていなかった。

復旧と同時にあらゆるユニットからのレーダー情報が再統括されていく。


『…ズ…ストレンジャー【不明機】接近!数1、メインストリートを高速で突き進んできます!』


『バカな!あの一瞬で町の中に入れるのかよ!?んでメインストリートとかアホか!?』


ジャッカル3の声

回復した通信が俺に敵が向かっていることを伝えてきた。

…まだ距離はある。


「対応する。スナイパーキャノン、スタンバイ。」


『こちらルーク3-2、援護する。』


俺はメインゲートに構え狙撃の準備をし、さらに戦車が更に砲撃をするため、奴が侵攻してくるメインストリートに面した道へ出てくる。


「しかしなんて速さ…ぅぐ…っ!!」


見えた機体の影。

それは先日、カイロスを初めて見たあの日指揮官機…

シルエットは大きく変わってるがあの姿、やはり【奴】だったか。

昔のトラウマを刺激され胃液が喉元まで這い上がる。が、素直に吐き出してやるほど余裕はない。

すぐさま薬を飲み込み、精神を強引に安定させる。


その間に、戦車が攻撃可能な範囲に入った。

しかし、すさまじい速度のそいつを捉えることは叶わず、砲弾が反対側のビルを穿って終わる。


『速い…!ルーク3-2、追撃する…!』


しかし、その影は戦車が建物の間から出てきた途端に慣性を無視した動きで切り返して戦車に襲い掛かる。


『バカなっ…うわぁああ、ぁああ!』


「ルーク3-2!!!クッソ!」


飛びあがり、サブマシンを戦車上面に浴びせる。

上面の至近距離は対応などできない。それにああ返してくる等、


クリアになった視界で奴を見据える。

この距離なら大した補正はいらない。照準の中央に奴の影を捉え


引き金を引いた。


亜音速の弾丸は正確に敵の胴体に着弾しているはずだった。

しかし、弾丸がそこに到達するときには敵の機体はそこにはなかった。


「スナイパーキャノンを見切る…間違いない、あいつか!」


『援護するジャッカル2!』


「隊長!!それよりもあいつが来る前にアサルトライフルをお願いします!」


『何?』


接近されるまで、弾幕の如く射撃し続ける。

狙いはそこまで正確でなくていい。奴に回避行動をとらせて時間稼ぎをするのだから。


正確な射撃だったら、その場から引くだけでいい。だが乱射は弾を見切ることを要求される。

そして、奴は乱射に切り替えた途端、動きを乱数機動にしつつスナイパーキャノンの弾丸を見切り始めた。


当然、肉眼で見れるものでは無い。

それを

奴だと理解するには一番いい判断材料だ。


『ったく、持ってきたぞ…』


「ありがとうございます。」


その時、さらに接近するAGの報告。

先日こいつに付き添っていた2機だろう。

アサルトライフルを傍に置いて、隊長は離れていく。


『総員、あの速いのはジャッカル2に相手させる!!…これでいいんだな。』


「はい…ありがとうございます。」


これで何も気にすることはない。

奴と正面から戦える。


残り500m。

スナイパーキャノンを、そして余分なセンサー類をもパージし排除する。

アサルトライフルを左手に持ち、もう片手には大型ナイフを持つ。


『…一騎打ちってか?ぁあ!?』


真正面から衝突するように俺に突っ込みながら、奴は手にしたナイフを振り下ろす。

俺もまた、ナイフで受け止めてそれに応じる。


「そうだ、お前に数は意味をなさない…っ!!」


『…分かってるじゃないか!!!』


俺は、その声が頭にガンガン響いて仕方なかった。

その煩わしさを機体に伝えるかのように、ナイフを振り払わせる。

敵はそれを難なく受け流して一歩下がると、左手に持っていた大型の拳銃のような銃をサーペントに一発撃ち込んできた。

予備動作で察していた俺は左に機体を滑らしたが、相手の動作がAGのそれとは思えないほどに早い。

避けきれず、オプション式になっている右肩に着弾。装甲が吹き飛びフレームをむき出しにする。


怯んでる暇はない。何しろ稼働に問題はないのだから。

アサルトライフルを乱射する。


『お前ならその状態でも簡単に終わらねぇもんなぁ!!こうでなくっちゃ!!』


弾幕の被害を受ける範囲から難なく脱すると、楽しそうな声で通信してくる。

とても…


「喧しいなぁ!!」


『っぐぅ!?』


あっという間に詰まる、いや詰めてくる距離。

だが、相手はそう来ると俺には分かっていた。

だから、ナイフの突きを相手より遅い機体で避け、慣性を無視しきれなった相手の胴体を斬りつけた。


傷は浅い。だが、確実に与えた損害。


跳ねるように距離を取る敵。


『…ッハハハハッ!!そういえば最初に俺に傷をつけたのもお前だったな…!』


「それ以上の物を俺は失ったがな。」


『…だが得ただろう。お前は、その力を。』


アイツの装甲に出来た傷の間から、かつて見た紫の輝きを見る。


「お前が俺に与えたんだろう。そして、お前も与えられた。古代から。」


『…ああそうだ。お前達が回収した機体から聞いたんだろう。この水晶の存在を。』


装甲がはがれ、現れる紫色の水晶。

Dクオーツ。古代の遺物の中でも最も強い力を持つ物。

それがあのAGに強引に組み込まれていた。


『…サーペントは持っている…俺のも、そしてお前のも。解放しろよ、お前の死神を。』


「断ると言ったら?」


『その時はお前が俺の死神に刈り取られるだけだ。』


「だと思ったよ。」


敵の機体、シーツ・サーペントの装甲が一つ、また一つと崩れ落ちていく。

剥がれたところから蒸気が噴出し、鈍く赤くなっている放熱板が姿を現す。


全ての装甲が剥がれ落ちたその瞬間、目にもとまらぬ速度で俺の機体を吹っ飛ばした。

なんとか体勢を立て直した俺は、静かにコマンドを打ち込む。


吹き飛ばされた原因は頭部に受けた斬撃。

敵のバインダー横のコンテナに格納されていた剣と表現できる武器の攻撃。

それによって、ミラム・サーペントの特徴的なツインアイのバイザーが割れ、有機的なセンサーアイが露出する。


『早くしないと今度は加減無しでぶちかますが?』


「分かってるよ…ああ…やってやるよ。付き合ってやる。」


ミラム・サーペントもまた、装甲が剥がれていく。

手足のフレームがむき出しになり、胸部から敵と同じように紫色の水晶を露出させる。


[の…ア゛…ve]


機体AIがバグったような声を上げ、システムが塗りつぶされていく。

カイロスに出会い、これがようやく何者か分かった。太古のAI、それが機体備え付けの物と干渉していたのだと。


「タナトス…お前の面は見たくなかったが…お前の兄が来たからな。」


[v…ALIVE,ve,veve]


偽装マスクをかみ砕き、額の偽装と一緒に地面に散らばっていく。

機械が生命のデザインを模したと言わんばかりの頭部が、少し赤らみだした日の光を浴びる。

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