【EGコンバット電子化!】荒々しいフラッシュバック

 ついに、ついにE.G.コンバットの既刊分の電子化が決定したとのことです。

 これは、本当に、EGFも来てしまうのでは、と高揚が止まりません。

 少しでも支援をするために、記事を書かせてもらいます!


 E.G.コンバットは、プラネリアムと言う未知の生命体によって破滅の危機に貧した人類の戦いを描く終末的な背景を持つ作品ですが、落ちこぼれの女性兵士たちを描く学園モノでもあります。その落差を小説として演出ができるのはやはり秋山先生の技法のなせる技だと思います。


今回は、強烈なフラッシュバックによって、それまでの若干コミカルなシーンが急転直下でシリアスなシーンとなる箇所をとりあげます。



「ご、御昇進おめでとうございます! 遅ればせながら

 ヤマグチ次官の口元には笑みが絶えない。答礼し、

「貴女もね。おめでとう。私も鼻が高いわ」

 そう言って、ヤマグチ次官は右手を差し出した。

 誉められた。

 ヤマグチ教官に誉められた。

 ①めちゃくちゃに混乱しながらも、ルノアは差し出された手を握

 


 ②キースのクレイプが雑菌汚染されて狂った。③ステルスエフェクターが、冥王星まで聞こえそうな電磁波的大音響を発して暴走した。④自殺個体が殺到した。⑤それからの約十分間、ルノアには自分以外の誰かを守るための弾など一発もなく、自分の死を意識しない時間など一秒もなかった。⑥歯をかちかちいわせながら吹っ飛ぶようになくなっていく残弾数を確認し、体液嚢を満載したハボックに接触されたときには失禁し、一体殺すごとにどうせ一秒にもならない時間を積み重ねた。⑦キースは捕捉され、それでも二体を撃破し、三体目を撃破できなかった。⑧その後、通りすがりの輸送中隊に救助され、トランスポータの中で、ルノアは泣かなかった。⑨笑いさえした。⑩自分が生き残れたことがうれしかった。


 ⑪握手をしようとしたルノアの手が力を失ってたれ下がる。⑫差し出されたヤマグチ次官の右手から視線をそらせない。

(中略) 

 ⑬自分は何をしてきたのだろう。

 ⑭ヤマグチ教官に守られ続けていただけの自分が大尉となる。⑮小隊長として部隊を任せられる。⑯そのことの意味を自覚せず、ただ、戦うことしかしなかった。⑰責任を果たせなければ、自分が死ねばそれでいい――そう自分をだまし続けて、あらゆる兵士の死はあらゆる意味で、そいつひとりの無駄死にだけではすまないのだという単純な事実から目をそらし続けた。

 ⑱部下をひとり、死なせた。

 ⑲――部下を、ひとり、死なせました。

 ⑳そのつぶやきは毒を吐くような嗚咽となって、意味のある言葉としては聞こえなかった。


秋山瑞人(1998)E.G.コンバットp110


 まず、①において、手を握るという言葉がぶつ切りになり動作の途中で思考が入り込んできたという様子を演出しています。

 ②から⑩までの描写において、この描写は必ずしも読みやすくはなく、キースが主語なのか、ルノアが主語なのか、入り混じっているようにも思います。この箇所については、正直、細部を読み飛ばしてしまう読者も多いのではないかと感じていますが、フラッシュバックという現象の描写として考えるならば、読み飛ばして印象的な単語だけを拾うという読み方こそが、まさに、印象的な映像がけが走馬灯のように駆け巡る様子をよく表しているとも言えます。

 また、キースが撃破された描写には余韻が少なく、直後に⑧であっさりと輸送中隊に保護されるなど、接続には唐突さがあるようにも見受けられますが、一方で全体として見るならば、フラッシュバックとしてちょうど良い分量にもなっています。

 そうしたフラッシュバック性を強めているのが、選んでいる単語の強さです。「冥王星まで聞こえそう」「吹っ飛ぶようになくなっていく」「どうせ1秒にもならない時間」等、大きな動きを伴ったり、空間、時間の広がりを意識した形容詞が多用され、細部を読み飛ばしたとしても、文章自体に勢いを感じることができます。

 また、⑦で、二体を撃破しながらも三体目に殺されたキースの描写は短いながらも壮絶であり、トランスポータの中で笑いさえしたルノアのリアルな感情は、後の罪悪感につながっていきます。

 このフラッシュバックは、キースの非業の死に対してのものではありますが、その描写のほとんどは、死と隣り合わせの状況で戦い続けたルノア自身の恐怖の記録であり、部下の死に際して自分のことしか考えられなかった罪悪感の記憶だという点が非常にリアルに描写されることとなっているように思います。


 何よりも、E.G.コンバットは、文章の洗練さよりも圧倒的な熱量によって見る者の心を打つ作品に仕上がっています。

⑬から⑱までは、人の命を背負いながらもそのことに無自覚だったルノアの独白です。E,G,コンバットは、教師の物語です。自分が教えたことで、相手が死ぬかもしれない状況下で教育を続ける兵士たちの物語です。

 このシーンは、「人の死を背負うこと」の重さを強烈なフラッシュバックとともに絵描出した名シーンであり、だからこそ⑲の『――部下を、ひとり、死なせました。』は強烈な印象を持って読者の心に迫ってきます。

 

 私は、一番好きな作品は『鉄コミュニケイション』で、一番人に進めたい作品は『猫の地球儀』、ラノベとしての完成度が高いと思っているのは『イリヤの空UFOの夏』だと思っていますが、一番すごい作品は『E.G.コンバット』だと思っています。


 EGコンバットは、特に1巻では文と文の接続やリズムが途切れ途切れだったり、主語の入れ替わりが何の印もなく行われるため、どうしても読みにくい箇所がありますが、今回の分析をして思ったのは、そうした荒々しさもまた、強烈な感情表現を支える描写力の一端となっているということです。

 あるいは、秋山先生がEGコンバットの続きを書きにくくなったのは、あまりにも文章がわかりやすく、読みやすく洗練されてしまったからなのでは、と思えてきます。


 言ってみればこれは、ジョジョの第3部を今の荒木先生が書いたら別の作品になってしまう、というようなものなのかもしれません。


 そんな困難に今も立ち向かっているであろう秋山先生に、少しでも支援になればと思い、本創作論を捧げます。

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