漂泊の翼~76~
夜が更けた。
すでに多くの者達が退席しているか、その場で酔いつぶれていた。
自分の歴史を語り終えた翼公も、満足そうであったが、うつらうつらと舟を漕いでいた。
「翼公、もうお休みになされては?」
樹弘はふらつく翼公の体を支えた。
「すまぬ。いや、大丈夫だ」
と言いながらも翼公は大きく樹弘の体にもたれかかった。
「翼公……」
「泉公。主上は私が」
翼公の傍にいた羽敏が抱き起した。翼公は気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「主上は私が寝所まで連れてまいります。泉公もどうぞお休みください」
羽敏は翼公の左腕を首に回して立ち上がらせたが、羽敏も酔っているのか足元がふらついた。
「羽敏殿だけでは難しかろう。私もお手伝いしよう」
樹弘は翼公の反対側の腕を取った。
「申し訳ございません」
「やれやれ。天下の翼公も形無しですね。蒼葉、景弱、お前達ももう休みなさい」
樹弘はお供をしてきた景蒼葉と景弱には休むように言って、羽敏と翼公を抱えて寝所まで連れて行った。
「全く紅顔の至りです。我が主の恥ずかしい姿をお見せしました」
「いや、翼公の見たことのない一面を拝見できて楽しかったですよ」
今宵の宴席で翼公という人物の見方が変わったのは確かであった。苦労をしてきた人だということは知っていたが、実際のその口から語られた艱難辛苦は樹弘の想像を超えていた。
「翼公とは偉大な方だ。苦労をなされて国主になられたことだけはある。私は到底及ばない」
「何を仰います。泉公もご苦労成されたではないですか?」
「私の苦労など些細なものだ。いやいや、苦労自慢はやめよう。楽しい酔いが台無しになる」
寝所まで運び、翼公を寝台に寝かせると、樹弘は一人で自分の寝所に向かった。
『それにしても翼公とは偉大だ』
樹弘にとって国主としての師は静公と翼公であった。特に翼公は年長であり経験もあった。見習うべき点は多々あるように思えた。
そして今回、翼国の長い放浪生活を聞くに及んで、ますます翼公への尊敬の念を強くした。
「僕はどれほど翼公に近づけるか分からないが、少しでも翼公のような国主になれるようにしていかなければ」
樹弘は密かに誓った。
これからどんなことが待っているだろうか。
不安に思いつつも、それも自分を成長させることになるのなら喜んで受けよう。
樹弘は力強く夜空に拳を突き上げた。
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