不安への帰還

_聞こえるかい…?


どこから声が響く。男性のようだ。


_返事をしてくれないかな…起きてるか分からない…


めんどくさいが、放置するとさらにめんどくさいことになりそうだ。


「なんでしょうか?」


伏せていた目を開け、声の方向へと向ける。

そこにいたのは…なんというか、電車の車掌といった雰囲気の服装を纏う青年だった。

細目で開いてるか閉じてるかすら分からない、黒髪のうさんくさい青年は俺の覚醒を確信したように声をあげる。


「よかったよかった…失敗したかと思ったよ。」


そんな青年を尻目に周りを見回す。

そこは電車のようだった。といってもちょっと写真で見る機会があった床が木製の古臭い列車のようだ。

窓の外は星空、海のように青く透きとおった何かの上に線路が引かれているようで、それ以外なにもない。


「ここはなんですか?俺はさっきまで…」


さっきまで…何をしていた…

言いかけて記憶の欠落に困惑する。


「…ここは…まあ、夢だと思ってくれても構わない。だから記憶もおかしくなる。ゆっくり思い出して…。」


必死に思い返す。

薄い霧がかかっている程度に思えるように意識を集中させれば簡単に思い出せる。


あの後…。



「きさま…貴様なのか…っ!!!ぁ…!あっっ!!!」


「落ち着け!どうしたジャッカル2!」


息が上がり、発作のように苦しみ始めるアモン。

苦しみ出す寸前に彼が視界に映したのは、やってきたγの姿だった。


必死に操縦桿を掴みなおすアモル。

だが、震えは止まらない。


『…ほう…お前は…ハハハッ!とんだ巡り合わせだな!』


唐突に外部スピーカーで語りだすγに思わずその場に居た全員が身構える。

…全員がだ。αとβすら驚いて銃を国軍AGに向けている。


『…ああそうだ…』


「アモル!!!何を!!」


アモルもまた外部スピーカーで返答する。

思わず引き留めるが、会話は止まる気配がない。


『見込んだ通り、少なくとも表は使いこなせてるようだな。』


『おかげさまで…このざま…だがな…』


「何やってるんですか!そんなの相手にしちゃいけません!!!」


素人エアルでも分かった。これは危険だ。

スピーカー越しに荒い息を吐き出し、苦しそうに言葉を絞り出す。

それは弱体化を敵に示す行為でもあり、状況は悪化しかねない。


だが…


『タナトス、気に入ってくれれたなら結構。だが、今は場が悪い。また会おう…』


そう言うとγは踵を返し撤退する。


「…何やってるジャッカル2!殺す気か!!」


「素人の俺の心臓は破裂寸前でしたよ!!!」


ジャッカル1も俺も思わず怒鳴るように通信を開いた。

しかしその直後、ミラム・サーペントは膝をつく。

思わず全員が駆け寄るが、彼はその時呟くように告げた。


「隊長…すいません…ですがこれで確信に変わりました…。」





「奴らに…企業紐付きのPMCが紛れてる…!」



「ただならぬ関係にありそうだね、彼ら。」


「…覗けるんですか?記憶。」


我に返った瞬間、彼に話しかけられた。

横から覗き込みような視線と内容に思わず引く。


「夢のようなものだから何でもありさ。」


「それの答えは酷いですよ…」


返答は理不尽の一言。

すると突然電車が減速し始めた。

なにもないはずの水平線の向こう側から、駅のようなものが見え始めた。


「…時間だ。現実に帰るといい。」


「…僕は今、寝てるんですか?」


だとしたら大迷惑だろう。

降機直前に意識を失ったら誰がハッチを開けるんだ。


「安心して一瞬黄昏てるようにしか見えないよ、外では時間もあまり経ってないし。」


電車が止まり、扉が開く。

恐らく降りれば帰れるのだろうと、席から立ち上がり扉へ向かう。


「…人間の時間感覚なんて当てにならないものさ。」

「…そういうことにしておきます。」


改札は白く光り、向こう側が見えない。

逆にそれの方が意識が戻った気がしていいのかもしれないが…

俺は改札を抜けた。



そこら中から機械の動く音や金属がぶつかる音が響く。


「エアル…?エアル…!?」


そしてカレンの声。

軍の格納ドック内に機体を降着させたところで俺は意識をあいつに持っていかれたようだ。


「ゴメン、少し考え事してた。カイロス、ハッチを開けてくれ。開け方知らないから…。」


『はい。ただし害意が無いことを示すことをお勧めします。念のためですが。』


そう言われてモニターの下の方を見ると、既にライフルを持った兵士たちが取り囲んでいた。

正体不明機なら当然の処置である。


『カイロスのランナーに告ぐ。速やかに降機せよ。繰り返す…』


その声に応じるようにコックピットハッチが開く。

俺は両手を挙げながら、ゆっくりとコックピットを後にした。


「学生…」

「こいつが操縦してたっていうのか…」


あんな超兵器を操っていたのが俺みたいな学生だったら当然驚くだろう。

だが、それよりやらねばならないことがある。


「コックピットにまだ負傷者が残ってます。早く治療をお願いします!」


出来るだけ声を張り上げて告げる。

俺がここまでしたのだって理由はある。

自分自身がしたことを許されるとは思ってないが、彼女を治療することになんも問題はない筈だ。


「…分かった。救護班!!」


リフトが上げられ、担架に乗せられてカレンは医務室に連れていかれる。

…カレンはもう大丈夫、あとは俺の処遇だ。


「…身分を証明できるものはあるか?」


「学生証なら。コックピットにあるカバンの中の財布です。」


少し間が開いて、コックピットから発見した兵士が持ってくる。

目の前の責任者らしき人間がそれを手に取り俺とそこの写真を見比べた。


「…ついてこい。」


ライフルを向けられたまま俺は部屋へと案内される。

恐らく取り調べだろう。

俺と責任者らしき人物が席につき、話が始まる。


「…どういう経緯でこいつに乗った。」


「カレン…先程治療を受けに運ばれたあの子が、遺跡付近の隠し通路に案内したんです。その先に…あの機体が。」


キーボードを打つ軽い音が響き、俺の言った内容を記録していく。


「…どうして乗った。」


「カイロスのAIとカレンに言われて、危険な状況と判断したので乗りました。」


「装甲の中ならまだマシ、というわけか。なら戦闘は?」


正当性の有る無しなど俺にはどうだってよかった。

正しいことなど行ってるつもりはなかった。だから真実を告げるだけ。

そう言い訳のように思いながら言葉をひねり出す。


「最初は拒否しました。ですが、あの機体のAIから標的があの機体自身だと聞いて…何もできずに見つかって殺されるならと…信じてもらわなくて結構です。」


「…確かに…少々信じがたいな、全体を通して。」


モンスターマシンから出てきた学生などというベタすぎる展開、ジャパニーズアニメを見過ぎたガキの暴走とも思える状況なので信用などある訳がない。

だが、起きてしまっている。

責任は誰かがとらねばなるまい。


『失礼します。』


そこで、どこか聞き覚えのある声が聞こえてきた。

俺を取り調べる兵士のちょうど後ろに、青年がいた。

学生服とも執事ともとれるような姿で、歳も20前半だと思う。


「…!誰だ!何故入れた!」


見張りに喝を入れる取り調べ官。

不用意に許可も声かけもなく中に人を入れるなど言語道断だろう。


「いえ…唐突にここに瞬間移動でもしてきたかと思えるように現れて…」


『はい。彼は悪くありません。』


「なら何者だ!」


どうやら理不尽なことが起きたと思われる。

余りのことにそう思考することしかできなくなっていた。


『申し遅れました。私はカイロスAIです。』


「あ、あの機体のAI?何を言ってるんだお前は…」


「か、カイロスなのか…!?」


思わず立ち上がりながら叫び気味に声を荒げてしまう。

即座に睨まれて着席せざるを得なくなるが…。


「で…何の用だ…?」


『彼の弁明です。』


さも当然のように言い放つカイロスだが、どうしてそうなるのか全く分からない。

いくら高性能だとしても俺を弁明する意味は?反論材料でもあるのか?


「別に不当に罪を着せようとは思ってない。だが、明らかに銃の免許すら持ってない学生が兵器を使った事実は消せない。ここで道理を曲げるわけにはいかんのだ。」


『別に今回使った装備の大半はこちらの法でまだ規制できる状態の物はほとんどない筈です。』


そういうとカイロスはホログラムの表示で取り調べの兵士に何かを見せている。

どうやら戦闘ログのようだ。


「…レーザーライフル…プラズマブレード…ふむ…だが…」


『それに私は貴国に登録すらされてない、つまり兵器と認識されてない存在です。SR免許にも適用されてない存在のはず。』


「…だから彼は無罪と?…しかし何のためにこんな真似を。」


『彼が居ないと…私が困るかもしれないので…』


恥じらいを感じるようなしぐさで発した声は、もはや機械のそれではなかった。

というか、機械であることを忘れていた。


「…もう少し取り調べを受けてもらうが、細かいことは起訴する奴らに投げるしかない。」


『ありがとうございます。』


「起訴を取り消したわけじゃない。」


『それでもですよ。』


その言葉の後、「悪いが今日は帰れんぞ。」と独房に連れていかれた。

近くで安全と身柄の確保が行える場所が無いからだそうだ。

一応周りにやらかした人間はいなかったので端末は使わせてもらえてるし、安すぎるホテルだと思えば…

そう、きっとどう足掻いても犯罪者ルートが決まったわけではないはずだ。

そのはずだ…


「ちょっといいか。」


夕飯時に若い士官に声をかけられた。

声にどこか聞き覚えがある。

見上げると、少し灰色の入ったような髪色の青年が立っていた。


「少し聞かせる話があるらしい」


扉の鍵はかかっていないので、そのまま独房から出る。

青年は俺を先導するように歩き始めた。俺はそれに従いついて行く。


「自己紹介がまだだったな。俺はアモル・ブローマン。階級は少尉だ。よろしく。」

「…エアル・フェルドです。今年でハイスクールの3年になります。」

「そうか…災難だったな今回は…」


少々決まり文句を言うような口調ではあるが、実際その通りなのでスルーする。

ど素人に戦況をかき乱された後と考えるとまだ好印象な方だと勝手に解釈した。


「…話の内容だが、俺にも分からん。」

「分からない…のですか…」

「ああ、カイロスからの話…半ば事情聴取だが、それにお前を呼んで欲しいとカイロス自身に言われたんだ。」


カイロスに…?と口から洩れるように俺は呟く。

それにああ、と肯定を返するアモル少尉。顔が見えないため、このことに関する彼の心境は読み取れない。

顔が見れても軍人さんの顔から読み取るのは難しいだろうが。


「ああ、それと。」


彼は少しだけ振り向き、横顔で語り掛ける。


「俺はジャッカル隊二番機、つまりジャッカル2だ。あの時は…少し心配かけたな。すまない。」


聞き覚えがあると思ったら、彼があの機体…確かミラムの改修機だったかのランナーだった。

少しの驚きと共に返答する。


「い、いえ、こちらこそ助けて頂きありがとうございます。あのままだったらもしかしたら俺は…」

「いいんだ、国民を守るのは軍隊の仕事だからな…着いたぞ。」


広い会議室…軍っぽく言えばミーティングルームとも表現できる場所に連れられた。

そこには既に基地に居た高官と思われる軍服を纏った人たちが何人かと、包帯で手足を包み車いすに座っていたカレンの姿があった。

一応問題なさそうにしているカレンの姿にホッと一息をつき、そして張り詰めた空気に合わせ背筋を伸ばす。

TPOは大事だ。


『お集まりいただき、ありがとうございます。』


突如モニターの前に先程現れたカイロスを名乗る青年が現れた。

現れ方からして、彼の体は実体ではなくホログラムなのだろう。


『私はカイロスの戦闘補助AIです。機体同様カイロスとかつて周囲から呼ばれていました。』


そう言うと丁寧にお辞儀をする。

執事としての風格を感じる佇まいは、少々独特ではある。


「なるほど…単刀直入に言わせてもらう。カイロス、貴機は一体何者だ?一体どこの所属なのだ…?」


司令官と思われる男性が切り込むように問いかける。

本題であり大きな問題であるカイロスの存在そのもの。それを理解しなければ軍として到底安心できないだろう。


『…まず、私はこの時代に建造されたわけではありません。』


「…何?」


思わず顔を顰める高官。

現実離れした話に反応に困っている。


『当機カイロスはおよそ6500万年前に建造された機体です。あなた達の知らない古代文明によって』


「「「…はぁあああああ!?」」」



『ん、ん!では…気を取り直して…』


騒然とした場が収まるまで数分かかった。

余りにも現実的でない内容に話が止まってしまったのである。


『建造経緯や大昔については後日お話するとして、とりあえず今必要な情報だけはこの場で…』


既に混乱した状態で長話はよくないと判断したのか、一先ず今必要そうな話に絞り始めたカイロス。

…咳払いとは、かなり人間臭いものだ。


『つまり現代において軍などの登録もなければ、当然所属もないのです。』


「理解しがたいが、そういうことにしておこう。頭が痛くなりそうだが。」


この機体の取り扱いは、言ってることが嘘だろうが本当だろうが厄ネタだ。

…胃薬が必要そうな顔を司令官はしている。


『…で、今回のテロは、市街地に向けた攻撃を隠れ蓑にし当機を盗掘するための物でした。自分で言うのも難ですが、アンゲルスフレームはオーパーツです。回収、研究の価値がありますから。』


「攻めてきたテロリストもPMCが偽装したものも混じっていた。外国か企業かがテロに偽装した侵略行為及びブラックオプスに準じると思うべきか…」


「物的証拠少ないから、決めつけるわけにはいかんがな…」


アモル少尉が口を開き、それを司令官が訂正する。

宣戦布告もなく、機体は大半がテロリストが手に入れられる機体で編成されていては言い逃れも可能だろう。

PMCという判断も、アモル少尉が相手を知っていたというあまり確度の高いとは言えない状態なので公式発表は今のところテロとするしかない。


『あと、もう一つ…』


カイロスがホログラムの口を開く。

言い淀み、どこかこれから言う内容への後ろめたさを感じさせる。


『当機、カイロスは…』














『全性能を発揮できるランナーが、エアル・フェルド君のみである可能性があります。』

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