六百二十六話 命あっての物種と解っている

「何人か、こっちに意識を向けている冒険者がいるな」


本人が上手く隠しているつもりでも、ザハークはそういった視線に敏感であり、直ぐに気が付く。

だが、特にそれらの視線がストレスに感じることはない。


「そうですね。おそらく三人だけで上級者向けダンジョンを潜っているのが珍しいのでしょう」


ミレアナも現在向けられている視線に関しては、さほど気にならない。

二人ともその理由は、視線に敵意や嫉妬……欲望などの感情が含まれていないから。


ソウスケも現在向けられている視線に関しては、特に何とも思ってない。

少しこの状況が珍しいなと思いながら野菜サラダを口に入れる。


「ふ~~~ん……ちょっと珍しいよな」


「そうかもしれませんね。多数の視線を向けられる時は嫉妬や欲望が混ざった視線が多いですし」


「……ダンジョンに入る前はそんな感じじゃなかったか?」


上級者向けダンジョンの入り口には、他のダンジョンと同じく自分のパーティーに勧誘したり売り込みを行う冒険者がいた。


そのレベルは初心者向けや中級者向けダンジョンと比べれば、身体能力や技量は高い。

だが、それでも三人からすればわざわざ他の冒険者と一緒に組んで探索するメリットはない。


特にレベルやランクが高い冒険者に知り合いや友人はいないので、いつも通り三人だけで潜る。


事前にそう決めていたとしても、入り口付近に立っている冒険者たちからすれば関係無い。

しかし今回もいつも通り、ミレアナとザハークが「自分たち以外の同業者と一緒に潜るつもりはない、だから話しかけるな」というオーラを全開にしたことで、誰一人として声を掛けてくることはなかった。


「誰とも組む気がないと分かれば直ぐに大人しくなりましたよ」


「聞き分け良かったな。初めて潜るダンジョンだから一組ぐらいは声を掛けてくると思っていたけど」


「上の連中はしっかりと視る目を持っている、ということじゃないのか」


ザハークの言う通り、上級者向けダンジョンに潜ろうとする冒険者たちはかなり目が肥えている。

三人の実力を完全に把握出来ていなかったとしても、命あっての物種と深く理解している。


三人の実績や噂話も耳に入っているので、命知らずな真似を行う馬鹿は今のところいなかった。


「まぁ、面倒な奴が絡んできたら思う存分殴ってやるがな」


ザハークとしてはそれなりに強い者と戦えるのであれば、モンスターや冒険者関係無く大歓迎。


「一応話し合ってからの手段だけど……ザハークの良い一撃を食らえば、あっさり引くか」


「引くでしょう。ザハークのパンチを良い場所に食らえば悶絶しますし、骨が折れる可能性もあるでしょう。仮に耐えてしまったとしても、そうなったらそうなったでザハークの眼が更にギラつきます」


中々に良い一撃を耐えて無事。

それはザハークにとって良い遊び相手が見つかった瞬間となる。


「当然だな。ただ、冒険者はモンスターのように一直線ではない。基本的には引いてしまうだろうな」


モンスターとの戦いは勿論好き。

しかしソウスケやミレアナとの模擬戦を得て、人との戦いは少し違った楽しみがあると知った。


故に、人との実戦も大いに大歓迎なのだ。


「残念そうにするなよ……ザハークがガチになったら、うっかりやってしまうかもしれないだろ。相手がAランクの冒険者でもさ」


「それはないんじゃないか?」


Aランクの冒険者は一般的に買い物と恐れられる存在ではあるが……ちょっかいを掛けてきた相手の戦闘スタイルによっては、うっかりやってしまう可能性はゼロではない。


ソウスケの言葉が聞こえた近くの冒険者たちは少々ムッとした表情になるが、人の言葉を話せるモンスターがいる……それだけで十分に非現実的な存在だと認識しているため、やはり三人に絡もうとする愚か者はいなかった。


(まっ、絡んできた相手がギリスって奴なら、うっかりやっても良いけどな……ダンジョンの中だったら)


氷結の鋼牙と事を構えるかもしれない要因になったギリスだが、今のところレグルスとレーラから連絡はなかった。

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