第6話 おまけ

 ナザリックが何処かの世界に転移するという事件が発生してから二日。


 モモンガは九階のある部屋に執務室を移すことを宣言。そして黒円卓の間は会議用と位置付け、守護者達に必要あれば使うようにと指示を出した。ギルメンとの語らいのため用意した部屋、だれも使わず朽ち果てるよりも、ギルメンの子供とも言えるNPC達に活用されれば良いとモモンガは考えたからだ。


 しかし、この場が活用されたのは後にも先にも一度だけだった。


「そういえば、ここでしありんした」


 そう呟いた真祖のシャルティア・ブラッドフォールンは、己が創造主たるペロロンチーノの椅子の手すりを愛おしそうに触れている。


「ここのメンバーがはじめてあった日よね」

「そうだね。お姉ちゃん」


 ダークエルフの双子の姉アウラ・ベラ・フィオーラと弟のマーレ・ベル・フィオーレが続く。二人が立つのはぶくぶく茶釜の椅子。左右から寄りかかるというよりも、まるで子供が親に抱き着くように椅子に寄り添ている。


 まわりにはアルベド、デミウルゴス、コキュートス、セバス・チャン。おりしも先日、モモンガに対する忠誠の儀に参加したメンバーがあつまっていた。


「ハルカ昔、我ラハココデ神業ニテ創造サレタ」

「始まりの記憶と申しましょうか」

「……」


 コキュートスは武人建御雷。デミウルゴスはウルベルト・アレイン・オードル。そしてセバス・チャンはたっち・みーの席の右斜め後ろに直立不動の姿勢をとっている。


「そして私たちは守護者の名をいただいたわ」


 最後に言葉を紡いだのは、モモンガの席の背もたれにしなだれかかるサキュバス、アルベドであった。


「案外覚えているものでありんすね。てっきりチビ助は忘れているかとおもいんしたが」

「だれがチビだ」


 シャルティアにアウラ。


「それを言えば、厳密には守護者の名を持たぬものもいましたね」

「私めは執事であり家令ハウス・スチュワードでございますれば……」


 デミウルゴスにセバス。


 それぞれの創造主の影響を受けたNPC達は、まるで創造主たちと同じように軽口をたたきあう。そしてそれを見る他の者たちも、特に意にも留めなかった。唯一をおたおたしているのは、アウラの弟のマーレぐらいだ。しかし、あくまでそれはぶくぶく茶釜によって設定かくあれたしとされた気質なのか演技なのかわわからない。


「それにしても、今はナザリックの非常事態。こんなことをしている場合では無いとおもうのですが?」


 デミウルゴスは眼鏡の右手でクイっとあげながら、苦言を呈す。もっとも、本気でそう思っているのならば、この男はこの場に来ることはないだろう。


「あら、非常事態だからこそ、私たちの意思統一は重要ともいえるわ」

「さすがはアルベド。守護者統括としての意見でありんすね」


 アルベドはうっとりとした表情を浮かべながら冷静な声で意見し、シャルティアは便乗する。もちろん、最後に残った至高なる御方、モモンガの椅子にまとわりつく姿はシャルティアとしても面白いものではなかった。しかしこの場ならば創造主の席に立つべきという意思が働き、苦々しい表情を取るにとどまっている。


「コノ場ニト、声ヲカケタノハ、シャルティアデハナイカ」


 コキュートスは冷気を吐き出しながら指摘する。ある意味、彼はデミウルゴスと同じあった。なぜならこの場はもともと至高なる四十一人が活用した部屋であり、神聖な場と考えているからだ。


「ふと思い出したからでありんす。それに」

「それに?」

「昨日、モモンガ様よりお言葉をいただき、全てが変わったでありんす。ならばこそ、原始の記憶、そして生み出された意味を確認してみるのも一興。そう感じたから声をかけただけでありんす」 

「フム」


 シャルティアはこの場に集めた理由を伝えた。もちろん、それ以上の理由はなかったし、隠す理由もなかったからこそ、素直に答えた。


 しかし、この場にいるNPC達はその言葉に一定の理解と共感を共有することができた。


「たしかに。一昨日までの我らと今日……いや昨日の我らでは、別物と言って良いほどの変化がありましたね」

「モモンガ様からあんなにお声がけをいただいたことなど、はじめてだったねお姉ちゃん」

「そうね。そういえば、長く私たちに声をかけてくれたのはぶくぶく茶釜様と、世界樹に時々おこしになられた、餡ころもっちもち様ややまいこ様ぐらい?」

「そもそも、私たち守護者同士がこのように顔を合わせるのもほとんど無かったじゃない。それほどの非常事態、って考えても良いのだけど」

「ソウダナ」


 口々にゲーム時代のユグドラシルのことを思い出し、現状との違いを口にする。


 特に命令されない限り声を出してはいけない。


 決められた行動以外は取ってはならない。


 一昨日までは当たり前のようにこなしていた。


「至高の御方々にお声をかけていただくことは、われら創造されたものにとって最高の喜び。しかし、同時に我らは奉仕するもの」

「ええ、この身、この魂の全てを懸けてモモンガ様にお仕えするもの。欲深いことに、もう昔のように命令を下されるのをただ待ち、決められた行動だけでは満足することができない」


 シャルティアとアルベドはもう過去のような行動は取れないと発言する。


――設定かくあるべし


 創造主によって組み込まれたもの。行動AIや戦闘AIだけではなく、スキルや種族構成。フレーバーテキスト。そしてシステムによって定められたもの。


 しかし文字通り世界が変わった今では、まさしく変質してしまったのだ。


 はるか昔。ここのNPCたちが生み出された日。ナザリックはまだ不完全な状態であった。その後着々と至高の御方々の御業で大地と空間は拡張され、メイド達など侍る者や、魔獣やアンデッドといった従う者たちが生み出された。


 そしてあの頃の至高の方々は常に忙しそうにされていた。しかし、みな楽しそうに超常の秘技を用いて、様々なことをされていた。才のある方々が新たに加わり、最終的に至高の御方々は四十一人となり、ナザリックは絶頂期を迎えた。


 しかし時間は残酷で、いつしか一人、また一人と至高の方々はこの地をさられ、この場の創造主達も同じであった。


 なにもできずただ待つ。


「そうですね」

「フム」


 あの時、あの場所で本当は行いたかった行動があっても、ゆるされなかった昔。


 しかし


「今ならこの知恵、この能力全てをもってお仕えすることができる」


 まるで全員の心を代弁するように言葉を吐き出す。その手はいつしか椅子の背もたれに触れていた。


「どうでありんす? 初心を思い出せましたかえ?」


 シャルティアは楽しそうに言葉を投げかける。


「そうね。いい時間だったとおもうよ。シャルティアの割に良い提案だったね」

「お姉ちゃん……」

「ふん。チビ助は称賛すら素直にできんとは、嘆かわしいでありんすね」

「タシカニ、有意義デアッタ」

「そうだね。創造主。至高の御方々の偉大さを改めて実感することができたよ。ありがとうシャルティア」

「モモンガ様にどのような奉仕をしなくてはならないか、考える良いきっかけになったわ」


 守護者たちはそれぞれの想いを言葉に、この会議は終了となる。


 この後、ゲームの枠を超えた世界で、どのように物事が進んでくのか。

 この場にいる誰にとっても未知の現実がはじまるのだった。



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