蒼天の雲~12~
会盟は翌日の正午から始まった。場所は界公の屋形である。
賓客をもてなすような格調と品のある部屋ではあったが、豪奢な雰囲気はなく、広さも大きいとは言えなかった。
その部屋の中に円卓が置かれ、八人の国主が座っていた。およそ百年ぶりの各国国主全員が揃った会盟であった。余談ながら極公は原初の七国の国主ではない。しかし、義王より国主と認められ、公の爵位を貰っている以上、参加する権利があった。
樹弘は一堂に揃った国主達を見渡した。見慣れた顔が多い中、界公は本当に久しぶりの対面であった。正直なところこんな顔だったかと思う程度であった。そして、唯一見たことのないのが斎公であろう。初老とはまではいかないものの、この中では翼公に次いで年を重ねているだろうか。目は凛としていたが、全体的に顔色が悪く、疲労の色が全面的に表に出ていた。
「各国主に皆さん、遠路ご苦労様です。すでに義王からこの会盟における総意こそが義王の意であるというお言葉をいただいております」
界公の発言に続いて、斎公が立ち上がり、これまでの経緯を語り始めた。斎公は熱っぽく、自分の正当性を説き、尊毅の不当を糾弾した。樹弘は一応斎公の言葉に耳を傾けたが、斎国の中で起こっていることは間者無宇からの報告でおおよそのことは知っていた。
無宇からの報告と斎公の語っている内容は、事実としては共通していた。しかし、無宇の報告は第三者らしく冷静で客観的あるの対して、斎公のそれはあまりにも主観的で自己弁護だらけであった。
『斎公は自分の落ち度を認めていない』
無宇からの報告から考えれば、斎国を追われた原因は斎公自身にもあるように思われた。特に慶師を奪還してからの斎治の言動は、国を良くするための国主のものとは思われず、自らの手で自らの首を絞めたようなものであった。
「ぜひ、正義の義軍を起こして、逆賊尊毅を打倒して欲しい」
一気に喋った斎公は、少し肩で息をしていた。茶を一口啜ってからどさりと椅子に座った。
場に沈黙が訪れた。斎公と各国主の熱量に差がありぎたと言っていい。斎公とすれば是が非でも尊毅討伐の義軍を起こしてもらわねばならず、そうならなければ斎公は、一生斎国の国主に復帰することができなくなるだろう。
それに対して各国主の立場からすると、義王の影響力がすでにないも等しい世の中にあって、彼の命令に従うほどの純粋さをなどなかった。あるのは自国に対してどのような利益があるのかという打算だけであった。
『この義軍に参加するだけの利がない』
樹弘は斎公の話を聞いて確信した。泉国にとって尊毅討伐の義軍に加わることはなんの利益にならず、寧ろ損失になる。たとえ他の国主が参加すると言っても、自分だけは言うまいと心に決めた。
樹弘の狡さは、そう心を決めながらも、まず自分が口にするはなかったことであった。じっくりと他の国主の意見、出方をみることにした。
しばらく時間が過ぎても誰も口を開かなかった。誰もが様子見をしているようであり、会盟の進め方を誰も把握していないとも言えた。
斎公は焦れながらも誰かが何かを言ってくれるのを必死に待っていた。界公は面のような無表情で押し黙っていていたが、立場上仕切らねばならないと思ったのか、ようやく声を出した。
「ひとまずはそれぞれの意見を聞こうか」
界公は龍公と極公を見た。二人は顔を見合わせてから龍公が代表するように発言した。
「我が龍国と極国は、恥ずかしながら長年戦争を続けてきたため国家として疲弊しております。今では両国が協力して復興に向けて努力しておりますが、まだ道半ばです。とても他国に出兵する余裕がありません」
極公は頷くことで同意を示した。斎公は何か言いたげであったが、唇を嚙み締めて耐えていた。
「そういう意味では印国も一緒だな。内乱を終えたばかりであるし、何よりも遠い。海を渡って兵力を運ぶことですら一仕事だからな」
静公が発言をした。樹弘の隣に座る章季は、はいと小さな声で応じた。
「そうなれば、翼国静国泉国次第ということになるな。それぞれの存念を聞きたい」
翼公が続いた。話を振ることで先に樹弘と静公に話をさせようとしたのである。樹弘はここであると思った。
「僕は、泉国としては義王のご命令であったとしても義軍に参加するつもりはありません」
「ははは、随分とはっきりと言うな」
翼公は愉快そうな笑った。
「泉公!そなたは義王のご命令に逆らうのか?」
斎公が机を叩いて叫んだ。樹弘は怯むことなく斎公を見返した。
「義王は会盟の開催をご命令になっただけで、義軍を起こすかどうかはご命令されていないと思いますが」
樹弘が言い返すと、界公は左様ですと応じた。
「泉公は尊毅の不正義を許すというのか!」
「尊毅なる男の行いが正義ではないことは理解しています。しかし、正義の義軍を起こしたとしても我が国には何の利もありません」
樹弘はあえて自国の利益しか考えていないという冷徹な言い方をした。正義不正義という斎公の観念論につきあっていてはきりがないと考えたのである。
尊毅の行いは確かに不正義であろう。しかし、尊毅の不正義を防げなかったのは斎治自身なのである。それは斎治が観念の人であり、現実の政治の人ではなかったからだと樹弘は思っている。
『観念の中でしか生きることのできない斎公に観念で反論しても無駄だ。認めようとしないだろう』
だから樹弘は、現実を突きつけるしかなかった。
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