ママチャリでGO!

 背中を突っつかれたトシヤが振り向くと、そこにはハルカが立っていた。


「ごめんね、待たせちゃって」


 笑顔で言うハルカにトシヤはホッとしながらも、ついつい竹内君がいないかと辺りを伺ってしまった。

 だが、竹内君の姿は見えない。トシヤは思わずホッとして胸をなでおろした。そんなトシヤの心情など知らないハルカは妙な動きをするなトシヤを不思議そうに見た後ニコっと微笑んだ。


「お待たせ。どうしよっか?」


 ハルカに『どうしよっか?』と言われたトシヤが考えたこと、それは『席が空くのを待つ』のか『どこかに場所を変える』のかどっちを選ぶのが正解なのかだ。

 これが『えろげー』なら然程重要では無い選択肢だろう。しかしトシヤにはここで間違った選択をしてしまうとフラグ回収が不可となる最重要選択肢の様に思われた。


「そうだね、どこか行こうか」


「うん!」


 場所を変えることを選択したトシヤにハルカは笑顔で頷いた。トシヤは見事この選択をクリアしたのだ。もっとも今のハルカなら席が空くのを待とうと言われても笑顔で頷くと思われるが。


 フードコートを後にしたトシヤとハルカ。さて、大事なのはこれからだ。どこに行くかがセンスを問われるところなのだが夏休みのお昼時なんてどこに行っても人でいっぱいだろう。それに、そもそもトシヤには女の子を喜ばせるセンスなど備わってはいないのだ。


 歩き出したものの行き先を決められずトシヤは困ってしまった。このまま彷徨っていたらお昼ご飯を食べるタイミングを失ってしまう。それだったら席が空くのを待った方が良かったんじゃないか……なんて考えがトシヤの頭を過ぎった。そんな時、ハルカが思わぬ言葉を口にした。


「私、まだお腹あんまり空いてないからご飯は後でも良いよ」


 それは本心か、あるいはトシヤを気遣った方便か? ともかくこれで少しトシヤに心の余裕が出来た。


「じゃあ、一度モールから出ようか」


 何をトチ狂ったか、トシヤはフードコートどころかショッピングモールから離れようと言い出した。どこか遠くなら行く当てがあるのだろうか……?


 ショッピングモールの駐輪場は広い。トシヤとハルカはそれぞれの自転車を取りに行き、駐輪場のゲートで合流した。


「さあ、どこ行く?」


 ハルカが言うが、トシヤに思いつく場所なんてファストフードかファミレスぐらいなものだ。だが、そのどちらもこの時間帯はフードコートと同じレベルで空き状況は絶望的だ。トシヤは困った果にとんでもないことを口走ってしまった。


「さて、どうしよう……ハルカちゃん、どこか行きたいトコある?」


 これは悪手も悪手、男として一番言ってはいけない言葉だ。『但しイケメンに限る』とか言って、許される場合もあるが、トシヤは贔屓目に見ても中の上といったところだ。だ。だから残念なことにトシヤは許される場合には当てはまらない。


 だがしかし……


「そうね……あっ、じゃあ、行きたいトコがあるんだけど、付き合ってくれる?」


 ハルカはトシヤの愚行を許すだけでなく、具体的……とは言えないが、ともかくこれから行動の指標を示してくれた。ハルカがこの後の展開に対する期待が垣間見える瞬間だが、トシヤはそんな事に気付きもしない。


「おっけー。じゃあ着いて行くから前走って」


 と間抜けな返事をし、自分のママチャリをハルカのママチャリの後ろに着けた。これはもう、見放されても仕方がないぐらいと行っても過言ではない拙劣な行動だ。だが、ハルカは嫌な顔ひとつせず「うん」と頷くとママチャリをスタートさせた。


 トシヤとハルカは並んで走った? いやいや、それは道路交通法違反(一部認められている場合もあるが)なのでトシヤは賢くハルカの後ろに着いて走った。そして少し経った頃、信号待ちで止まったハルカが振り返り、トシヤに顔を向けて言った。


「ちょっと寄り道しても良い?」


 この段になって寄り道とはどういう事だろう? 買い物だったらショッピングモールで事足りる筈だが…… などと考え思ったりもしたトシヤだったが、別に断る理由は無い。トシヤが頷くと信号が青になり、二人はまた走り出した。


 それからトシヤとハルカは更に走り、駅から離れるにつれて店が少なくなり、そして周囲は住宅街となった。


「あれっ、ココって何か来たことがある様な……」


 トシヤがふと呟いた。どうも今走っている景色に見覚えがある様な気がしてならないのだ。


「デジャヴってヤツか? 遂に俺のサイキック能力が目ざめたか……って、そんなワケ無いよな」


 トシヤはバカなひとり言を漏らした。ハルカに聞かれたら赤面モノだが、幸いにも呟く様な小さな声だったので聞こえなかったらしく、ハルカは振り向くこと無く進み続けた。


 トシヤはそんなハルカの後ろを走りながら記憶の糸を手繰り寄せ、そして遂に一つの結論に達した。


「あ、ルナ先輩の家の近所だ」


 そう、トシヤこの景色に見覚えがあると思ったのはデジャヴでも何でもなく、単に以前ハンドルの高さを調整する為にルナの家へ行った時に見た風景をなんとなく覚えていただけだったのだ。それにしても前にロードバイクでルナの家に行ったときは数分で着き、ルナの家はそんなに遠く無いと思ったのだが、今日はママチャリに乗っているからだろう、結構時間がかかっている様に思えた。


 トシヤは思った。「ルナの家の近くに来ることに何か意味があるのか?」と。だがその直後、あることを思い出した。ハルカの家はルナの家のすぐ近くだとルナの家に行った時に聞いたことを。 





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