ハルカのドキドキ・トシヤのドキドキ
「ハルカちゃーん、ご飯よー」
いよいよ夕食時になり、母がハルカを呼んでいる。その声に応え、部屋を出ようとした時、ハルカのスマートホンがメッセージの着信を知らせる電子音を奏でた。
大急ぎでスマートホンに手を伸ばし、画面を見たハルカの目が輝いた。
「お母さん、ちょっと待って」
お待ちかねのトシヤからのメッセージだ。大声で叫んだハルカは胸を高鳴らせながらメッセージの本文を開いた。
『明日、会って話がしたい』
メッセージの内容はこれだけだった。明日の遊びの誘いかと期待しただけにハルカはちょっと拍子抜けしてしまった。そして同時にちょっとした違和感を持った。
今までは言葉少なながらも連絡事項等の具体的なやり取りをしていたのに、単に『話がしたい』というふわっとした内容しか書かれていない。つまり、言葉を文字ではなく口に出して伝えたい事があるということなのだろう。
ハルカは竹内君との会話(途中まで)をトシヤに聞かれているとは思っていない。そして最近、トシヤとは良い雰囲気だ。しかも今は夏、誰もが恋に胸を躍らせるシーズンだ。
――これってもしかして……――
ハルカの期待はグッと高まった。トシヤが遂に明日、告白してくれるのではないかと思ったのだ。
『うん。じゃあ、補習終わったらモールにでも行こうか』
ハルカはウキウキドキドキしながら返信を送った。するとすぐにトシヤからメッセージが返って来た。
『おっけ。じゃあ明日、モールで待ってる』
トシヤからの返信を見てハルカは嬉しそうに微笑んだ。そしてその直後、一つの大きな事実に気付いて顔を赤らめた。
――明日は二人でモール……これってデートみたいじゃない? ――
思い起こせば渋山峠の麓のコンビニで出会って以来、ライドにしても遊びに行くにしても必ずと言って良いほどルナやマサオが一緒で、トシヤとハルカが二人きりになる時と言えばヒルクライムの途中で千切れたマサオをルナが待ってあげる時ぐらいだった。それが明日はトシヤとずっと二人で過ごす(途中で邪魔が入らなければの話だが)のだ。突然降って湧いた僥倖にハルカの心拍数は急上昇、晩ご飯を食べている間もドキドキしっぱなしで、お茶碗とお箸を持ちながら緊張した顔をしているかと思ったら時折ニヤけたりとまったく落ち着かない様子だった。
『晩ご飯を食べている間もドキドキしっぱなし』なのはハルカだけでは無く、トシヤも同じだった。ただ、同じ『ドキドキしっぱなし』でもハルカは幸せなドキドキだが、トシヤは不安でいっぱいのドキドキだ。箸を片手に深刻な顔をしているかと思えば突然深い溜息を吐いたりしていた。
「トシヤ、どうしたの?」
そんなトシヤを見かねた母親が心配そうに尋ねた。夏休みに入ったばかりの息子が難しい顔をしているのだから無理も無いだろう。
「あ……ううん、別に。何でも無いよ」
トシヤが答えるが、『何でも無い』という顔では無い。より一層心配そうな顔をする母親にトシヤは作り笑顔で言った。
「大丈夫、母さんが心配する様なことじゃ無いから」
そんな風に言われて心配しない親なんていないだろう。トシヤの母親もご多分に漏れず怪訝そうな顔となった。
「そんな顔しないでも良いって。ごちそうさまでした」
トシヤはご飯を一気に掻っ込み、心配する母親をよそに自分の部屋へと戻った。
そんなこんなでトシヤとハルカ、二人が相反するドキドキに胸を痛めているうちに夜は更けていった。
*
『行ってきまーす。あっ、お母さん、今日お昼ご飯、要らないから!』
夏休み四日目の朝、ハルカは元気良く家を出た。補習に行くとは思えないほどのハルカの高いテンションにハルカの母親は『ハルカが補習をサボって遊びに行くのではないか』なんて頭の隅っこで思ったりしてしまうのだった。
補習にでなければならないので早起きしなければならないハルカに対しトシヤはゆっくり寝ていられる……のだが、今日もトシヤは寝てなどいられず早い時間から起き出して母親を驚かせた。
「あらトシヤ、今日も早いのね。またどこか走りに行くの?」
昨夜のトシヤの様子がおかしかった事もあり、母親が恐る恐る尋ねた。するとトシヤは昨日の朝と同じセリフを口にした。
「夏休みだからっていつまでも寝てたらダメだって言うの、母さんじゃないか」
憎まれ口を叩いている様にも聞こえるが、トシヤも昨日の母親に対する態度を気にしてか、はたまた一晩経って少しは落ち着いたのか、その表情は穏やかだった。それでトシヤの母も少しは安心した様だ。
「そりゃぁ言うでしょ。いつまでも寝てられたら用事が片付けられないんだから」
母親もトシヤと同様、口ではキツい風に言っているが目は優しかった。
「それで、今日も自転車でお出かけ?」
「ううん、今日は友達とモール行くんだ。昼ご飯は要らないから」
トシヤは母親の質問に答えた。
この時、トシヤの母はトシヤが言う『友達』が女の子、しかも今日は二人だけで会って勝負に出るのだとは思いもしなかった。
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