第5話 ギルドの始まり

ーー締切当日


 ナザリックの最下層でモモンガ、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜がまるで円陣を組むように座り作業をすすめていた。


 ペロロンチーノはボスNPC(レベル一〇〇)に加え、ボス部屋のサポートNPC(レベル八五、レベル八〇、レベル七〇、レベル六五)五体のスキル構成などをいじっている。


 対するぶくぶく茶釜はボスNPCとしてレベル一〇〇を二体いじっている。


 そしてモモンガは、なにかミニチュアフロアのようなものを作りつつ、いろんなところにメッセージを飛ばしている。


 三人が三人揃って、ほぼ徹夜して締切に向けたラストスパートといった雰囲気を漂わせていた。


「姉ちゃん。」

「なに? 愚弟」

「レベル一〇〇が二人みたいだけど、どうやって防衛すんの?」

「ああ、こっちの女の子がテイマーだから、近場にいる傭兵NPCの魔獣をぶつけて、こっちの魔法系の男の娘が、探知と魔法支援」

「あれ? 第六層って同じ建物内にゲートがありませんでしたっけ?」


 姉弟のやり取りに、モモンガは認識していた情報との違いに口を挟む。


「他の階層は入り口と出口が別々というか離れた場所に配置されてるって聞いたから逆手にとってみたのよ。まさか同じ建物内にゲートがあるとは思わないでしょ」

「たしかに」

「で、建物の外はジャングル地帯というか自然あふれる空間だから魔獣系の傭兵NPCを配置し、テイマーのこの子が指揮をする」

「なるほど。ある意味対軍戦術というかゲリラ戦というか」

「そんな感じ。だからテイマースキルの他にレンジャーのターゲティングとか組み込んでるのよ。逆に魔法使いの子は、ゲートのある建物から動かず、その屋上から遠距離の感知魔法と広域殲滅魔法の乱れ打ち」

「エグい作戦を……」

「さすがですお姉さま」


 それぞれ感想を述べるペロロンチーノとモモンガは同時にぶくぶく茶釜のキャラをみる。ダークエルフの双子と思わしき似通った容姿。少年とも少女ともとれる中性的で可愛らしい姿をしている。


 しかし……


「姉ちゃん。服、間違って着せてね?」

「間違ってないわよ」

「女の子に男の衣装着てるぜ。そしてその逆も」

「女の子のほうはボーイッシュな服を着せて、男の子は男の娘よ」


 右手で握りこぶしを作り掲げる仕草をしながら力説するぶくぶく茶釜。


 それを見ながら呆れた顔をする二人。もっともユグドラシルでは表情がないため、無反応に見えるのが救いだっただろう。ここで変なことをすれば、間違いなくぶくぶく茶釜に折檻される流れなのだから。


「かわいい男の娘ですね……」

「だが男だ」


 苦し紛れにコメントするのが精一杯だった。


「そういう愚弟はできたの?」

「まだ途中だけどね」


 そういうとコンソールを操作する。すると、美しいドレスの立ち姿であったNPCは、真紅の鎧を身にまとい、その右手には長大な突撃槍を携えるのであった。


「HP二十五%まではこんな感じ」

「あれ? このランスってペロロンさんのサブウェポンでしたよね」

「ですよ。まあ、遠距離メインとはいえ接近用に作った神器級だったけど、最近めっきり使いませんから」

「だから嫁に持たせると? ある意味でロマンですよね」

「ですです」


 ペロロンチーノはナザリックを入手する少し前、ある意味で遠距離ロマン装備が完成していた。実際、改造の余地はあるが、大抵の局面はメイン武器の弓で事足りるのだ。


「飛行からのランス&チャージ。そこそこの広さがあるボス部屋ならではですね」

「屋内で空中戦は慣れてないと厳しいですから」


 実際プレイヤーによる空中戦は相当難しい。いくらシステム的に飛べるとはいえ、自由自在に飛ぶにはそれなりの習熟が必要となる。


 特に屋内は難しい。少し加速すればすぐに壁にぶつかるため、頭ではわかっていても迫りくる壁というものの恐怖感はなかなか克服できない。故になにもない空を飛ぶよりも、屋内での空中戦は習熟が必要であり、プレイヤーがNPC以上の空中加速性能をもっていたとしても、生かせないことのほうが多い。


「で、残りのヴァンパイア・ブライドは接近重視2、援護・中距離重視2で手堅く戦う構成」

「あれ? 三層のボス部屋って六人までですよね」

「そそ、で切り札がこいつ」


 ペロロンチーノは、NPCの操作を行うと、まるで瓜二つのアバターが生まれる。


 それを見たぶくぶく茶釜は呆れた声をだす


「エインヘリヤル……よくスキル構成に組み込めたわね」

「ああ、だからNPCは五キャラなんですね」


 エインヘリアル。取得条件は厳しく、一日の発動回数も限られているが、実質同じレベルの分身ができるような超絶スキルだ。ちなみにNPC同様、独自の戦闘AIを搭載できる。しかしプレイヤーの場合は傭兵NPC同様、汎用戦闘AIとなってしまうので、宝の持ち腐れとなりやすい地雷スキルだったりする。


「効率厨乙」

「おう、ありがとうな!」


 モモンガの嫌味ともとれる褒め言葉に、ペロロンチーノはサムズアップしながら笑みのアイコンを出す。親友ならではのやり取りだろう。


「そういえばさっき二十五%までっていってたのは?」

「お、姉ちゃん鋭い」


 そういうと、ペロロンチーノはもう一度NPCを操作する。


 すると、真紅の鎧は消え、もう布切れで申し訳程度に体を隠したとしか思えないボロボロのドレスをまとったヤツメウナギが現れる。いままでの恐ろしいまでバランスのとれた美貌が、まさしく怪物と称するにふさわしい形相へ変化したのだ。


「ああ、真祖の形態を条件付で持ってきたのね」

「しかも、血の狂乱込」

「あ~あれ発動した敵って強いですよね。仲間のアンデッド以外見境なくなるけど」

「で、全員吸血持ちアンデッドだからHP回復しつつ攻撃対象外……さらに一番HP消耗がはげしいこいつは、スポイトランスで回復しながらだから、それなりのパーティーを足止めできるんじゃないかな」

「スキル構成だけなら、ガチ勢以外のパーティーなら倒せそうですね」


 そんなことをワイワイ話しながら、三人が作業をしていると、武人建御雷がログインしてきた。


「おっす」

「乙かれさまです、建さん」

「おつ~」

「こんばんわ」


 口々に挨拶を交わす面々。武人建御雷もあたりを見渡すと状況を理解したのだろう。適当なところに座り、NPCを投影しながら作業をはじめる。


「あ、建さんのNPCって蟲王ヴァーミンロードなんですね」

「武器は自分のおさがりを渡したとして、鎧を考えたんですが……めんどくさくなってしまって」

「生体鎧って安定して強いですからね。でも神器級クラスを持ってくるプレイヤーには厳しくないですか?」

「その分、攻撃というか多種多様の武器を持たせて弱点属性を含める手数で攻めるロマン構成ですよ。それに……」

「それに?」


 武人建御雷とモモンガの会話に回りが手を止め、注目する。


「当たらなければどうということはない」

「じゃあスキルも……」

「武器避けに武器防御や回避スキルなんかてんこ盛り」

「もちろん……」

「ミサイルパリィとかで遠距離攻撃対策も万全」


 武人建御雷の自信満々な言葉に、質問するモモンガ。それを見守る姉弟の感想は。


「マンチキンここに極まれり」

「ある意味武器さえ揃えれば勝てる脳筋思考よね」

「お二人の作ってるNPCも大概なので、人のこと言えないと思いますよ」


 引き気味に、自分は関係ないとばかりに語る姉弟にモモンガはすかさずツッコミをいれる。


 そんな話をしていると、気が付けばウルベルト・アレイン・オードルやタブラ・スマラグディナ、たっち・みーと、防衛用NPC作成担当者が集まっていた。


 しかし集まり、雑談しながら作業をしていると、見えてくるものがる。


「あ~みなさんにとってのNPCの位置付けって、いろいろなんですね」

「位置付け?」

「嫁、子供、弟子、悪の秘密結社トップとナンバーツーつうか義兄弟、血縁の無い家族、謎」

 

 モモンガは、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜、武人建御雷、ウルベルト・アレイン・オードル、たっち・みー、タブラ・スマラグディナの順番に顔を向けながら言う。


「まあ、嫁と公言しているわけでして」

「言われてみればそうかな」


 ある意味正解と答えるペロロンチーノとぶくぶく茶釜の二人。思い当たる節があるため特にコメントをしないメンバーに分かれる。


「謎?」

「いや~タブラさんのNPCって、すごい勢いで設定書いてますし話を聞いても、ぺロロンさんのような嫁という感じには……」

「ん~娘といえば娘なのかもしれない。親愛の情を抱いているかと問われると難しい。だが、それなりに考え、手をかけているのだから愛着はある。かといってぺロロン君のように妻というイメージもない。あえてこの感情に名前をつけるというなら偶像アイドルへの憧れのようなものか」

「義理の娘ぐらい?」

「お気に入りのゲームのヒロイン?」

「タブラさん、うんちく並べてるけどその外装への力の入れようは、うちの愚弟といい勝負よね」

「よく見ると作りこんでますよね」

「少なくともデフォルトじゃないよね」


 タブラの自問自答を聞いていると、なんのかんのと愛着をもっているようだ。しかも、親愛の情を否定しているわりには、入れ込んでいるようだ。

「これでNTRシチュになったら、タブラさん死ぬんじゃね?」

「むしろ目覚めるんじゃないですか?」

「愚弟」

「?!」


 ペロロンチーノとモモンガのバカ話にぶくぶく茶釜がたしなめる。もっともエロゲにも出演経験のある声優のぶくぶく茶釜としてはNTRの意味すら正しく理解していたので、公序良俗のために口を挟んだにすぎない。


 しかし……。


 タブラの反応が一瞬怪しかったことだけは、だれにも言うことがなかった。


******


 締め切りの時間となり、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーほぼ全てが集まっていた。モモンガはメール一覧を開き、遅刻者・欠席者もちゃんと連絡が来ていることを確認した。


 実際、報告、事前準備は滞りなく終了していることが確認できた。


 さすが社会人というべきか、聞けば横のつながりでフォローしあっていたそうな。


 一通り確認され、回送がコミットされ、表層から第八層までの防衛ラインが完成したことになる。もっともNPC達はこれからそれぞれの初期地点に向かい配置する必要があるため、まだそれぞれの創造主の隣にいる。


 残るはゆっくり開発する予定の第九と第十層。


 その時モモンガは手を上げる


「本当は予定はなかったのですが、昨晩から皆さんに連絡をしていた件について決を採りたいと思います」


 モモンガは自由に座るギルドメンバーを見回す。ギルドメンバーも特に反対はなかったのだろう、リアクションを取る者はいなかった。


「では」


 モモンガのウィンドウの操作をすると、巨大な黒円卓が現れる。そして豪奢な椅子が二十七脚。椅子の背にはナンバーが刻み込まれている。部屋自体はかなり広く、テンプレートの一つである一九二〇年代アール・デコ様式の壁と天井が広がる。

  

「この地点を第九層に設定し、ギルドメンバーの初期ログイン起点に設定しました。まあみんなで駄弁るならこのぐらいあっても良いかと思いました。先ほどまでのあった玉座は、一〇層最奥に配置しました。いかがでしょうか?」 


 センスの有無と問われればなんとも言えないが、シンプルな美しさを感じさせる。なにより、約三週間、なんとなく集まっては床に座って話す日々、それはそれで楽しかったがやはりなにか物足りなかった。


「賛成」

「モモンガさんさすがっす。賛成」

「賛成。この番号は団一覧の番号か?」


 口々に賛成の声を上げながら、各々の席に座る。

  

「では急ですが、これにてコミットします」


 モモンガは、数多の拍手の音に、ギルド・アインズ・ウール・ゴウンがやっと始まったのだと感じることができたのだった。

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