五百六十四話 まずはそっちを買う

「疾風のスキル書はたしか持ってたと思うぞ」


「ほ、本当か!?」


「あぁ、ちょっと待ってくれ…………ほれ、これだろ」


亜空間から取り出されたスキル書は、紛れもなく疾風のスキル書だった。

いきなり現れたスキル書を見て、周囲の学生たちは驚いて食事の手を止めた。


スキル書は覚えるのが簡単なスキルであったとしても、それなりの値段がする。

その中で疾風という中々習得が難しいスキルであれば、値段がアホみたいに高くなる。


「マジかよ……本当に疾風のスキル書じゃねぇか。そんなサラって出したってことは、本当に多くのスキル書を亜空間に入れてあるんだな」


「なんだよ、信じてなかったのか? この街以外のダンジョンを探索したこともあるから、多くの宝箱を手に入れたんだよ。中身が全部スキル書ってわけじゃないけど、下に降りれば降りるほどスキル書が中に入ってる確率が高くなった気がしなくもない」


現役冒険者の話を面と向かってではないとはいえ、心が躍る情報を聞けた生徒たちは「自分たちも冒険者になればあの人みたいに……」なんて少々夢を見てしまった。


だが、そんな生徒たちの考えが容易に解ってしまうダイアスは直ぐにその考えを払拭する為に問いを投げた。


「でもよ、やっぱり降りれば降りるほど危険度が増すだろ」


「そりゃ勿論増すに決まってるだろ。そこら辺はダイアスも解ってると思うけど、強くなるのは当然として……俺が前に潜ったダンジョンは状態異常攻撃を使うモンスターが降りれば降りるほど増えた筈だ」


「状態異常回復系のポーションはなきゃ、即死があり得るダンジョンか……人によっては攻略するのが億劫に感じるところだな」


「俺らのパーティーはスピード寄りだから特に攻撃を食らうことはなかったけど、もうそういう攻撃しかしてこないモンスターとかもいたからな」


脳内で自分たちがダンジョン内で活躍する妄想をしていた生徒たちの幻想を一瞬で打ち砕いた。


(……解りやすい顔してるな。でも、俺は神様のお陰で最初から色々と揃ってたから初っ端ダンジョンを攻略することができたけど、まだまだ学生の連中が下層に挑むのは死に行くようなもんだろ)


どんなダンジョンであっても、二十一階層から三十階層は半端なレベルで攻略出来るようにつくられていない。

モロ初心者であれば、一階層から十階層でも攻略するのは困難を極める。


(ここの学生なら上層は攻略出来るかもしれないが……中層では油断していたらバッサリやられる可能性がある。二十一階層に降りたら危険度が高過ぎる。つまり死ぬ可能性が圧倒的に高くなる……一応先輩冒険者として、そんな蛮勇は認められないな)


臨時教師である自分が関わりのない生徒に強制することは出来ない。

だが、あまり調子に乗って降りることは絶対に勧められない。


「それで、このスキル書だが……金貨二十五枚でどうだ」


「二十五枚……たしかに、店で売ってる値段よりは安いな」


店で疾風のスキル書を売ると、大抵は金貨五十枚以上の値段が付けられる。

白金貨まで達することはないが、金貨八十枚や九十枚で売る商人だっている。


だが、脚の速さは生き残れる可能性の直結する。

前衛の戦闘職でなくとも、欲する者は多い。


ダイアスだって今すぐ買いたいが、金貨二十五枚はそれなりに高いのだ。

そう簡単に即決できる値段ではない。


「どうする……買うか、買わないのか。まぁ、俺はまだまだこの街にいるから声を掛けてもらえばその時に売っても良いけど」


疾風のスキル書は是非とも欲しい。

欲しいが、ダイアスはソウスケが造る武器というのも気になっている。


疾風のスキル書、そしてソウスケが造る武器……二つとも欲しい。

欲張りというのは解っているが、冒険者としての勘が脳に囁く。


二つとも手に入れた方がお前の為になると。


「よし!!!! ……まずは、そのスキル書。買わせてもらう」


「おっ、即決だな。割引したとはいえ、それなりに高いとは思ったんだが」


「店で買うよりよっぽど安い。買わない理由はないさ。ただ、今持ち金がないから交換は今夜で良いか?」


「あぁ、良いぞ。それじゃ……六時に学校の門前に集合な」


まずはソウスケから疾風のスキル書を買い取り、そして疾風を上手く使って休日に金を稼いで今度はソウスケが造る武器を買う。


教師になってから中々熱くなる機会が減ったが、久しぶりに心が燃え始めた。

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