黄昏の泉~46~
義王朝五四一年二月二十六日。樹弘は吉野を出陣した。軍勢は約四百名。静公はその隊列を吉野の門前から見送ってくれた。
「静公はどうしてここまで僕達に好意を寄せてくれるのだろうか」
馬車に揺られながら樹弘は隣に座る景蒼葉に聞いた。
「静公は覇者たらんことを意識しているからです」
「覇者?」
「中原において王たる者は義王しかおりません。本来は義王が諸国をまとめなければならないのですが、現在ではその力は衰え、各国の争乱を治めることができていません。代わって有力な国主が諸国に号令を下して中原を安定させるのです。その国主を覇者と呼びます」
景蒼葉が解説をしてくれた。要するに自国の利益ではなく、中原のために他国の揉め事を解決させたりする者のことを覇者というのだろう。確かに静公の行いは覇者に相応しい。
「勿論それだけではありません。静公にも打算はあります。静国は、泉国、翼国、条国と国境を接しています。翼国とは友好関係にありますが、泉国とは争いがないというだけで、表立った友好関係にありません。今でこそ相房は静国に手を出していませんが、この先どうなるか分かりません。そこで主上を援助して泉国の国主とすることで北方の安全を確保し、現在戦争状態にある条国との安心して戦えるという形にもっていきたいのです」
「なるほど。しかし静公とは気宇の大きな人だ。自国の利益と覇者たらんことを同時に成そうとしている。僕には到底無理な話だ」
「ふふ。そんなことはないと思いますよ。いずれも主上も静公にも負けぬ国主となって覇者となって欲しいものです」
景蒼葉は微笑して言ったが、まだ一田も持たぬ国主にとっては夢のまた夢であった。
樹弘の軍勢は伯国を迂回し、国境を越えた。桃厘まで一舎ほどの距離まで来て、最後の夜営を行った。
「明日、我等の寝床は桃厘だ。各自、しっかりと鋭気を養ってくれ」
景朱麗がそのような布告を樹弘の命令として全将兵に伝えた。将兵を休ませている間、樹弘達は寄り集まって明日の手順を再確認していた。
「すでに爺様と田碧が潜伏して街の長老達を説いており、主上にお味方することで一致しております。問題となるのは、桃厘にいる相蓮子の部隊です。これは約二百名ほどいるようです」
甲朱関が紙に簡単な桃厘の地図を描いた。樹弘も桃厘に立ち寄ったことがあるが、わずか一日だけなのであまり覚えてはいなかった。
「明日の深夜近くに桃厘に近づき、こちらが合図を送ることで南門が開かれます。我々はそこに突入します」
「敵はこっちの存在に気づいていると思いますか?」
樹弘は甲朱関に問うた。
「気づいていると見るべきでしょう。しかし、ここまで行動を起こしていないと考えると、相蓮子に救援を求め篭城するつもりでしょう」
しかし一夜にして陥落させます、と甲朱関は自信満々に言った。
「我等の動きが陽動となり、民衆の放棄もやりやすくなります。突入した我々は兵舎と兵糧庫、武器庫を押さえます」
甲朱関は朱筆でそれぞれの部隊の侵攻路を書いていった。
「官庁は押さえなくていいのか?」
景朱麗が質問をした。
「我等の数も多くはありません。官庁は二の次でよいでしょう。まずは桃厘から敵を排除することを目的とします」
甲朱関の即答に、景朱麗は黙って頷いた。納得したようである。
「兵糧庫と武器庫は隣接しているので、部隊は二つに分けます。兵舎には文可達を部隊長とします。兵糧庫と武器庫には畏れながら主上を奉戴し、景朱麗が指揮をします」
樹弘も部隊に入り、戦闘に参加する。これは泉国に入るにあたって、家臣達に言い渡したことであった。
『僕は泉春に入るまでは前線にあって将兵と供ある。もしこのことに異を唱えるのであれば、僕はすぐにでもここを去る』
と半ば脅迫するように宣言した。景朱麗などは顔色を変えて反論しようとしたが、それを制したのは甲朱関であった。
『主上の覚悟、ご立派としか言いようがありません。それでこそ臣下は主のために尽くせるというものです』
『朱関!主上の生命を危機に晒すのか?』
『朱麗姉さん、我らはまだ弱小の存在です。何をもって泉国の民衆に真主が真主たらんことを示すのです?それは主上が民衆と供にあらんことを示すことです。主上が末端の兵卒と供にあれば、民衆は寄り添える真主であると認めてくれるのです』
甲朱関はそう言って景朱麗を説き伏せた。樹弘としてはそこまで深い意図はなかった。ただ特別扱いをされたくないだけであった。
「さて、明日は寝る間もありません。主上も皆さんも今宵はゆっくりとお休みください」
甲朱関はそう言って作戦会議を締めくくった。
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