孤龍の碑~17~

 青籍も鉄拐も順調に炎城攻略が進んでいると思っていた。しかし、実は薄氷を踏むが如くの状態であったことを二人の将軍は知る由もなかった。


 炎城に逃げ込んだ赤犀は、炎城を守っていた伶病と協議した。


 「開奉を捨てたのは上策と言うべきだろうが、それにしても龍国軍の手際が良すぎる」


 伶病は開奉を放棄して逃げ帰ってきた赤犀を責めずに労った。伶病からすれば、赤犀の行動よりも龍国軍の動きに注視した。一軍を囮のようにして開奉を奪還し、さらに南下する赤犀軍を挟み撃ちにしようとした手並みは敵ながら見事しか言い様がなかった。


 「うむ。風聞でしかないのだが、捕らえた敵の捕虜によれば青籍が復帰したらしい」


 赤犀がそう言うと伶病の顔が強張った。彼もまた青籍に煮え湯を飲まされた一人であった。


 「それならば容易ならざる事態だ。すぐに極沃の譜天様にご報告しよう。だが、今は譜天様も極沃から動けないだろう。ここは我らだけで死守せねばらなん」


 赤犀が同意するように頷いた。


 「青籍はかつて炎城にいた。そうなれば炎城のことも熟知しているだろう。城壁の死角となる部分や抜け道がないか捜させろ」


 伶病はそう命令を下した。実際に極軍はいくつかの地下道を発見することはできたが、いずれも天井が崩落していた。そのことを聞かされた伶病は、地下道探索を縮小させ、城壁の防備強化などに兵士を従事させた。結果として鉄拐が使用としていた地下道は見つけられることなく、青籍軍が炎城に到着した。青籍として実に運がよく、伶病達からすれば実に不運であった。




 炎城を囲む青籍は感慨深げに城壁を眺めた。


 「まさか帰って来られるとはな……」


 禁軍から追放された時はまさか炎城を攻めることになろうとは思っていなかった。炎城は青籍にとって、初めて赫赫たる戦果を挙げた地であり、長く拠点としていただけに思い入れもひとしおであった。


 「そう思われるのは将軍だけではありません。私も将兵達も皆そうです」


 袁干が言った。確かに青籍に付き従う将兵は皆活き活きとしていた。


 「ならば炎城は早々に落とさねばならんな。攻城兵器を用意しろ」


 青籍は攻城兵器を用いて苛烈に炎城を攻めた。勿論、これは陽動作戦であるが、陽動だからこそ猛攻を加えてこちらに気を引かねばならなかった。一日中、青籍は攻撃させたが陥落させることはできず、夜になって撤収を命じた。




 鉄拐の部隊が動き出した。森林群に身を潜めていた鉄拐を長とする一団は、夜になると地下道を進んだ。地下道が崩落していないのは確認済みで、この地下道が繋がっている炎城内部のごみ捨て場に出ることができた。周囲に人気はない。


 「よし、一隊は兵糧庫に行って盛大に騒いで来い。但し、火はかけるなよ。残りは私と一緒に南門だ」


 鉄拐は命令を下した。庭を自認するだけに松明を掲げることなく、それぞれが動き出した。兵糧庫を襲わせたのは敵の注意をそちらに向けるためであり、実際に兵糧庫付近で騒動が発生すると、南門の門番兵も少なくなった。


 「行くぞ!」


 鉄拐は自ら剣を振るって突撃した。瞬く間に南門を制圧することができ、南門を開門して松明を振って合図させた。


 「来たか。全軍突入!」


 青籍は全軍に声を上げさせ、炎城に突撃した。




 「凌ぎきったが、なんとも苛烈な攻撃だ」


 一日中、前線で戦闘を指揮をした赤犀は疲労困憊とした様子で座り込んだ。それは伶病も同様であったが、目だけは光を失っていなかった。


 「こちらが疲弊しているのは敵も分かっているだろう。夜襲に備えねばならんな」


 伶病は夜であっても気を抜かないように命令を下した。将帥である赤犀と伶病も交代で休むことにした。


 鉄拐が炎城に忍び込み、兵糧庫付近で騒ぎが発生した時、起きていたのは赤犀であった。報告を受けた赤犀は伶病を起こさせる一方、各所に伝令を飛ばした。


 「浮き足立つな!それは陽動の可能性がある。各自、部署を動かず堅持しろ!」


 赤犀はそう命じながらも、すでに青籍軍が広範囲に渡って侵入しているだろうことを覚悟していた。


 「早々にして敵にしてやられたな」


 すぐさま鎧姿の伶病が姿を見せた。


 「すべてが後手に回っている。やはり青籍が指揮しているようだな」


 赤犀の見解に伶病が頷いた。


 「こうなればやむを得まい。軍をまとめて脱出しよう。よいか?」


 最終的な判断は守将である伶病の仕事であった。それでも赤犀に同意を求めたのはいかにも極国軍らしかった。彼らには組織上の上下関係こそあれ、同志という意識が強く、上位の者が下位の者を見下すようなことはなかった。


 「そうだな。徒に兵を損じるわけにはいかないからな」


 決断が下れば行動は早かった。伶病と赤犀は各所に散っていた兵士を集合させ、青籍軍が本格的に攻め入る前に炎城から脱出してしまった。その際、伶病は必要最小限の兵糧しか携帯させず、火を放つこともしなかった。


 『食料は人民のものだ。人民のために立った極国の武人が人民に迷惑をかけるわけにはいかない』


 それこそ極国の国是であり、伶病と赤犀は忠実にそれを守った。青籍は、その国是に対して敵ながら敬服する思いであったが、龍国にとっては最大の敵でもあると思った。


 ともあれ青籍は、龍頭の人々が驚くほどの短期間で炎城を奪還することに成功した。

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